六話 小旅行へレッツゴー!
異世界での初の朝、町長の家の前にいる。季節は夏なのだが、朝霧が立ち、薄いオレンジ色の光に包まれた町内には時々涼しい風が吹く。空気も澄んでいて、体長は絶好調! のはずが、眠れなくて目の下にクマが出来てしまった。遠足に行く小学生並みだなあ。
「いやあ、今日も晴れそうで何よりだ。どうだね、調子は?」
「まあ、大丈夫だと思いますよ」
大声で返事をしたかったが、如何せん寝不足のせいで無理だ。しばらく馬で草原を駆け抜ければ気にならなくなるだろうが。そうそう、服装についてだが、もと着ていた服装では少々問題がありそうだったので、宿屋に置いてあった適当な服を借りている。まさにゲームに登場する通行人Aの格好だ。
リーネは俺に少女用のワンピースを着せようとしてきたが丁重にお断りした。彼女はこれを着たら面白くなると言っていたが、どういうことなのか。リーネが面白いだけなら冗談ではない。
その彼女だが、この小旅行に同行するつもりのようだ。曰く、「大した魔物も出ないし、アンセルワープで買いたいものがあるから一緒に行くわよ!」とのこと。他にいるのは俺と町長でまだここにはいないチャーリーの少年二人だけ。女の子が行くには危険だと警告しようとしたのだが、言う間もなく押し切られてしまった。
宿屋の御主人と女将さんも大した魔物は出ないから問題はないと語っているうえに、連れて行ってあげてとお願いまでされてしまった。これでは断れない。
まあ、魔法に関してはそこそこ腕が立つつもりだし、不都合が生じれば他の二人をまとめて守ってやることくらいはできる。親が安心して外に出すくらいだから、そんな機会は間違いなくない訳だが、一応心構えくらいは。
「ねえ町長、あいつは何処にいるの?」
「ああ、もうすぐ出てくるはずなんだが、おお来たか!」
一同が屋敷の玄関の方へ振り向く。出てきたのは俺より指一本分ほど背の高い、体格のがっしりした茶髪の少年だ。彼は大股で、悪びれる様子をわずかばかりも見せず歩み寄ってくる。
「ふあー、眠いんだよクソ。でも、リーネの頼みとあっちゃ断れねえな。行先もアンセルワープだし、春休みの暇つぶしにはちょうどいいわ。で、用事があるという野郎はどこだ? 拝み倒す立場の分際で俺様を待たすとは度胸あるじゃねえか。で、このかわいい子誰?」
また勘違いされてしまった。自信なくなっちゃうよ、俺。
「ホント、こんな気持ちのいい朝でも問題児らしい態度ね。この子があんたが案内するハルカよ」
リーネは俺の頭に手をポンと乗っけて、彼に言った。
「またまた御冗談を。男の格好してるけど、どう見たってかわゆい女の子でしょうに。違ったら城壁の上を全身裸で逆立ちで一周するレベルの美少女だぜ」
「じゃあ、さっさと脱いで一蹴して来てちょうだい。町中みんなで見てやるわ」
彼は余裕を湛えた笑みを浮かべていたが、リーネの発言の後、口をぽかんと開けて間抜けな表情をして固まっている。一方、彼女も彼女で本当に全裸で逆立ち一蹴してくるのを期待してるかのように見える。そんなことしたらお婿に行けなくなるどころか、部屋からも出られないよ!
「……ねえ君、本当に男なの?」
首を大きく、勢いをつけて縦に振る。ごめんね、こんな情けない外見で。
「まあ、かわいければ何でもいいや! チャーリー・コーンだ。貴族じゃないぜ! いやっほー、ハーレムだ!」
最後の言葉は聞こえなかったことにしよう。まあ、予想通り元気のよさそうなやつなのは嬉しい限りだ。旅は明るい方がいい。俺を男として扱ってくれればもっといいんだけど。
「ところで、さっきのって冗談だよな」
彼は必至な表情でリーネに訴えかけている。
「えっ、やらないの? どきょーねーなー」
対する彼女は感情のまったくこもっていない棒読みで応じた。リーネの言動にはたびたびサディストっぽいものが混じっているからもしかしたらとも思ったが、結局俺に女の子向けの服も着せなかったし、そこまで鬼畜じゃなく、からかう程度のものらしい。よかった。
それにしても、町長の息子、それもご本人がいる前でこんなにまで言ってもいいのだろうか?
「いいんだよ、親族みたいなものだからね。奴は女たらしだが、彼女もいるし、心配する必要はないぞ」
町長が耳元でこっそりささやいた。なるほど、親しい間柄で問題はないというわけか。それに彼女持ちとは、青春を謳歌してるなあ。そして最後のはどういう意味なのか? 俺が何を心配する必要があるのか? まあいいや。
さて、仲間もそろったことだし、行くとしましょうか。新たなる街へ!
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「それにしても、見れば見るほどかわいいよなあ。学校の女子の中でも、絶対にベストスリーには入るぞ」
「でしょう! 似合う服着せてあげようって言ってんのに、嫌がってるのよ。まったくもったいない。みんな頑張って化粧してまで自分を美しく見せようとしてるのになあ」
町長やリーネの両親に見送られて、早朝にトリナールを出てから幾らの時が過ぎただろうか。太陽の位置から正午過ぎぐらいと目星はついていたけれど、チャーリーの持参していた懐中時計はその辺りを指していた。この世界の時計は魔力を動力源とし、精霊の力によって正確な時刻を示すという。
それは置いといて、今俺たちがいるのは途中にあった集落の広場だ。馬は疲れるそぶりも見せず素晴らしい速さで走行したものの、乗馬に慣れていない俺の方がダウンして、腹も減ったということで、農家の人に昼食を作ってもらい、それを買い取って食べている。
リーネとチャーリーが話しているのはもちろん俺の事だ。二人ともこの顔がどれだけ俺を苦しめてきたか分かっていないのだ。そりゃあ、女性にはけっこうにんきがあったが、彼らは俺を男として見ていなかった。リーネは美人だからいいとして、この野郎は同じ目に遭ってみたらいいんだ。この世界なら性別を変える魔法薬もあるかもしれない。手に入ったら水に混ぜてやろうかな。
美少女扱いされることには慣れているが、久しぶりに食べる青空の下での食事の際は慎んでほしい。けれど、二人とも俺を古くからの友人であるかのように接してくれるし、決して悪気はないだろう。俺が真剣に考えを伝えれば、きちんとやめてくれると信じている。だが、楽しい食事を暗いムードにもしたくはない。ずっと我慢する気はないが、今回は受け流すことにする。気持ちを伝えるのはアンセルワープの街に着いて一段落してからでいいのだ。
だから俺も話題を逸らして、二人の話に加わる。飛び出てきた魔物を、チャーリーが杖の一振りで蹴散らしたこととか、この料理は何で出来ているのかとか、会話のタネにすることはたくさんある。まったく、いい世界である。