もう1人のお姫様
城内にある練兵の為の訓練場から、空気を裂く音が鳴る。
誰もいないような早朝にも関わらず。
音の主はクロノだった。
クロノは訓練用に刃が潰された剣を軽やかに振り回していた。
淀みの無い動きで、イメージ内の相手と切り結ぶ。
何合か打ち合った後、ふと、急に剣が止まった。
「そろそろ、時間か」
クロノは剣をもとあった場所に返し、正装に着替え、訓練場を後にした。
彼が向かった先は、城の高く奥深くにある一室。
職人の細工がなされた、豪華な扉をノックし、中の人物に呼びかける。
「姫様、姫様。朝です。起きてください」
まずは軽く声をかけるが、ルキアがこの程度では起きないことなど、クロノは百も承知。
今度は少し強めに、
「姫様! 起きてください! 起床の時刻です!」
やはり反応はなし。
次はかなり強めに。
「姫様!! 朝です!! 姫様! 起きてください!! 起きないと朝食抜きですよ!!」
…。
当然反応はない。
「はぁ」
結局いつも通り。
クロノは持っていた鍵を使い扉を開けた。
「もぅ食べられない~」
何キャラだ、とツッコミを入れたくなるような寝言を零し、ルキアは爆睡していた。
ルキアは控えめに見ても美人だし、スタイルもいい。
にも関わらず、全然色気を感じさせない程に残念な寝相をしていた。
「では、失礼します」
クロノは静かに断りを入れると、ルキアがしがみついている布団を全力で引きはがしにかかった。
「んあー」
勢いよく布団を剥がした結果、しがみついていたルキアは宙を舞い、
「げぶぅ」
なんとも不細工な声を上げて床に落ちた。
「姫様、お早うございます。朝です」
「ん~、くろの?はよ~」
寝ぼけ眼をこすりながら挨拶を返すルキア。
「はい、お早うございます。朝食の準備が出来ておりますので、ご支度が整いましたら食堂まで一緒に行きましょう」
ルキアはフラフラと立ち上がり、
「あいっ、りょ~かい」
何故か敬礼をし、またフラフラと洗面所まで歩いていった。
その姿を見送ったクロノは部屋を出て、直立でルキアを待った。
数分後。
「おっはよう、クロノ!」
ルキアは派手な音を立てて、扉を開け放った。
先程までの寝ぼけっぷりが嘘のようにハイテンションだ。
「お早うございます、姫様」
「じゃあ、食堂に行きましょうっ。 今日っのごっ飯はなーにっかなー」
夢ではさすがにお腹も膨れないらしく、食糧を求めて、楽しげに先を行くルキアにクロノはいつものように付き従って歩いていった。
「ウチのコックは世界一ぃぃー」
そして一気に朝食を平らげるルキア。
しかしながら作法はきっちりと守られている。
ちなみに食堂には使用人が数人と、ルキアとクロノしかいない。
ルキアの家庭だが、父親である王は基本的に多忙である為、食事の時間が合わない。
母親とは既に死別しており、兄弟姉妹は姉が1人いるのみ。
肝心のその姉は滅多に食堂に顔を出さない。
というか、城内に住んでいるにも関わらず殆どの人間が彼女を目撃しない。
「あら、ルキアじゃない?」
「あっ!姉様!?」
「お早うございます、シィル様」
ルキアが食事を終わろうとする頃、某銀色スライム並に出現率の低いルキアの姉、シィルが食堂に現れた。
髪はボサボサ、目の下にはクマ、シワだらけの白衣に、よれよれの服。
元は美人なのに……というのが、シィルの外見だ。
髪の色は白金と表すべきか、完全に銀髪のルキアと比べると、金色がそれなりに目立っていた。
「姉様! いつこちらへ!? もう1年くらい会ってなかった気がするわ!」
「姫様、1年は言い過ぎです。おおよそ半年ぶりくらいかと」
「あら、もうそんなになるのね。久しぶりねルキア、クロノ」
「うん! 久しぶり! 会いたかったよ、姉様!」
ルキアは久しぶりに姉のシィルと会えたことで、テンションが天井知らずに上がっていた。
「シィル様、ご朝食ですか?」
「うーん、寝てなくても朝にご飯を食べると朝食って言うなら、そうね」
シィルは独特のマイペースで柔らかな口調で答えた。
「む、そういえばクロノってば、姉様は名前で呼ぶのね」
「気のせいです」
「え! 気のせいとか、ごまかすにしても投げやり過ぎない!?」
「そんな事はありません。気のせいです」
「姉様! クロノが反抗期なんだけど!」
「そこのあなた、朝食にパンとバターいただけるかしら」
「スルー!?」
「姫様、食卓で大きな声はマナー違反です」
「そうよ、ルキア。淑女たるもの、騒いではいけないわ」
「う、そうだけど。なんだか釈然としないのは私だけかしら……」