不穏な来訪者
シィルを引きずるように訓練場から出ると、何やら慌ただしい雰囲気が城内に漂っていた。
「何かあったのかな?」
「分かりません。が、とりあえず聞いてみましょう」
クロノは適当な人間を捕まえて尋ねてみた。
「何やら騒がしいようですが、何かあったのですか?」
「あ、ルキア様にクロノ様。いえ、それが急なお客様がいらっしゃいまして」
「お客様?」
「はい、ロギディア国の使者が」
そのロギディア国とは、レグレータの隣に位置するこの世界の中で最も魔法に特化した、軍事国家だった。
ちなみに、クロノやルキアがいる国は三方が海に囲まれた小国で、他に隣接している国はない。「でも、使者なんてしょっちゅう来るじゃない。何でみんなそんなに慌ててるの?」
ルキアが横から口を出した。
「それが、」
使用人は少しいいにくそうにしつつも、言葉を続けた。
「いつもと違う方がいらっしゃいまして」
「え、そうなの? どんな人?」
「金の髪に金の目をした男性で、真っ赤な御召し物を着ていらっしゃる、とても若い方です」
そこでクロノの内心に変化があった。
親しいものでさえ気付かない程の。
「へぇ、なんかすっごい派手そう。あれ?でもだからって何でそんな忙しいの?」
「はい、その方が急に来られて謁見を申し込まれたと思ったら、晩餐会などの催しも要求されまして」
「だからかー。うん、ありがとう! 忙しいのに呼び止めてゴメンね!」
ルキアは花開くような笑顔で使用人に礼を言い、使用人は忙しそうに仕事に戻っていった。
その後ろ姿を見送ると、ルキアは急にクロノと向き合った。
「ねぇ、クロノ? さっきなんで動揺したの?」
「えっ?」
クロノの僅かな変化。
表情には全くと言っていいほど出なかった変化にルキアは気付いていた。
「クロノが動揺するなんて、凄く凄ーく珍しいもの」
そう言うルキアにクロノは取り繕いごまかす。
「いえ、気のせいです姫様。私は何も動揺などしておりません」
「えー、そんなんで私をごまかせると思ってるの?」
「ごまかすも何も、事実何もなかったのですから仕方ありません」
「むぅ、クロノの頑固者ー」
その後、2人は何故か王から晩餐会に出ないように伝えられ、訓練や勉学にて今日を過ごした。
晩餐会も終わり、耳が痛いくらいの静寂が城内に訪れた頃、人気のない場所に影がまたも2つ。黒髪長身の男が平坦な声で、傍らの男に声をかける。
「報告を」
「申し訳御座居ません」
「別に怒ってはいない。報告を頼む」
「本日明朝、予定に無かった使者が訪問。之は両国共に予定外の事で、奴の独断に因るものと思われます」
「あちらにも、か。奴の訪問理由は分かるか?」
「詳細までは分かりませんが、例の件に間違いありませんでした」
「早過ぎる」
「はい、予想外の早さです」
黒髪の男は考え込み、もう片方は言葉を待った。
「次回までに対応策を考える。何かあれば逐一報告を頼む」
「はっ」
そして2人はいなくなり、城内に静けさが戻る。