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Forget me not  作者: 林檎亭
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父親と息子

コンコン、とノックの音が響く。

「クロノか? どうした?」

中から返答したのはクロノの父、グラフだった。

彼はドアを開けずとも、気配で人物が分かるらしい。

「父さん、いま時間あるかな?」

父親の前ではクロノは年相応の、作られていない口調に戻る。

「うむ、丁度手が空いている所だ」

「よかったら、訓練に付き合ってくれない?」

「今からか? まぁいいが」

もう日も落ちて、夕食も済み、時間も遅い。

グラフが返事に時間を要したのはそのためだった。

「ありがとう。じゃあ、第二訓練場で待ってるよ」

「うむ、分かった。仕度をしたらすぐに行こう」


グラフが受けると、クロノは扉から離れ、少し早足で訓練場へと歩いていった。

少し待つとすぐに訓練場に気配が一つ入ってきた。

「クロノ」

クロノを呼ぶ父親の声。

その声に振り向くと、グラフが剣を手に立っていた。

クロノはぶら下げるように持っていた抜き身の剣を体の正面に真っ直ぐ構える。

「夕食の時から少し様子が変だったが」

グラフは落ち着いた雰囲気で、ゆったりと剣を構えた。

「何かあったのか?」

クロノと同じように構え、穏やかな声で問う。

「少し」

クロノは僅かに口を開け、何かを悔いるように呟いた。

「ふむ、何かは詳しくは聞かないが……要は体を動かしてスッキリしたいのだな」

クロノの心情を察し、グラフは剣を持つ手に力を込める。

「さぁ来いクロノ! 父にその腹の澱みをぶつけて来い!」

何も聞かずに臨戦態勢に入ったグラフに対し、

「ありがとう」

クロノは自分にしか聞こえない声で礼を言い、構え直した。


「ふっ」

息を吐くと同時、クロノは高く跳び上がった。

着地点はもちろんグラフ。

「ハアッ」

目一杯力を込めて剣が振り下ろされる。

「これは受けてられんな」

グラフは身を少し屈めると、後方へと跳躍して回避行動を取った。

一瞬前までグラフが居た位置にクロノの渾身の一撃が繰り出される。

剣が地に激突すると、有り得ない程の、超重量の大岩が落ちてきたかのような轟音と共に地面に亀裂が入った。

「相変わらずの馬鹿力だな」

グラフは呆れたように零すと、着地直後で隙の出来たクロノに襲い掛かる。

砂埃が立ち上る中、鈍い金属音が鳴り響く。

「…っ」

グラフの剣をクロノは体勢が崩れたまま受けていた。

体勢だけなら圧倒的にクロノ不利だが、持ち前の膂力で無理矢理剣を押し返していく。

クロノが近衛兵次席である最大の理由は国一の怪力だ。

その細見からは決して想像が出来ないほどの力を振るう。

そして体勢による優劣がほぼ無くなりそうになった頃、グラフは剣を競り合いから引き、連続で斬撃を放ちはじめた。

グラフに合わせて、クロノも手数で応じる。

2人の斬り合いの速度はあまりに早く、常人、いや鍛えられた人間でも目で追えるものではなかった。

剣がぶつかり合う度に鳴る金属音が繋がって聞こえるほどに、その速度は常識を超えていた。 だがそんな2人はこの斬り合いの最中、互いの隙を探り合っていた。

速度と力ではクロノが勝っているが、グラフは決して押し込まれたりはしない。

それは経験と技術という、彼自身に蓄積されたものの成果だった。


――そしていくつ斬り結んだのか…ついに均衡が崩れた。


グラフの剣をクロノが弾くと、グラフの脇腹に僅かに隙が生まれた。

(ここだ)

チャンスを確信したクロノは胴を薙ぎ払いにかかる。

必中のタイミングと、必倒の威力。

「甘いぞ、クロノ」

この刹那、そんな台詞が語られる時間があるはずはないのだが、クロノにはそれが聞こえた気がした。

グラフの口元に浮かぶ笑み。

(しまっ)

そこでクロノは気付いたが、もう遅い。

グラフは初めからその一撃が来ることを知っていたように、一分の無駄もなく紙一重で避けた。勝利を意識して力んだ剣はもはや空振ってしまえば、ただ隙が大きくなるだけ。

グラフは冷静にその隙を突き、

「せあっ」

クロノの肩へ剣を振り下ろした。

「がっ」

重い一撃はクロノの体の芯まで響き、膝をいともたやすく地に着かせた。

刃が潰れている剣と言えども、鈍器にはなる。

無防備な状態で喰らえば、相当なダメージとなるのは当然だ。

グラフの持つ剣の切っ先が、クロノの目の前に据えられる。

「勝負あり、だな」

そしてグラフは勝利を宣言した。

「あの隙は誘いだ。それに気付かないとは、まだまだ甘いなクロノよ」

グラフは剣を収め、クロノへと手を伸ばした。

「普段は引っ掛からないけど、父さんのは巧み過ぎる」

クロノはその手を取ると、ゆっくりと立ち上がる。

「お前は才能もあるし、実際強いが、如何せん素直過ぎる。虚実をもっと学ぶようにしなさい」

「俺をあんな綺麗に嵌められるの父さんくらいだよ」

グラフはそれなりに年重ねているなため、クロノや若い兵達には腕力などで劣ることがあるのだが、蓄積された技術と経験が近衛騎士首席の座を保たせている。

「少しはすっきりしたか?」

「ん、付き合ってくれてありがとう」

「いや、気にするな。普段は父親らしいことなど出来ていないからな。これくらい頼ってくれ」

そう言ってくれる父に対し、クロノは憂さ晴らしに付き合ってくれた事に感謝すると共に、またもう一つの感情を抱いていた。

「父さんには、敵わない、な」

剣の腕も、器も。

ポツリと呟かれた言葉にグラフは少し嬉しそうに、

「息子の目標であり続けることが父親としての義務だからな」

と答えた。

「じゃあ、そんな父親にいつか勝つことが息子としての責務、かな」

「ははははは、言うじゃないかクロノ! ならば、その日を楽しみにしてるぞ!」

本当に嬉しそうに、グラフは笑う。

クロノも珍しく僅かながらも微笑む。

2人は朗らかに笑う。

『いつか』が、すぐにやってくることなど知らずに。


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