錯綜する思惑
そこへ盛大な足音を鳴らし、多数の兵士達が部屋へとなだれ込んできた。
割れた窓ガラス、微笑を浮かべるレックス、ルキアを守るように立つクロノ、無事な姿のルキア、倒れて動かない侵入者とおぼしき黒衣の男。
すでに決着は付いている。
この光景を目にした兵士達はそう判断し、また元より居たクロノ達も同じように思っていた。 ただ一人を除いて。
「そいつを捕らえろ、侵入者だ」
クロノは黒衣の男を指差し、平坦な声で兵士達へ指示を送った。
数名が返事をかえし、素早く黒衣の男へ近寄る。
酷い怪我であるのは一目瞭然であるため、多少油断していた。
兵士達が黒衣の男に触れようとした瞬間―
「なっ」
唯一まともに機能していた片足を使って跳躍。
一足でクロノ達へと迫った。
もはや使い物にならなくなった両腕を振りかぶり、ルキアへと襲い掛かる。
しかし、当然の如くクロノが立ちはだかり。
「済まない」
黒衣の男の手は空を切り、クロノの剣は黒衣の男の胸を貫いていた。
ドロリと口から血が漏れる。
黒衣の男はクロノにもたれ掛かりながら、その目を閉じた。
「……」
最後の言葉をクロノだけが聞いていた。
「他にも侵入者がいるかもしれない。手分けして城内を調べろ!」
レックスは、他にも伝令やレックスの護衛についての指示を出し、数分後にはルキアの室内には2人と1つだけが残った。
割れた窓から吹く風がクロノとルキアの髪を揺らした。
クロノは室内から全ての人間を追い出した後、黙りこくっている。
視線の先には死体が1つ。
ルキアもただ黙してクロノの背中を見続けていた。
再び風が2人を撫でた時、ようやくルキアが意を決したように声を掛けた。
「クロノ、ありがとうってどういう意味?」
その問いに、クロノは見た目には平常で、しかし声は振り絞ったように掠れて。
「聞いて、いらしたのですか」
ありがとう。
それは、黒衣の男が死の際に呟いた言葉。
「うん、聞こえちゃった。あの言葉は、恨みみたいなマイナスの感情が含まれてなかった。 本当に感謝してるような、そんな明るさに満ちた言葉だった」
死に行く人間が、とどめをさした相手に言う言葉、向ける感情ではなかった。
「ねぇ、クロノ? あの言葉は?」
「それは」
クロノは言いにくそうに言葉を濁し、押し黙る。
そして剣を持つ手に力が込もった。
その時勢いよく扉が開かれた。
ノックもなしに開いた扉の向こうにいたのはルキアの父だった。
「ルキア! 大事はないか!?」
子を心配する親の顔そのもので、国王はルキアへ駆け寄る。
ルキアもまた、国王の元へ歩む。
「心配しないで父様。クロノがしっかり守ってくれたから、大丈夫!」
ルキアが笑顔で自身の無事をアピールすると、国王は心底安心したように顔が綻んだ。
「クロノ、よく守ってくれた」
「いえ、むしろ、室内まで侵入されてしまい、如何にして責任を取れば」
「おぬしはルキアの傍から離れられぬ身だ。侵入を防ぐ事は難しかろう。気にするでない」
「はっ、ありがとうございます」
国王はクロノを労うと、再びルキアに向き直り、無事を喜んだ。
そこで国王の後ろに控えていたクロノの父グラフが、クロノに声を掛けた。
「総員で城内を調べたが、他に侵入者はいないようだ。今から報告会を始める。ルキア様の護衛を他の者と代わり、クロノも出席しなさい」
「はっ」
クロノの返事を聞くと、グラフは王を促し退室した。
そして一緒に連れて来ていた兵達を残し、クロノもその場を後にした。
月明かりだけが照らす室内で、金の男は気味の悪い笑顔を顔に貼り付けていた。
「ふむ、やはり滅多なことは口にはしませんか。私が置いてきた盗聴用の魔法式に気付かれましたかね?」
レックスは僅かに思案したあと、自分の言葉を否定した。
「いえ、気付かれていたのなら放ってはおきませんね。もしかしたら程度に警戒していた、というところでしょう」
そう言うと、顔の前に指を持ってくるとクルクルと回した。
「ま、バレたら厄介ですし、早々に撤去しますか。姫君の部屋に再び魔術防壁が展開されれば、撤去も困難になってしまいますしね」
普段ならルキアの室内に細工など出来はしないのだが、度重なる魔法攻撃で魔術防壁が破壊された今なら仕掛けるのは易い事となっていた。
クルクルと回していた指に微かに光が灯る。
「解除完了、ですね」
そして徐々に光が収まっていき、数秒後には完全に消え去った。
その中でレックスはくつくつと笑う。
愉快そうに喉を鳴らす。
面白くなってきた、と。