魔導具
そして3人は訓練場まで移動した。
第一訓練場は既に使われていたため、第二を使う。
「それで姉様、具体的には何をしたらいいの?」
「とりあえず私と魔法で戦ってくれるかしら。あ、もちろん手加減はなしでね」
そこで今まで黙っていたクロノが口を挟んだ。
「しかしシィル様。こんな事を言うのはなんですが、姫様が全力で戦われたら、シィル様では……」
「そうね、普通は無事では済まないでしょう。けれど大丈夫よ。そうでなければ、こんな提案しないもの」
「確かに、シィル様がそう仰っしゃるなら大丈夫とは思いますが」
ルキアはこう見えても、実は国では比肩する者のないほどの魔法の使い手であり、ルキアが本気で戦ったならば、クロノでさえ勝てるかどうか危ういレベルだ。
「心配しないで」
そんな杞憂を消し飛ばすかのようにシィルは微笑み、
「さぁ、かかってらっしゃい」
戦いの開始を高らかに宣言した。
「よし、いっくよー!」
ルキアがお気に入りの銀の杖を体の正面に構え、詠唱を開始する。
「赤燈。流るる―圧縮―孤を描き―空喰―転可―集え!」
魔法は言葉に力を乗せ、編み上げていき完成させるもの。
ルキアが作り上げた魔法は初級魔法のファイアブレッド。
ルキアの周りに炎の弾丸が生まれる。
しかし、
「ルキア様が初級魔法で詠唱?」
ルキアは上位の魔法使い。
練達した魔法使いは下級魔法の詠唱をキャンセルし、ノータイムで発動することが可能だ。
「集え―集え―集え」
そこでルキアは更に詠唱を上乗せしていく。
ルキアが一言発する毎に、炎弾はどんどん増えていく。
「同一魔法の重ねがけ!?」
これならば下級魔法と言えども、相応の技術が要る。
だからこそ、ルキアは詠唱を行ったのだ。
「―集え!!」
そしてルキアの周囲に展開する炎弾は3桁を超えた。
離れて観戦しているクロノですら、肌が焼かれる程の熱を感じている。
「作・私! サンセットミラージ!」
ルキアの掛け声と共に数多の炎がシィル目掛けて降り注いだ。
「独自に魔法を編み上げるなんて―!」
体系化されている既存の魔法から新たに魔法を編み上げるなど、まさに天才の所業としか言いようがなかった。
しかし、そんな中でシィルは涼しげに笑い、金のロッドをルキアと同じように構える。
「紺青。集纏―螺れ旋れ―虚浮―突牙―捕え捉え―恵到―穿て!」
パシャリと、シィルを覆うように水膜が顕れる。
「ヒュドラフィディア!」
水膜から炎弾を撃ち抜くべく、針のように収束した水が無数に放たれる。
次々と相殺されていく炎弾。
だが、
「足りない」
クロノが言うように、炎弾を処理するには水の量が圧倒的に足りない。
炎弾を半分ほど相殺した所で、水膜はその形を崩すほどに水を消費していた。
「ディバインウォール」
水膜が消滅した瞬間に、シィルは次の魔法を発動。
光の壁がシィルと炎弾の間に割り込み、炎弾を防いでいく。
「中級魔法の二重詠唱!?」
既にただの驚き役となっているクロノがまたも驚いた。
二重詠唱とは、同時に2つの魔法を発動させることなのだが、シィルは間違いなく中級魔法のヒュドラフィディアの詠唱のみを行っていた。
同じ中級魔法のディバインウォールの詠唱なんてしてなかったはずだった。
さらに中級魔法の詠唱のキャンセルは、シィルの実力では不可能である。
ならば何故、中級魔法を2つ同時に発動出来たのか。
ルキアとシィルの魔法は互いに消滅、静けさが2人の間に訪れた。
しかしそれもつかの間、シィルは次の詠唱に入る。
「赤燈。流るる―空喰―集え」
少し詠唱が短縮され、
「ファイアブレッド」
火炎系初級魔法が発動。
しかし、それだけでは終わらない。
シィルは詠唱を完全にカットし、
「ウォータシュート」
水系の初級魔法を放った。
その2つの魔法はルキアに届く前に互いにぶつかり合い、蒸発した。
辺り一面が水蒸気によって、真っ白になる。
「何にも見えないよー!」
ルキアが緊張感のない声で苦情を出す。
「深緑。荒るる―唸狂―巻廻―違え―回れ! トルネード!」
ルキアも負けじと詠唱を短縮、中級魔法を発動。
周囲に竜巻が発生し、水蒸気を一気に吹き飛ばした。
視界を遮っていたものはなくなり、ルキアはシィルの姿をすぐさま探す。
「って、あれ? 姉様は?」
しかしシィルは当たり前のように元いた場所にはいなかった。
そして、キョロキョロと周りを見回すルキアに声がかけられる。
「ふふ、ここよルキア」
その声は、ルキアの頭上から聞こえた。
シィルは、手に持っている金のロッドをくるくると器用に回すと、その先端でルキアを指し示した。
「グラビティフォール」
その言葉と共に、ロッドの先から人が楽々入りそうなくらいに大きく黒い球体が生まれ、ルキアを飲み込んだ。
「―あうっ」
ルキアの全身にのしかかる重力が数倍になり、膝から崩れた。
「これしきぃー! 琥珀。現る―反転―干渉―衰う―歪離―侵混―抗え! レジストフィールド!」
黒い球体をさらに飲み込むように、黄色のドーム状のフィールドが広がっていく。
レジストフィールドは、その範囲内の魔法の効力を軽減する効果がある。
「っしゃーぁ!」
体が軽くなった事で勢いよく立ち上がるルキア。
いざ反撃、と思い顔を上げた所で腹部に圧迫感。
「残念。チェックメイトよ」
視界を下げて見ると、シィルのロッドがルキアの腹部を軽く押していた。
シィルが魔法を発動すれば、ルキアはゼロ距離で直に魔法を食らうことになる。
「う、うぅ~」
ガックリとうなだれるルキア。
そうして姉妹対決はその勝敗を決した。
「素晴らしいです、シィル様! 今のは一体?」
詠唱短縮に多重詠唱。
今まで決してシィルには出来なかった事を目の当たりにし、クロノは驚いていた。
見た目以外は。
「うん! 凄かったよ姉様! いつの間にそんなに強くなったの!?」
ルキアは負けた悔しさより、驚きが勝っているのか、目をキラキラさせながら聞いた。
「これがさっき言ってた、研究の成果よ」
さっき、すなわち、初代国王が用いた下法とシィルが表した技術。
「なるほど。具体的にはどういったものなのです?」
クロノの問いに、シィルはもったいぶったように微笑み、答えた。
「犠牲と契約。それがあの技術の本質よ」
「どういうことなの、姉様?」
「このロッド、これは私の血液を混ぜて作られてるのだけれど…」
「血液!?」
サラリと出た一言にルキアが敏感に反応した。
「本当は体の一部なら血液じゃなくてもいんだけど、1番手っ取り早くて補充が効くものが血液だったのよ」
「研究とはいえ、ご自愛下さいシィル様。王が聞いたら卒倒してしまいます」
嬉々として話すシィルに、クロノが苦言を呈した。
「自身の一部を混ぜ合わせることで、特定の付加効果を付けることが出来て、なおかつその効果は通常の魔導具を遥かに凌ぐの」
クロノの苦言を聞いたのか聞いてないのかは分からないが、シィルは止まらない。
「このロッドには、私の血液を混ぜた上で、私の魔法を登録してあるの。だから、このロッドに登録されている魔法なら詠唱なしで発動できるのよ!」
「自身が魔法を一つ詠唱し、もう一つは魔導具に任せることで、二つの魔法を同時に発動出来た、というわけですか」
研究者という者は、自身の研究成果を話したくて堪らないものだ。
クロノの言葉にシィルのテンションはさらに上がった。
「そうなの! 詠唱部分はロッドがしてくれるから、中級魔法でさえカット出来るのよ!」
未だシィルの勢いは止まらない。
「さらに、この製法で生まれた魔導具は、持ち主を選ぶの!」
そこで興味深い言葉が出たことで、クロノが火に油を、もとい疑問を口にした。
「持ち主を選ぶとは?」
「実験段階では意思があるかどうかって事までは確認出来なかったけど、この魔導具は体の一部を与えた当人しか、反応しなかったの!」
「それは、魔導具が使い手を選ぶ、ということですか?」
「断定は出来ないけれど、そう思っても問題ないわ。ただ、初代国王の話の通りなら、他にも条件はあると思うの。恋人とはいえ、他者がその魔導具を使ってたのだし。恋人、恋人かぁ…肉親とかはどうかしら…」
と、そこでシィルの中の何かのスイッチが入ったのか、急に小声になってぶつぶつと呟きはじめた。
「はぁ、こうなったら姉様は人の話聞かなくなっちゃうのよね」
「そうですね」
しかし2人は慣れた反応を見せた。
それもそのはず。
シィルは何か考え込み始めると、周りの音を一切遮断して思考の沼に嵌まってしまうのだ。