教会(チャーチ)
看守という職業柄、教会との関係は深い。
まあ、この国ではよほどの理由がないかぎりクリスチャンであることが多いのだが、オレ自身それほど熱心な信者というわけでもなかった。ガキのころまでは。
この仕事は、とかく罪と罪人と隣り合わせだ。嫌でも神にすがりたくなる。なので、オレも時間の許すかぎり、教会へ足を運ぶようにしている。
その教会についてだが、最近残念な報せを耳にした。聖アロイシャス教会のオハラ神父が体調不良を理由に休養に入られたそうだ。
オハラ神父はこの教区の主任司祭で皆によく慕われていた。オレも彼の説法は大好きだった。
いやな感じだった。悪魔と出会ってしまった今こそ、神父に相談したかったのに……。
なんだか、この地域全体に悪い兆しが見えているような気がした。明日、いちばんに教会へ行こう。今日はもう遅いし、ビールも飲んじゃったから。
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日曜日ということもあり、聖アロイシャス教会はそこそこ賑わっていた。ここはカトリック学校が併設されていることもあり、この教区ではいちばんデカい教会だ。
オハラ神父のかわりに別の神父が説法をした。説法が終わると、オハラ神父を心配して彼の容体を尋ねる人が少なくなかった。
教会側もそれを予想していたらしく、複数の神父やシスターたちが対応していた。ちょっとしたコンベンションだ。
不意に誰かと肩がぶつかった。けっこうな人ごみだから、まあ仕方ない。
「失礼しました」
そう言って会釈したのは、ひとりのシスターだった。オレが見たことのないシスターで、しかも、かなりの美人だった。
「あ、シスター。オハラ神父のお加減はどうですか」
オレが間髪を入れず聞くと、彼女は一瞬困ったような顔をしたが、ちゃんとこちらを向いてくれた。
どうやら彼女はこの話題が嫌で、足早にこの場を去ろうとしていたらしいフシがある。が、彼女も信者の質問を無下にはできないので、仕方なく応じてくれたという感じだ。
「……それが、残念なことに、だいぶお悪いようです」
彼女は伏し目がちに言った。
「そうですか。……なんだか、いやな予感がしてなりません」
「なぜです?」と彼女。
オレは鎌をかけてみた。
「悪魔が囁くのです」
「悪魔は、ここへは来ません」
そう言いながらも、彼女は明らかに狼狽していた。これは絶対に何かありそうだ。オレは確信した。
「オレのところには来ました。トミーという名の悪魔です」
「……ああっ、そんな」
彼女の顔は一瞬で蒼ざめた。
「大丈夫ですか、シスター……」
「ロバート」彼女は胸に手をあて、大きく深呼吸した。「シスター・ロバートです。あなたの連絡先を教えてください。あとで電話します」
「二、三日しか猶予がありませんので……」
オレの言葉を彼女は遮った。
「わかっています。すぐに連絡します」
オレが自分の部屋に戻るとすぐに電話が鳴った。シスター・ロバートからだった。
彼女は尼僧という立場上、たとえそれが信者でも男性と親しく話すことは憚られる。しかも今回オレたちが話そうとしているのは、絶対他人に聞かれたくない類いの話である。個別に会って話せば妙な噂が立つかもしれない。電話という方法しかなかった。
「スミスさん」
「どうも、わざわざ、すみません」
さっきオレが二、三日しか猶予がないと言ったとき、彼女は事情を理解しているっぽかった。なので、オレは聞いた。
「貴女はトミーをご存知ですね? 彼の『問い』についても」
「……ええ」
「悪魔ですよね、あれ」
「わかりません」と彼女。「私は、夢だと思っていました」