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五話 異世界での一日が終わる 

上下編を統合いたしました。不備がある場合は遠慮なくお申し付けください。


 町長の家を出た俺は、今現在リーネの自宅である宿屋にいる。二階建ての石造の建物で、トリナールの町唯一の宿泊施設であり、案内された部屋に辿り着くまでに三人ほど旅人らしき人々を見かけた。室内は簡素で、シングルサイズのベッドと木の机といす、化粧直し用の鏡、一鉢の観葉植物があるだけだ。間取りは独り暮らし用の部屋より少し広い程度で、窓はない。


 リーネの両親は彼女が、「森行ったときに助けてもらって仲良くなったの、しばらくここを拠点にしたいみたいだからいいよね」と述べると、快くずった滞在してくれて構わない、宿泊費も後払いで割引すると言ってくれた。身分についても尋ねられたが、彼女とここに来る前に打ち合わせした通り、春期休暇で旅行中の王都の中等魔法学校の生徒で、リーネに最初語ったように貴族崩れだと詐称した。格好に関しても、儀式用の特別な服装と答えた。

 彼らは何の疑いも俺にかけず労いの言葉をかけてくれたが、どうにも申し訳ない。


「以前、本物の中等魔法学校の学生が来たんだけど、やっぱり料金後払いで割引もしたの。彼女はお金に困ってたみたいで、凄く感謝してたわ。だから、あんまり気にしないで」


 ベッドの上に腰掛けて、カットされた頂きもののリンゴを食べているリーネが言った。この部屋の中には俺と彼女の二人しかいない。女将さんが作る昼食ができるまでこの部屋で待機している。


「それで、あなたが異世界から来たってことなんだけど」


「ああ、逃げてきたってところかな。決して悪いことをしてないぞ」


「ふーん、まあ細かいことを聞くのはやめるわ。ところであの紙は何なの? 絵じゃないでしょう。ちょっと心当たりがあるんだけど、出来が違いすぎて」


 政府のお飾り指導者だった何て言えないし、こんな顔では信じてくれないだろう。追求しないでくれるのはありがたい。で、心当たりがあるとはなんだ? 


 彼女はニヤリと口元に微笑を湛えながら、ポケットから長方形の紙を取り出した。紙の質は俺の持つ紙幣には及ばないがかなりのものだ。黄ばんだりはしておらず、白くきれいだ。裏には左右対称の模様や文字、表は対称でない代わりに大きく肖像画らしき絵が印刷されている。文字らしきものは読めない。翻訳魔法が効いているから会話はできるが、文字を書いたりよんだりはできないのだ。それにしても、おそらくこれは。


「それは百ギルダー紙幣。価値は金貨一枚、すなわち金一オントと一緒。ここみたいなへんぴなど田舎町では見ないけど、最近、王都や目的地のアンセルワープとかの都市圏では相当出回っている王立銀行発行の兌換券よ。質とか模様の精度は比較にならないけど、こうして眺めてみると結構似てるわね」


 驚いた。さすがに管理通貨制度までは至っていないものの、兌換券とはいえ紙幣が出回っているとは。あれが出回り始めるのは中世の末期だったはず。表情に現れたか、リーネは拍子を打っている。


「思ってる通り、それは元の世界の紙幣さ。最高額面で記念品だ」


「技術が違いすぎたし、印刷されている文字も分からない。ギルダー紙幣と違って肖像画もなし。紙に書いてあるから絵だと思い込んだのは盲点だわ。トリナールみたいな田舎町の人間は一部の商人以外碌に外に出ないからしょうがないけど、紙幣を見たことある私や町長も判別できないから情けない。これ凄すぎるわ。同じインクとも思えないし」


「まあな。目には見えない仕掛けも施されてるぜ。それくらいしないと偽造は防げないから」


 全ての仕掛けは知らない。そんなのは中央銀行か財務省の官僚の仕事だ。俺の役目は大衆を面前にしたパフォーマンスで、覚える義務もない。


 硬貨についてリーネにいろいろ尋ねたのだが、分かったことはというと、通貨は旧レーラム支配圏全域で共通しているが、発行しているのはこの国以外のすべての国で信仰されている宗教の教皇庁だ。元々、レーラムの覇権に対抗する形で成立した宗教で、関係は良くない。

 さらに、レーラムは現国王の治世になって急速な発展を遂げていて、出回る通貨の量が不足気味らしい。そこで政府は独自通貨を発行するという野心的な試みを行うことにした。レーラム国内では浸透しつつあり、ギルダーの名を知らぬ者も後一年もあれば完全にいなくなるという。国庫には自国で産出されて、通貨には使えなかった貴金属が大量にあり、独自の金本位制を敷くにあたって問題はないとも言っている。


「直に、硬貨も統一銅貨一枚が十フローリン銅貨に切り替わる。そうなればうちの国の金融政策は裁量が増して、レーラムを目の敵にしてる教皇庁から完全に独立できるわ。他国との貿易が少し不便になるけどほとんど輸出しかしてないし、輸入で締め上げられないから強気でいいのよね」


 通貨に関しては、はっきりとは分からない。大学の経済学部を出たわけではないし、前述の通り俺の仕事じゃない。だが、この調子で行けば貴金属との固定相場制からの脱却も遠くはあるまい。レーラムを憎んでいるという教皇庁の優位を崩すことも可能だ。この国は思っていたよりもずっと進んでいたようだ。


「その紙幣には芸術性に加えて、紙幣に改良の余地を与える材料としての価値があるわ。町長は芸術性のみで判断してたけど、この二つ込みで王都に家を買えるくらいにはなるかも。偽造を防げれば簡単に元は取れちゃうしね」


 大金が受け取れる点に変わりがないのはよかった。町長やリーネの両親に返済しなければいけないし、やはり自由に暮らすには金が必要だ。


「ところで、これから行く港町と町長の息子について教えてほしいのだが」


「アンセルワープは国内三位の大都市で、おそらくこの世界最大の港町。これがもうすごいのよ! あなたからすれば大したことないかもしれないけど、インフラは完ぺきだし、娯楽施設はたくさんあるしでもう大変! 百聞は一見にしかず、見てみればこことは別の国のように感じられるわ」


 彼女は目を輝かせて、アンセルワープの街の魅力を語りだした。ほほう、そんなにすごい街ならぜひ行ってみたくもなるものだ。中世には中世なりの楽しみ方があると思っていたが、魔法やレーラムの文化が進んでいるおかげで退屈しそうにない。別の宗教を信仰しているという他国へも行ってみたい。

 そうだ、旅行をしよう。全世界を巡る一世一代の大冒険だ。交通や通信手段があまり発達していないこのソールシアは物理的面積以上に広いに違いない。静かに暮らすというのは撤回だ。なるべく苦労しないよう、安全でゆったりした旅がいい。


 俺の世界はあまりに狭すぎた。何処に居ても別の所の情報も入って来るし、風景も見られる。遠く離れた人との会話だって容易い。便利だが、不思議も何もない箱庭だ。だからあんな連中が出てくる。それに引き替え、こちらの世界は犠牲を払わなくても、不思議は山ほど存在しそうだ。

 これ以上面白いことはあるか。のんびり旅行こそ、この世界に俺が来た真の理由となろう。未知の文化や人のふれあい。俺に欠けていたものばかりだ。


「それで、町長の息子はどんな奴なんだ? 外に出すってことは、多少なりとも魔法が使えるんだよな」


 俺はくし切りされたリンゴを食べつつ、まだ見ぬ巨大な港町に思いをはせながら、リーネに案内人兼護衛としてもう一つの質問、同行する町長の息子についても尋ねてみる。町長が彼を同伴させると言った時、リーネは何か言いたげだった。人間性に問題のある男なのか。


「率直に言うとバカね。勉強ができないってわけじゃないわ。王都の中等魔法学校に通ってるんだけど、別に成績が悪いんじゃない。良くもないらしいけどね。かわいいと見れば見境なくナンパするわ、寮の女子風呂を覗こうとするわ、喧嘩っ早いわ、あいつの悪行を挙げればきりがないの。それで付いたあだ名は『獣人チャーリー』。まったく、本物に失礼な名前よ」


 リーネは嫌なものを思い出すかのように顔を歪めて彼を紹介してくれたが、どうやら男らしい奴のようである。俺の友人たちは皆真面目で、村長の息子のチャーリーみたいなのとは知り合ったことがない。普通の暮らしをしていれば交流する機会もあっただろうが、俺が居たのは魑魅魍魎ちみもうりょう渦巻く政治の世界で、微笑みを浮かべる仮面の身に付けながら邪悪な野心を果たそうと権謀術数を用いて人を貶めようとする連中ばかり。そんな愉快な人間なんて一人もいなかった。


 チャーリーが付き合ったことのない種類の人間であり、明日会うのは楽しみだ。それはいい。ところで、本物の獣人に失礼とはどういうことだ? まさか一定の知能を持った人間以外の霊長類がいるというのか?


「この世界には獣耳やしっぽが生えてたりする人間がいるのかい」


「あら、あなたの世界には居なかったの?」


「人間ばかりで、つまらない上に腐りきったどうしようもない世界だったよ」


 人間の肉体を素で超越した人型の生物が居たら、奴らは嬉々として乱獲して、解剖して、邪魔にならないよう殺戮を行ったと断言できる。それでもって、訳の分からん遺伝子を普通の人間に組み込んで、実験材料として面白ければ檻の中で飼い殺し、使えなければ即処刑。脳裏にあっさり一連の光景が思い浮かぶ。

 いけない、なぜ俺はこんな悲観的な考えしかできないんだ。この世界には絶望しかない訳じゃないんだ。あそこと違って。何はともあれ、彼らが俺の世界で架空の存在としてしか生きていなかったのは幸運と言えよう。


 どんな連中がいるのか、こちらはまともに出自を語らず、質問してばかりでリーネには申し訳なかったけれど、彼女は何でも聞いてと言わんばかりに快く応じてくれた。


 曰く、人間とは異なる亜人の中でもエルフとドワーフは別格視されるという。彼らは自身の種族を基盤とした独立国家を維持しており、知的・文化水準も高く人間の国との交易も盛んで、トリナールにはいないものの、都市部では多くのエルフとドワーフが混じって暮らしているそうだ。

 だが、外国のほとんどで信仰されている宗教とは半ば相容れない存在であり、少なからず非友好的な人々もまたいるのも現実である。レーラムは他国とは異なる多神教が主体であり、そういった感情を持つ国民は皆無らしい。


 一方、それ以外の種族は『獣人』と一まとめにされ、人間による差別や蔑視は深刻。多くの国では弾圧され、教皇庁もそれを推進している。レーラム国民も知的水準が低いとされる彼らに対して潜在的に差別感情を抱いており、事実上、政府も北部の自治州に押し込めている状態だ。人種差別はどこでもあるということか。


「広いなー世界は。ここに来て本当によかったよ。で、リーネは彼らの事どう思ってるの?」


「私が差別主義者に見える?」


 表情はこわばり、口調は険しく、瞳は俺を非難している。けれど俺は嬉しい。少なくとも彼女がそういう考えをもっていなかったから。だからといって、蔑視している人々に冷たくは当たらない。そんなことすれば、俺はほとんどの人間と交流を持てなくなってしまう。この時代には仕方ないことなのだから、飲み込んで諦めるしかないんだ。


 ここで女将さんが昼食の準備ができたと呼びに来てくれた。暗い話を切り上げるのにちょうどいいタイミングだった。



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「ふう、今日はどっと疲れたな。しょっぱなデカブツを逃がしたし、情報を詰め込みまくったからかね。」


 元の世界とは何ら変わらない、むしろ暖かい昼食を食べた後、ご主人に手伝いを申し出て部屋掃除をした。何もしないのは嫌だからな。そして、煌めく橙の夕日が沈むころ夕食を頂いて、シャワーを簡単に浴びてベッドに転がりながら、気の天井目掛けて独り言を呟いている。


 いくつか見知らぬ食材が現れた以外は全く快適で、生活面での不満は全くない。強いてあげるとすれば、本があるのに読めないことだ。それも文字の読み書きを教われば済むことだ。


 ドラマやゲームはないが、この世界は物理的にも精神的にも広く、まったく退屈する気がしない。ソールシアには俺どころか住民たちも知らない神秘が多く隠されているのを思えば、胸は高鳴る一方。寝つける気がしない。明日の小旅行ですらこうなのだから、本格的に世界旅行するときはどうなるのだろうか。心臓が腹から飛び出るかも。

 まあ、当分ここを拠点としてレーラム王国を回るつもりだから、そのときまでにはこの世界に対する体制も少しは付いているかもだ。いや、レーラムですら驚くこと満載でどうなることやら。 




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