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一話 いきなり化け物退治

 気づけば、俺はでこぼこした芝生の上で仰向けになっていた。ドーム状に弧を描いて伸びる針葉樹とそれに支えられる天蓋のように存在する青空が見え、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。こんなふうになったのはいつ以来だろうか。このまま大地に身を任せてゆっくり昼寝もいいかもしれない。


 いや、そういう訳にもいかない。本来俺は自殺を強要され、毒薬を飲んで死ぬはずだった。なのに、今いるのは狭く殺伐とした空気に包まれたホテルの一室ではなく、同じく薄暗いながらも、穏やかな雰囲気に包まれた森の中の空き地らしき場所だ。死後の世界? 小瓶を取ろうとしたらここに居た。一体どこなのか?


 だが、そんなことはどうでも良いことだとも思えてくる。仕事に忙殺され、楽しみもなく、利用価値がなくなった結果捨てられた身にとって、こんな自然の中でゆったり眠れるなど想像もできなかった。

 ああ、瞼が重たい。口を目いっぱい広げてあくびをする。ずっと満足に眠ることすらできなかったからなあ。さて、寝るか!



 結局、眠れたのはほんの僅かな時間だけだった。


 本格的に眠りの世界に入ろうとしたとき、土地ががたんと縦に揺れて俺はたたき起こされた。その直後に木々がざわめく音が耳に入って来た。わっと思わず声を上げてしまったが、人の気配はまるでない。もし、人前でこんな間抜けな声が口を衝いて出たと内務大臣が知ったら、弾丸もびっくりな速度でやって来て説教を始めるだろうなあ。


 それにしても、この揺れは何なのだろうか。地震? そんなものはもはや教科書の中の存在だ。爆弾でも落されたのか? だとしたら、ここは紛争地帯ということになる。前者の可能性はほぼゼロ。後者だとしたら最悪で、どちらに見つかっても死あるのみ。


 天を仰げば鳥が飛び去っていくのが見える。自分で言うのもなんだが、他人事のような考えをしている。鳥たちは何らかの出来事があったから逃げていくのだ。その出来事は自分にも襲い掛かるのだろうが、死ぬべき人間たる俺にとって、さしたる問題には思えなかった。

 英雄と呼ばれたここ数年の時間はすっかり俺を変えてしまった。かつてなら震源地の方か逆へ行っていただろうが、今は動かない。


「きゃー!!」


 そんなことを考えていると、今度は女性の叫び声が聞こえてきた。音源が何処かは分かる。しかし、足は動かなかった。とりあえずあの空間から脱出したのだから、面倒な事には巻き込まれたくない。


 俺自身の命はどうでもいいから逃げないのに、他に死のみが存在していた部屋から抜け出せたので、危機に面しているであろう女性を助けに行かない。動かないという面では共通しているが、理由が全く異なる。詰まる所、俺はどうしたいんだ?


 決まってるじゃないか、生きたいに決まってる。あの碌でもない日々から脱却できたのだから。昔はこんな風じゃなかったんだ。その辺の野原で暴れまくって、好きな時に寝て……。今ではゲームで遊んだり、好きな映画を鑑賞できなかったり。在りし日の記憶が、俺の胸を熱くさせる。よし、行くか。


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 羽が付いたみたいに軽くなった足が自然と発声源の彼女の下へ向かわせるようだ。木々の狭間を潜り抜けて辿り着いた先では、少女と巨大な怪物が対峙していた。


 少女の方は長い金髪で、青い怯えた瞳を怪物の方へと向けている。こんな鬱葱とした森の中で何をしているのかと思えば、彼女の傍らには葦で編まれたらしき取っ手のついた籠が落ちており、中身であった植物が散らばって、地面の草木に紛れて所在が分からなくなっている。

 推測するに、この女の子は山菜やら薬草の類を採集しに来たのだろう。そして、不幸にも怪物に出くわしてしまったというわけだ。


 一方、怪物の方はというと、ビル三、四階くらいのかなりの高木である針葉樹よりもやや低いくらいの大きさだ。だから、元居た場所からは確認できなかったのか。

 地面に置かれている四本の手足にはいずれも黄色がかった白い爪が備わっている。そして頭はというと、大きく外側にカーブした角のそばから赤い眼光がギラリと覗く。上下に無数に連なる歯は涎で湿っている。


 背後を見ると、多くの樹木が無残になぎ倒され、へし折られた光景が地平の彼方まで広がっていた。幅は四車線程か。


「君、大丈夫?」


「えっ、あ、はい」



 彼女は目を見開いて、拍子を取られたような表情でこちらに振り向いた。どうやら、話しかけられるまで俺が居た事に気づかなかったようだ。全ての意識があの巨大な山羊みたいな――それにしては禍々しすぎるが――に向いていたのだろう。彼女に手を差出し、立つように促すと、俺の手を取って、立ちあがった。


 それにしても、こいつは一体なんなのか? こんなデカい動物が人が立ちいる可能性のある森に生息しているなどありえるのか? この巨大ヤギは今まで見たことのある動物の中では断トツで巨大だ。ここまで大きいならば、自然と情報が耳に入って来そうなものだが、まったく世界は広いぜ。


「ところで、こいつはなんなのかい?」


 考えていても仕方がないので尋ねることにした。


「それが私にも分からないんです。ここにはあんなに大きいのはいないはずなんですけど」


 分からないらしい。ではどうすればいいのか。巨大ヤギは待ち遠しそうな赤い眼をこちらに向けている。鋭い牙からは今にも涎が滴り落ちそうで、何故こちらに向かってこないで行儀よく待機しているのか理解できないくらいだ。話が終わるまで待ってやろうという理性があるのだろうか。

 しかし、こいつは俺たちを食おうとしているのは間違いない。今も足を叩き付けて地ならししている。という訳で、どうすればいいか決めた。


 あの部屋では魔法は使えなかったが、今は使えるだろう。しかも都市部ではなく辺境の森林ならば制限はほとんどあるまい。ふと右の親指を見ると、そこには様々な宝石とかつて所属していた国家の紋章があしらわれた黄金の指輪がはまっている。


 魔法は媒体がなければ行使できないが、この指輪があれば問題はあるまい。本来は別の装置を使用するのだが、そんなものは当然手元にない。むしろなくて好都合だ。あれを使うと場所が知られてしまう。

 巨大な国家を束ねるほどの指導力はないが、魔法の腕にはある程度自信がある。図体こそ大きいが、この巨大ヤギからは脅威を感じ取ることは出来ない。会議室の椅子のほうがずっと恐ろしい。


 右手の人差し指で奴を指さす。


「何するんですか!?」


「まあ、見てな」


 女の子はやはり驚きを隠せなさそうだ。まともな人間ならここは逃げるだろう、とそう言っているようだ。けど、俺はまともな野郎じゃないんでね。


「小さき妖精、彼のものの力を奪え。スモール!」

 

 巨大ヤギはみるみる内に小さくなっていき、次第には膝にすら及ばなくなった。こんなもんだろうな。今や犬ほどの大きさとなった奴を、今度は俺が地ならしして追い払う。すると、元の姿からは及びもつかない高さの鳴き声を出して、元の方向へと逃げ去っていった。

 本来なら始末していたところだが、意識的かどうかは知らないけれど、わざわざ待ってくれたのを殺すほど俺は残酷じゃない。そう、連中とは違うんだ。


 

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