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十二話 湖の底で出会うもの

 翌日の昼過ぎ、俺たちは湖畔の都市マーシアの町はずれの湖岸いた。何故か? 古書店の爺さんがくれた書物は、王立学術院による水竜の生態を記した書物だったらしい。一般には出回っていない代物――なんで古書店に放置されていたのかは謎――で、水竜の生態に関して事細かく著述されたそれを見たリーネは、朝早く俺たちをたたき起こしてマーシアへ向かうと言い出した。


 危険はないのかについてだが、水竜は高度な知性を持っており、人間との会話が可能、マーシア周辺にも大した魔物は出現しないから、命の危機にさらされる確率はほとんどないという。だから、ランクに関わらず全ての者が依頼を引き受けられる。ただ、大半は水竜を拝むことすら叶わず引き返すのだが。


 この文書によって、リーネは水竜から涙とうろこを得られると確信するに至ったのだ。報酬十万ギルダー、三分割しても約三万ギルダー、紙幣を売却した際の金と合わせれば十分な資金になる。二人とも乗り気だし、この機会を逃すわけにはいかない。というわけで、日が昇って間もない時間から馬を走らせてここにやって来た。


 マーシアはアンセルワープとはまた異なる魅力がある風光明媚な街だ。高地にあるため少し肌寒いものの、この街の名物である温泉が体を温めてくれる。そこから眺望できる湖と水面に映る街並みはとても美しいと評判で、水竜が目当てでない旅行者も多い。空気は澄んでるし、飯もうまい。保養地としては素晴らしい。


 この街を回りたいという思いもあるのだが、俺たちの目的は水竜を見つけ、涙とうろこを入手すること。いくら他の冒険者より優位にあるとはいえ、早い者勝ちのこの依頼は早々に果たした方がいい。


「で、これは何なの?」


 町はずれの湖岸に着いてすぐにリーネが俺によこしたのは木箱と深緑色の液体が入っているのと空の二つのガラスの小瓶だった。昼食の際、リーネは何処かに行っていたみたいなのでこれを買いに行っていたのだろう。


「木箱の方はオルゴール、液体の方はきっかり一時間だけ半魚人化することができる薬品よ。あなたの仕事は変身が切れる前に湖の底でその防水オルゴールを鳴らして、水竜を発見して目的のブツを入手すること。ところで、あなた発光と音声拡大の呪文は使える?」


 曰く、水竜は美しい音色を好むという。だからオルゴールらしい。


「ああ」


「よかったわ。水竜は赤色光にも反応するの。湖の底で音声拡大魔法を用いてオルゴールを奏でた後、自分以外の音が聞こえてきたら赤色光を放ってね。この湖は深くて、底にはほとんど光は届かないから、わずかな明かりでも水竜は認識できると思う」


 俺に餌になれと言いたいようだ。それは置いておいて、水竜の知覚能力は凄まじく、オルゴールの音を少し拡大させれば湖の何処に居ても反応するといい、赤色の光を放てばほぼ間違いなく接近してくるという。ただし、その際に驚いて先制攻撃を仕掛けてはいけない。水竜はこちらから攻撃しない限りは襲ってこないらしい。


「ところで、何で俺なんだ?」


「私金づちなの」


「俺は暗い所苦手でな」


 なるほど、俺が行くしかないみたいだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 半魚人というのはあまりなりたくない生き物だ。のっぺら顔でエラもあるし、手も足もひれになってしまった。しかし、水圧や温度などの環境に対応するにはこれしか手段がないというのでは仕方がない。


 しかし、ものの十分ほど潜っただけで、周囲がほとんど見えなくなってしまった。なので、指先から水竜の反応しない白色の光を放ち、底を目指して先へと進んでいる。


 それにしても、こんなにきれいな湖なのに魚一匹いやしない。足で水をかく以外の音は一切せず、不気味だ。あまりに水がきれいだと魚は住めないというが、それに当たるのかもしれない。半魚人化のおかげで寒さには強いはずなのに、ひんやりとした空気に包まれているみたいだ。ひたすら孤独を感じさせる湖で水竜は独り時を過ごしてきたのだろうか。そこには水草の一つは生えているだろうから、エサには困らないかもしれない。だが、知的能力がある生き物には少し辛い環境だ。ここは。



 底が見えた。首にぶら下げた懐中時計は潜り始めてからニ十分が過ぎたことを示している。後四十分、できるか。


 指示された通り、オルゴールに魔法をかけて奏でる。それは物悲しい印象を与える曲調だった。音色は周囲に響き渡り、冷たさを増幅させて俺の心を突き刺す。思えば、ここはあの部屋によく似ている。雲をも貫く高層ビルの一室、俺はあそこで一人ぼっちだった。寂しいのはやはり嫌いだ……。


 そんな時、何か音がした。いや、声なのか。分からないが、俺以外の何かの音だ。赤色光で辺りを照らすと、水が震えだし、肌には振動が伝わってくる。巨大な物体が迫っている。間違いない、水竜だ。他に孤独な沈黙のみが存在する寂寞とした湖の支配者。


「そなたか、あの音色の主は?」


 低い声がした。背後を振り向けば、そこには巨大な存在がいた。巨大な双翼と背びれを備え、頭からは長い剣状の銀色の角が伸び、青色のうろこに覆われた巨大な竜。しっぽの方までは見えず、その大きさは計り知れない。緑色の目から放たれる眼光は、俺ですら不意に怯んでしまうほどだ。


「その通りだ」


 弱みを見られてはいけない。一息ついて落ち着きを取り戻してから返事をする。それにしても、水竜の接近に全く気がつかなかった。瞬間移動でもしたのかと考えてしまうくらいだ。これほどまでに圧倒的な存在が分からないとは、一体こいつはなんなんだ?


「懐かしい音色を聴いた。何時以来か、この湖へと至る前のことだ。そなたは何者か、答えよ」


 水竜の声は周囲の水だけでなく、俺の心までも震わせた。正直に返答しなければ、大惨事になると本能が告げる。


「そなたはこの世界の者ではない。彼の世界の者」


 すべてが凍りついたかのように思われた。正直に答えるつもりだったが、異世界人であることまで説明する気はなかった。にもかかわらず、俺の真の正体まで見破られたのだ。まさか読心魔法か? いいや、それに対する対策はいつでも万全だ。


「何故分かった?」


 水竜は一言も語らず、何処かへと動き始めた。着いて来い、そう言っているみたいに感じられた。後を追う以外の選択肢はなく、奴の向かうがままに俺も水の中を進むことにした。



 辿り着いたのは洞窟だった。中には空洞があり、明かりと空気に満ちている。俺は水の中から出て、水面から顔を覗かせている水竜と向き合う。光にあたって虹色に輝く姿は神々しくもあり、恐ろしさも覚える。これほどまでに威圧的なのは『彼ら』を除いて他に知らない。


「そなたの望みは何ぞ?」


「涙とうろこだ」


 先ほどの俺の質問には答えず、俺の願いについて問うた。腹は不思議と立たなかった。教えてくれるとは鼻から想定していなかったからだ。


「ならばくれてやろう。ただし、我が最後の問いに答えよ。そなたの世界の支配者の名は?」


 簡単な質問だ。あの世界で嫌というほど顔を突き合わせてきた連中、あいつらしかいない。どうしてそれが知りたいのかは不明だが、こんな簡単な問題で目的の代物をくれるというのだから答えるしかない。


「セブン・シスターズ、連中はそう呼ばれている」


「よかろう。我がうろこを剥ぎ取り、目下に立て」


 言われた通り、俺は水竜の虹色のうろこを剥ぎ取り、瞳のちょうど下に移動し、片手を差し出す。そこに透明な液体が落ちてきた。これが涙だろう。変身が解けかかっているおかげで、ズボンのポケットから空の小瓶を取り出すの比較的簡単だった。空の小瓶に涙を注ぎ、蓋をする。任務完了だ。


「彼の世界のものよ。我が背びれにつかまれ。地上まで送り届けようぞ」


 ご親切にも見送ってくれるみたいだ。奴が何者かとか気になることは山ほどあるが、この中途半端な状態で寂しい水中を一人で登らなければいけなかったことをかんがみれば、感謝しなければなるまい。俺が水竜の背びれを手に取り目を瞑るとその刹那、強烈な圧力を受け、次の瞬間には空の上にいた。


「すげえ……」


 驚いて言葉が漏れてしまう。高い空の上からはアンセルワープもその他の街もレーラム大陸全体を見渡すことができる。それどころか、それ以外の島々をも目下に見下ろせる。俺の知らぬ土地、いずれあそこにもいきたい。遥かなる世界に思いは募るばかりだ。


「何処へ行く」


 俺の行きたい場所へ連れて行ってくれるのか。誰も行ったことのない場所、そう答えたかったが、今の俺には待っている仲間がいる。未踏の地へは彼らとともに自力で行けばいい。そちらの方が面白い。


「湖の湖岸だ。仲間が待っているから」


「了解した」


 再び目を閉じると徐々に感覚が消えてゆき、俺は意識を失った。




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