赤金の使者
「クロノっ、お待たせー」
お風呂上がりのルキアが小走りでクロノに駆け寄ってくる。
ほのないい香りがクロノの鼻をくすぐる。
「あまり待っていませんから大丈夫です」
淡々と答えるクロノの耳が少し赤くなっていることには、ルキアも侍女も気付かなかった。
「そだ、クロノ。ちょっと行きたいところがあるんだけど、いい?」
「今からですか? 折角お体を清められたのですから、明日になさっては?」
「ううん、大丈夫。そんなに遠くないし、動き回ることもないから」
「かしこまりました。そうおっしゃるのでしたら、お供させていただきます」
「うん、ありがとうクロノっ」
「ところで、具体的にはどちらまで?」
「ちょっと姉様の所までっ」
「魔導研究所、ですか?」
「そそ、城内だしパッと行こう」
そう言うとルキアは、方向を転換し、元気よく歩きだした。
広い広い廊下をクロノとルキアが歩いていると、前から見慣れない人物が歩いてきた。
「おや、ルキア姫ではないですか」
「あら、レックス様。こんにちは」
金の髪に金の瞳、真っ赤に染め上げたローブを羽織るその男は先日来た隣国の使者だった。
「こんにちは、には少し時間が遅いかもしれませんね」
鼻につくような声でレックスは喋った。
「そうかもしれませんね。しかし、お日様が出ているのなら大丈夫ですよ」
ルキアは対外用の猫を百匹程被って、あくまでおしとやかに返す。
「ところで、ここでお会いしたのも何かの縁でしょう。 夕食はご一緒に如何です?」
大袈裟に身振り手振りを加えて、まるで演劇でもしているようにレックスは話す。
鼻につくような声と相まって、相手を挑発しているかのような印象を受けさせる。
「申し訳ございませんが、今から用事がございますので」
見た目は本当に申し訳なさそうな顔で断った。
「そう言わず、ご一緒しませんか? なんならその用事とやらが終わった後でも構いませんよ」
食い下がるレックスに、ルキアの笑顔が僅かに引き攣る。
「いえ、遅くまでかかってしまうかもしれませんので、私に構わず、先にお食事を召し上がって下さい」
「大丈夫です、待ちますよ」
不快な笑みを浮かべ、レックスがルキアの肩に触れようとし、
「……」
2人の間にクロノが割り込んだ。
「なんだい、君は?」
レックスが不愉快な表情を隠そうともせずに聞いてきた。
「彼は私の護衛と世話係を兼任している者です」
ルキアが少し誇らしげに答える。
本音が僅かに垣間見られたその声を聞き、レックスは口元を僅かに歪めた。
「ほぅ、姫君の護衛にしては随分若いですね」
レックスは物色するかのように、クロノを観察する。
「なるほど、世話係ですか」
そう呟くと、くつくつと耳に触る笑い声を発した。
「なんです?」
少し苛立ちが混じった声でルキアが問うと、レックスは醜悪な笑みを浮かべながら答えた。
「いえ、世話係で随分若い男というのは…くっくっ、男を囲うのはよいと思いますが、もう少し愛想のよい男を選んだ方がよいのでは?」
ルキアの顔が憤りで赤く染まる。
「クロノはそんなんじゃない!」
城内に響き渡るような大声でルキアは怒鳴った。
「いえ、別に恥ずかしがる事ではないですよ。生娘ではないことは大した問題でもありませんし」
更に侮辱の言葉を続けようとするレックスに、ルキアは更に顔を赤くし、反論をしようとし、 「ルキア様」
クロノに止められた。
「でもクロノっ」
クロノは静かに首を振ると、レックスと向き合った。
「レックス様、お戯れはそれまでにして下さい。これ以上我が国を侮辱するような発言をされるなら、こちらも黙っているわけにはいかないので」
殺気とも取れるほどに、重圧を与えながら忠告するクロノに、
「くっくっ、いいでしょう。私も姫君に嫌われたいわけでもないですから」
全く動じることなく返した。
そしてルキアを一瞥し、
「まぁ、もう嫌われてしまったみたいですが」
押し殺したような笑い声を残し、レックスは2人の横を通り過ぎていく。
「それでは、ご機嫌よう」