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Forget me not  作者: 林檎亭
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暗殺

(あるじ)よ、我が身の勝手をお許し下さい」

くすんだ白い髪が夜闇に浮かぶ。

次いで、褐色の肌に赤い瞳。

決して高いとは言えない身長に、体躯は痩身。

彼はベッドに横たわる主へ頭を垂れると、黒い衣装で全身を覆った。

その姿は城の外れで繰り返し長身黒髪の男と密会していた人物と同じだった。

黒衣の男は無音で跳躍。

城の屋根を風が撫でるように、疾っていく。

数秒後にたどり着いたのは、城内でも一等高い位置にある部屋だった。

限られた者しか入室を許されない、城に勤める者でも清掃は選ばれた人間のみが行う。

その部屋の窓から黒衣の男は中の様子を窺う。

明かりのない暗い部屋に備えられたベッドに、確かに目的の人物が寝ている。

顔に間違いはない。

室内の気配は一つ。

巡回の兵もしばらくは来ない。

そこまで確かめると、黒衣の男は一旦窓から体を外す。

空を見上げると、月も星もなかった。

(主は優し過ぎる。しかし、其れは主に取って大切なものだ。失くして良いものでは無い。 主に足り無いものは下僕が補う可し)

そこまで考え、目を閉じる。

一瞬後開かれた目にはおよそ感情と呼べるものは失くなっていた。

そして黒衣の男は行動を開始した。

黒衣の男は器用に音を立てず窓を開け、室内へ侵入した。

ベッドの傍まで近寄り、目的の人物を確認。

躊躇なく、慈悲もなく、思考もなく、気配もなく、余分もなく、感情もなく、

ただ、心臓にナイフを突き立てた。

じわりと赤い染みがシーツを侵していく。

黒衣の男は達成感も同情も感じることなく、侵入した時と同じ心のまま、部屋を後にした。

窓から出ると1度だけ振り返り、痕跡がないことを確認する。

「おやおや、間違いなく死んでますねアレ」

ふいに背後から声が聞こえた。

「っ!」

黒衣の男が勢いよく振り返ると、すぐ後ろに男が立っていた。

声をかけられるまでは気配すらも感じなかった。

「……」

しかし黒衣の男の動揺は一瞬。

すぐさま疑問を殺し、心を平坦に保つ。

「ふむ、つまらないですね。 私としてはもうちょっとうろたえて欲しかったのですが」

不敵な笑みを浮かべ、如何に残念だったかアピールするように、仰々しく両手を広げた。

金の髪に赤のローブ。

それは先程殺したはずの男、隣国の使者レックスだった。

「さてさて、どうして殺された私がここにいるのでしょうか?」

レックスは挑発するように問い掛ける。

しかし黒衣の男は意に介する素振りも見せず、ただじっとレックスの隙を窺っていた。

「返事くらいして下さいよ。これでは私が馬鹿みたいに一人で喋っているみたいじゃないですか」

「……」

「ふう、仕方ありません。こっちで勝手に説明させていただきましょう」

黒衣の男は身振り手振りで大袈裟に話すレックスの挙動に集中しているのだが、

(隙がない)

無駄な動きばかりのはずだというのに、全く隙がなかった。

「まずですね、結論から言ってしまえば、アレは身代わりです影武者ですスケープゴートです」

ピクリと、黒衣の男の体が動いた。

身代わりを立てる、というのは自分の身に危険が迫っている時に限る。

つまり、レックスは自身の命が狙われていると知っていたことになる。

「んふふ、ようやく反応が返ってきましたね。やはり会話はそうでないと」

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、クルクルと回る。

「ところで、一つお聞きしたいのですが」

ピタリと動きを止め、ビシッと黒衣の男を指差す。

「貴方に暗殺を命じたのは誰です?」

黒衣の男は微動だにしない。

一つでも言葉を発すれば、肯定しようと否定しようとそれは相手に少なからず情報を与えてしまう事を、彼は知っていた。

「まただんまりですか。いい加減こっちも落ち込みますよ」

レックスは相変わらずの軽い口調で語る。

「さあさあ、どうしましょう? どうやったら貴方は声を聞かせてくれるのでしょう?」

手を広げ、クルクルと回る。

くるくるくるくるくるくるくるくる

ピタッ

黒衣の男の正面を向いた所で止まった。

「そうですね、いい案を思い付きました」

口端が歪む。

「月並みな台詞ですが」

醜悪な笑み。

「貴方の体に聞くとしましょう」

ぞくり、と

黒衣の男の背筋に冷たいものが走った。

その瞬間、裾に忍ばせておいた投擲用の小刀をレックスに放つ。

隙など見えはしなかったが、直感が、防衛本能が取らせた行動だった。

真っ直ぐレックスに飛んでいった小刀は、

「危ないですねぇ」

レックスが手をかざした瞬間融解、消失した。

(詠唱破棄か)

それも魔法発動のキーワードすらも破棄した。

それだけで相当高位の使い手だと分かる。

また同時に、

(私では勝て無い、か)

黒衣の男は自らの敗北を確信した。

(第一目標は逃走、離脱)

「さあて、今宵のダンスパーティの始まりですよ」

愉しそうにレックスが宣言した。


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