表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

三話 思わぬものに価値がありました

 リーネに引っ張られて森林を抜け、草原に走る道を少し歩くと石造りの壁が見えてきた。間違いなく街を守るための城塞だ。この世界の文明がどこまで進んでいるかは知らないが、城壁が本来の意味で使われているとしたら中世程度だろう。俺の世界では確かに城壁で囲まれた町はあるが、もはや観光用という意味しか持たない。航空戦力の前には全くの無力だし、平時でも市域の拡張に邪魔だ。


「あの街はなんていうんだい?」


「トリナールよ。私はあそこに住んでるの。この辺は大した魔物はでないはずなんだけど、あいつ本当になんだったのかしら」


 ああ、そういえばそんな事を言っていた気がする。かつての世界の大都市によく似た名前を持つ街。あそこは治安が悪く、ぎすぎすした雰囲気が漂う居心地の悪いところだったがここは果たしてどうなのか。


 城門には簡単な鎧を纏い、槍を携えた兵士が待ち構えていたがなんということもなく、俺の事を尋ねられても、リーネが拾ったといっただけであっさり通してくれた。いいかげんな警備だなあ。


 門を潜り抜けると、レンガか石かで出来た建物が道に沿って中央の広場まで続いていた。人通りも多く、道のわきには露店も出ていて活気がある。露店の商品は生鮮食品から装飾品に至るまで様々だ。


 リーネに連れられて、服屋まで歩いているわけだが、商品の食べ物を見てると腹が減ってくる。自殺するよう告げられたのは昨日の夕方で、それ以降水をちょびちょび飲んだくらいで何も食っていない。


「なあ、あそこでリンゴ買ってもいいかな?」


 露店の木箱に詰められた真っ赤なリンゴが日に照らされて輝いている。見ているだけで涎が垂れてきそうだ。


「あんなのうちにいくらでもあるから、ちょっと我慢できない?」


「無理だ。これ以上歩けない」


「じゃあ仕方ないわね」


 リンゴが売られている露店に立ち寄り、俺は手当たり次第に適当なリンゴを三つ手に取る。すると彼女はベルトに繋がっている巾着袋から何かを取り出そうとしている。


「おごってくれるのかい?」


「そりゃあ、命の恩人がお腹減ってるのに金出させるわけにもいかないでしょう。平民だって恩義は返さなきゃ」


 それは良くない。女の子に金を出させるなんて男が廃るってもんだ。というわけで、ズボンのポケットに手を突っ込んでみるのだが、出てきたのは元の世界の記念紙幣だけだった。額面は最高の五百。しかし、この世界ではこんなの単なる紙切れだ。そもそも、元の世界でも電子通貨が主流なので紙幣はほぼ使えない。


 はあ、ため息が出るぜ。これかなリーネに家に泊めてくださいとお願いしなきゃいけないのに、リンゴを買ってもらっては言い出しにくくなってしまう。リンゴを我慢しても、これから正午を迎えようというこの時間、体内のエネルギーはもうほとんど残っていない。


「ねえ、お嬢さん。それ見せてくんないかな」


 誰がお嬢さんだボケ! と思ったが、店主のおっさんもリーネも折りたたまれている紙幣をまじまじと見つめている。こんなのどうするのかと思うが、あまりに興味深げなので貸してあげることにした。なんならくれてやってもいいくらいだ。


「すごい……。こんな精密な絵は見たことない。小さいし、題材が何なのかも分からないけど、とにかくすごい。これは画家が描いたのかな? でも絵の具じゃない。不思議だなあ」


 記念紙幣に描かれているのは指輪にも刻まれている国章と首都にある議事堂だ。俺の顔を乗っける案もあったらしいが、採用されなかったのは救いだ。紙幣に描かれるのは、存命の人間からしたら気持ち悪くてしょうがない。

 

 紙幣は偽造を防ぐために様々な工夫が施されているから精密に見えるのは当然で、この紙幣は特別なものだから美しくデザインされていて、求めるコレクターもいるだろう。だが、普通の人間は綺麗だなあというくらいで、彼らのように嘆息を漏らすほどじゃない。

 しかし、この世界の人々から見れば一級品の絵画並みの価値があるのかもしれない。あれ? もしかして、この紙ペラを高い値段で売りつけられる?


「おっさん、これ幾らぐらいに見える?」


「いやあ、あたしにはこんなすごいものの値打ちなんてつけられないよ。そうだ、町長さんは美術品に詳しい方だから、あの人に見てもらったらどうかな?」


「そうすることにしよう。それよりお代は?」


「いいよ、こんな一生お目にかかれないようなものを見せてもらったからな」


 そういっておっさんは紙袋にリンゴ三つと紫色をした楕円形の果物を二つ入れてくれた。こんな展開予測してなかったぜ。まさかただでもらえるとはね。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「うーん、素晴らしいなこれは。何が描かれているのかさっぱりだが、今まで見てきたどの絵画よりも題材を写実的に描いている。そもそも、これは絵なのか? とにかく価値のある代物だ」


 絵を買い取ってもらうためやって来たのはトリナールの町長の屋敷。この城壁都市で唯一庭付きの家に住んでいるそうで、一番の金持ちであるのは確実だ。


「こんなもの、国王陛下ですらお持ちではないだろう。王宮に献上するところだが、美術品収集家としてこのまま手放すのはあまりに惜しい。君はこれをどこで手に入れたんだい?」


「いやー、その、別に訳あり品という訳じゃないですよ。出所は言えませんが」


 異世界のものなんて言ったら狂人扱いされるかもしれない。けれど、落ちていたとも言えまい。適当にお茶を濁せばいいのだ。


 町長は相変わらず紙幣に見とれているが、ここに来るまでの間ずっと眺めていたリーネは俺を訝しげな視線を向けてくる。仕方ない、彼女だけでも事情を言おう。信じてくれるかどうかは分からないが。


「ところでリーネ、この子は君の知り合いなのかね?」


「そんなところよ。この街にははじめてきたみたいだから、滞在証出してあげてくんない? あれがないといろいろ不便だし」


「最近は発行する手続きも厳しくなっているんだが、他ならぬリーネの頼みなら断れないな。それに、こんなかわいらしい少女、こほん、少年が凶悪なならず者とも思えないしな。少しばかり待っていてくれ」


 そういって町長は居間から出て行ってしまった。彼らの話ぶりからして、リーネと町長は親しい関係にでもあるのだろうか? 城門の兵士も彼女の知り合いというだけで簡単に通してくれたし、町民全員が知り合いみたいなものなのかもしれない。出会ったばかりで人間関係について尋ねるのははばかれる。どうせ当分の間お世話になるつもりなので、時間が過ぎたら聞けばいい。


 気がかりなのはもう一つ、滞在証の発行手続きが厳しくなっているという点だ。何やらきな臭い気がする。


「この街の近くで何かあったのか? 書類の発行が厳格になるなんて」


「知らないの? あなた世間知らずも程度ってのがあるわよ」


 理由を知ってて当たり前という空気だ。が、あれは異世界人でこの街に来てものの一時間ほどで知っているわけがない。もういい、異世界から来たことを話そう。どうせ時期に話すつもりだったし、できるだけ早い方がいい。


 事情を話すと彼女は笑いもせず起こりもせず、物わかりがいいのか、呆れるしかなかったのか、ただ黙って俺の話を聞いてくれて、後に言った。


「なるほど。名字があることも、あんな変なものを持ってたこともつじつまが合うけど、詳しいことは家に帰ってから聞くことにするわ。つまり家もないのね。うち宿屋だし、一部屋貸してあげる。親も命の恩人の頼みなら申し出たいくらいだろうし」


「恩に着る。いる間も何か手伝うよ。それでこの世界の事なんだが……」


 彼女は嫌そうな顔一つせず説明してくれた。曰く、ここレーラム王国は世界の過半を覆い尽くす巨大な世界帝国であったが、ずっと昔の戦争で、今ではこの大陸一つを支配するに過ぎない国家に転落してしまった。だが、それ以降は大きな出来事もなく、この世界は平和を謳歌していた。

 

 しかし、数年前に現れた魔王は大軍勢を引き連れ、周辺の国々を滅ぼして一つの大陸を征服してしまった。しばらく動きはなかったが、魔王が海を渡って各国に侵攻するかもしれないという噂が流れた。実際、外の魔物も狂暴化しつつあり、騒ぎに乗じて悪事を働く者も現れたため、警護体制を強化しているという。

 

 レーラムには昔日の遺産として優秀な魔導師が多くおり、賢王の許、兵士たちも強盛であり、一般国民も楽天的だが教養は高く、状況は他国よりずっとよい。それでも警備体制を厳しくしつつあるものの、リーネは元来非常に甘く、今くらいがちょうどいいと思っているという。


 実際、他国が次々と召喚している秘密兵器たる勇者も未だに召喚していない。国王はそれが利己的で身勝手かつリスクの高い行為だと考えているかららしい。他国と違って切羽詰っていないという余裕の表れだし、この国の国王は立派な人物なのだろう。リーネが国王について語るときの口調は恭しく、それでいて好意を持っているかの様だ。それに比べて俺は……。まっ、引け目を感じていてもしょうがないか。


 その勇者は優秀な素質を持つ者が召喚され、強大な力が与えられる。さらに、勇者たる証明として右手の甲に刻印が刻まれる。まさかと思い立ち、俺自身の右手の甲を一瞥する。けれど何もない。幸運なことだ。落っこちてきたところもかなり優秀な国だし、幸せに暮らせとの啓示なのだろうか。懸案は魔王だが、勇者様たちがどうにかしてくれると信じよう。


 元指導者にあるまじきことかもしれないが、俺はもうあんな思いは御免なのだ。この世界では静かに暮らしたい。絶対にそうしてみせるつもりだ。なじられようが何だろうが知ったことではない。もう苦労は十分してきたんだから。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ