十五話 最後の戦い
「君らに依頼したいのは、北部の自治州に現れた魔物の討伐だ。知っているかもしれないが、北部に住んでいる亜人達は大いなる偏見を持たれていて、国軍を出兵させようにも高官や軍人たちは多くの反対意見を提出した。おかげで簡単に魔物討伐を行うことができぬ。まあ、仮に兵隊どもを行かせても、何事もせずに帰ってくるのが関の山だと推測されるがな」
侯爵は長く伸びたあごひげを下に引っ張りながらつまらなそうに言った。レーラム王国において、特別視されるエルフとドワーフ以外の亜人たちは北部の自治州に隔離されている。自治とは名ばかりで、実際には中央が派遣した総督が獣人と蔑視される彼らを統治しているのだ。知能が低く野蛮な動物並みの存在とさげすまれる亜人たちを救済するのはレーラム国民でも嫌がるらしい。
「言っちゃ難ですけど、魔物なんてそこらへんにもいますし、素の力で優れる獣人どもなら蹴散らせるんじゃないですか?」
「無論、その辺のではない。大変強力な火属性の鳥型の魔物だ。奴が開墾地を荒らすせいで農作物の生産高が予想を大幅に下回るという予測が出ている。薄給でこき使える労働力たる亜人自体にも死者が続出していてな。どうにかしようにも、官僚や兵隊どもはやる気が無い。そこで実力ある冒険者に極秘で依頼しようと思っていたのだが……」
「来たのは私たちってことですか」
不愉快な話だ。農作物の生産高や労働力の減少を心配しているのであって、亜人たちの命が失われるのを嘆いているわけではないみたいだ。侯爵は立派な人物だと思っていたのだが、どうやら亜人たちは彼が責任を負うべき国民ではないとでも言いたいらしい。チャーリーも亜人を見下しているようだし、この世界では差別が普通と諦めるべきか。
亜人の扱いについては置いといて、相手の魔物は火の鳥か。まさか不死鳥? いやいやそんなはずはない。そんな非常識的なものでなければ俺の相手ではないとは思うが、一応おごりがないよう心がけよう。
「火の鳥と魔王の関係は不明だ。しかし、凶悪であることに変わりはない。子供が関わる仕事ではないし、私は君たちの命を保証することも責任を負うこともできない。はっきり言って、君らをさっさと家に帰したいところだ。その辺りを良く考えたまえ」
俺は全く構わない。家族もいないし、腕に自信があるからな。だが、まだまだ未熟な少年少女で家族もいるこの二人はやはりトリナールに戻らせるべきだ。
「やだな侯爵、俺を舐めないで下さいよ。座学はあれでも、実技に関しちゃ二年に一度の神童って誉れ高いんですよ。魔王だか鳥だかは知りませんけど、俺は絶対に負けません。行かせてください。お願いしまっす」
チャーリーは自信満々に胸を張り、高々と言い放った。雑魚相手に無双していたのを旅の最中何度も見たが、神童と呼ばれていたとは初耳だ。二年に一度ってそこまですごいか?
「私は……、ところで報酬はお幾らなんですか?」
「百万ギルダーを予定している」
「やります! っていうかやらせてください!!」
金は人を豹変させる。百万ギルダーはあまりにも魅力的で、リーネも目の色を金に変えて侯爵に頼み込んでいる。ところでリーネは戦えるのだろうか?
「だが、君らはまだ未成年だ。したがって報酬は大幅に減額させてもらう。それでもやるというのかね?」
侯爵は俺だけに頼むつもりだ。異世界人である俺は使い捨てできる便利な存在だし、成功すれば自分の望む情報を入手できる。横の二人は案の定やる気が委縮しているみたいだし、それでかまわない。二人にはそんな簡単に死んでほしくないからな。
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二人が再び部屋を去った後に公爵と話し合った結果、俺一人が化け物退治に行くこととなった。報酬は百万ギルダー全額、もはや金儲けをする必要はあるまい。
紙幣の引き換えや侯爵への情報提供は帰還したのちに行うことに決まった。トリナールに戻って町長に金を返したらそのまま旅に出る。二人ともいよいよお別れだ。俺の個室には一人討伐へ向かう旨を記した手紙を置いて来たし、彼らは慌てるかもしれないが、無事故郷に帰ってくれるはずだ。
下手したら、昨日三人で食事をとったきりになってしまう可能性もある。小旅行は楽しかったが、仕方あるまい。こんなときはふと空を見上げたくなってしまう。なんでだろう? 離別なんて珍しいものではないのに。生きていればまた会える。さあ、自治州へ行く飛竜便の飛行場へと行こう。
「一人で百万ギルダー丸どりなんか許さないわよ! このバカはともかく、私は足手まといにならないから心配しないで」
「百万あれば一生遊んで暮らせるしな。俺らもつれてけや」
飛竜便のまえににやりと笑っている二人が立っていた。まだ日が昇って間もないというのに。聞けば、やたら耳の良いチャーリーは、侯爵との会話の中で俺が一人で鳥退治に行こうとしている所だけを盗み聞きし、リーネとともにこうして俺の起きる前から待ち伏せていたのだという。
なんてことだ。二人を追い返そうとしても全く聞く耳を持ってはくれない。でも、説得はいまいち力が入らない。嬉しいとも心のどこかで思っているのかもしれない。今回の旅では人と居る方がどれだけよいかということを俺に教えてくれた。もう一人は嫌なんだ。
はあ。それにしたってこいつらは。危険だってのに、百万ギルダーで目がくらんでしまったのか。でも、
「よっしゃあ、じゃあ行こうか!」
愉快な連中だぜ。仲間がいてくれるんなら、実力はなくたって精神的には心強い。大きく遠回りした旅行の集大成だ。気張っていくぞ!
「空の上は地上を見渡すことができるけど、俺は飛竜よりモグラの方がいいな。女の子のスカートの中はロマンに満ち溢れてるからな」
「私は空の上大好きよ。変態を突き飛ばすだけでリンゴのすり身みたいにできるんだから」
「ジョウダンデス。本当は魚さんがいいな。水着もまた格別」
飛竜便に乗って数時間、自治州の境界を越えて総督府の飛行場に到着しようとしている。自治州との境界線には延々と続く巨大な壁が気付かれていて、地上からは数カ所からしか出入りができないようになっている。天空より眺めると自治州とその他の違いは一目瞭然。その他の地域は平地が広がり、街や広大な畑がいくつもあるが、自治州はほとんど手が付けられておらず、所々森の狭間に開拓した畑が存在するのみだ。あそこで亜人達は強制労働に就かされている。
リーネとチャーリーはくだらない会話を繰り広げており、俺も加わっていたのだが、あまりにも露骨な格差に気も沈んでしまった。鳥狩りで憂さ晴らしをしたいところだ。そんなとき、飛竜が今までになく大きく横に傾いた。
「どうしたんですか!?」
前方の部屋にいる操縦士に無線で話しかけると、彼は震えた声でこう言った。
『奴です! 奴が出ました! ひっ、引き返します!』
ガラス窓からは巨大な鳥が見える。紫色の炎を纏い、三つの尾を風になびかせ、巨大な翼を羽ばたき空に君臨する怪鳥。あいつで間違いない。この場で仕留めるのが一番だ。
「何する気?」
リーネは落ち着いた表情で俺に尋ねる。怖くないのか? まあいい。
「倒すのさ奴を。見ておいてくれ」
二人に手すりにつかまるよう指示し、扉を開ける。途端に強烈な風と熱気が室内を包み込む。これはたまらないな。
「すぐにしとめてやる。『出でよ氷の女王。ものみな凍てつく永劫の牢獄、彼のものに永遠の安らぎを与えよ。コキュートス!』」
意識を怪鳥へと手中させる。詠唱を始めると俺の足元に青い魔法陣が現れ、それは空中にまで広がる。詠唱が終わるころには鳥はすっかり氷漬けとなって、地面に叩き落された。断末魔すら聞こえず、凍結は一瞬だった。
数秒後、氷が鳥の肉体ごと砕け散る轟音が空の上までも伝わって来た。ふん、やはりたいしたことないじゃないか。二人は文字通り口をぽかんとさせ、我なしといった様子。操縦士は頼むまでもなく哀れな鳥の残骸が散らばるところへと飛竜を下降させる。鳥のしっぽを持ち帰ることが依頼を達成の証拠となる。
百万ギルダーもの大金をこんなに簡単に手に入れていいものかと不安になるが、まあいいや!