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Forget me not  作者: 林檎亭
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想いは重なりすれ違う

そして、そのまま振り返ることなくレックスは去っていった。

「あ゛ー、もう腹立つー!」

レックスと別れてしばらく歩き、人目がなくなった頃、急にルキアが頭を抱えて叫んだ。

「何あれ!何あれ!めちゃくちゃムカつくんだけど!」

うがー、と全身で怒りを表すルキア。

「姫様落ち着いて下さい」

「落ち着いてなんかいられないよ! 百歩、いえ千歩くらい譲って、私が馬鹿にされたのは我慢したとしても、クロノが馬鹿にされたのは我慢ならないもの!」

よく見ると悔しさからか、ルキアの目は僅かに潤っていた。

「姫様…」

「でも、止めてくれたのはありがとう。いくら我慢出来ないからって、あそこで怒鳴り散らしては父様に、いえこの国に迷惑をかけるだけだもの」

怒りが収まったわけではないのだろうが、ルキアは王族として、理性でそれを押さえ付けていた。

「姫様、こんなことを思ってしまうのは不謹慎ですが……私は、貴女が私の為にそこまで怒っていることが、嬉しくてたまりません」

「う、その台詞はちょっと反則よ」

ルキアは照れて俯いた。

そしてその先にあるものを見て驚いた。

「クロノ、その手っ」

クロノの手からは血が滴っていた。

「え、あぁこれは…」

それは先程、ルキアがレックスに侮辱されている時に、怒りを抑えるために拳を強く握りすぎ、爪が皮膚に食い込んだために出来た傷だった。

そっと優しくクロノの手を取ると、

「クロノも私の為に怒ってくれたんだね」

ルキアは非常に聡い人間だ。

手の傷を見て察したルキアは少し嬉しそうな顔をして、血に塗れたその手を抱くように包んだ。「姫様、御召し物が汚れてしまいます」

クロノが赤い顔で言うが、

「私を想ってくれて流れた血を汚いなんて思わないよ」

ルキアは気にせずにその胸に抱きつづけた。

2人は先程までの怒りを忘れ、穏やかな気持ちでしばし佇んでいた。


「姉様ーっ」

魔導研究所に着くと、ルキアはすぐにシィルの所まで駆けて行った。

「あらルキア、いらっしゃい」

シィルは丁度手が空いていたらしく、すぐにクロノ達を迎えてくれた。

シィルは今も、人と魔導具を掛け合わせる研究を続けており、初代国王が手にした力について、解析を進めていた。

「姉様、研究は進んでるの?」

「そうね、もう後ちょっとというところよ」

シィルの顔は晴れ晴れとしており、研究が順調に進んでいることを分かりやすく表していた。 「ところでルキア、服が汚れてるじゃない」

シィルはクロノの血で赤い斑が出来てしまっている所を見て、少し驚いていた。

「申し訳ございません」

クロノが説明を省いて謝罪の言葉を口にした。

「さっきちょっとクロノが怪我しちゃって、それで」

次いで、ルキアが少し言いにくそうに補足した。

「そう、お互い大事ないならいいけれど」

そう言ってシィルは頬に手を当てて少し考えると、何か思い付いたように人差し指を立てた。 「そうだわ、丁度いいものがあったのよ」

何か閃いたシィルは小走りでドアの奥に引っ込んでいった。

「?」

よく分からないクロノとルキアは顔を見合わせ首を傾げた。

しばらく経つと、シィルがドアを少し開けて体を半分だけ出した状態で、

「ルキア、こっちにいらっしゃいな」

手招きしてルキアを呼んだ。

呼ばれたルキアは素直にドアの向こうへ消えていき、

「えぇ!? いや、無理無理無理! え、だってこれっ」

その奥で驚愕の声を上げた。

「?」

クロノだけが相変わらず首を傾げている。

少しドアの向こうが騒がしくなり、それがしばらく続いたかと思うと、パッタリと静かになった。

さらに待つこと数分、シィルがドアを開けて出てきた。

心なしか顔がにやけている。

「クロノお待たせ。ほら、ルキア出ておいで」

シィルが呼ぶが、ルキアが出てくる様子はない。

「どうかしたんですか?」

「うん、恥ずかしがってるみたいなのよね」

「恥ずかしい?」

ドア1枚隔てた向こうで何があったのか、クロノの疑問は積もるばかりだった。

「ほらほら、観念して出ておいで」

シィルは中々出てこないルキアの手を引いて、クロノがいる部屋まで連れてきた。

それは黒を基調にし、白いフリルが邪魔じゃない程度にあしらわれた動きやすい簡易ドレスのような服。

要はルキアはメイド服を着ていた。

「えーと、なんでまた給仕服なんですか? それに給仕服にしては派手なような」

クロノの第一声にシィルは少しムッとした表情を作った。

「給仕服じゃないわ。メイド服よ!」

力一杯のよく分からない反論。

「それに、感想はないのかしら。似合うとか可愛いとか抱きしめたくなるとか」

シィルはクロノに問い詰める。

「うー、恥ずかしいよ姉様」

ルキアは真っ赤になって俯いている。

「大丈夫よ、恥ずかしいことなんて全くないわ。さぁ、ルキアもクロノに聞いてみて」

自信満々に答えるシィル。

「うぅ、クロノ……に、似合ってる、かな?」

恐る恐る問い掛けるルキアに、クロノは答えた。

「ルキア様……」

「う、うん」

僅かな沈黙。

「ルキア様、メイド服のスカート丈が短いものは私は認めません」

「は?」

「メイド服とは慎ましくあるべきです。ミニスカートで色気を強調するのは邪道です」

クロノは割と頭の悪い感想を述べた。

「クロノ、給仕服とか言いながら、ちゃっかりメイド服に興味あったのね」

シィルが若干呆れ気味に息を吐いた。

「ク、クロノのアホー!」

恥ずかしい恰好をした挙句にダメ出しをされたルキアは、恥ずかしさが頂点に達し、走って逃げていってしまった。

その背中を見つめて見送るクロノの肩にシィルが手を乗せた。

「素直じゃないのね」

「何の事でしょう」

「可愛くて仕方ないのに、照れ臭くてあんなこと言ったのでしょう」

「何を根拠に」

「顔、真っ赤よ」

「っ!」

「今頃隠しても遅いわよ」

「くっ」

クロノは悔しそうな声を出すと、少し間を置いて溜め息をついた。

「私は、騎士です」

「どうしたの、唐突に」

「私は従者です。家来です。下僕です」

「本当に、どうしたの?」

「いえ、ただの立場の話です」

「そう」

今度は重い沈黙がこの場に落ちた。

「私も失礼します」

その空気に堪えられなくなったのか、クロノが退室しようとする。

「ねぇ、クロノ」

その背中にシィルが声を掛ける。

「正しいことばかりが、最善の選択とは限らないわ。後悔しない選択をするようにね」

その言葉を聞いたのか聞いてないのか、クロノは黙ったまま研究所を後にした。

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