表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

十一話 夜です

一部変更します 

 時刻はすっかり夕暮れ。街灯は橙色の優雅な光で通りを照らし、窓から洩れる明かりとともに街を彩っている。人々の賑わいは昼間と変わらないどころか、一部の地区ではますます盛んになっていく。ギルドで報酬の五十ギルダーを受け取った俺たちは、繁華街の近くにあるそこそこ良いホテルに宿泊することにした。宿代は一人十五ギルダー、稼いだ金の大半が吹っ飛ぶが良しとしよう。


 だが、フロントでチェックインしようとした時に問題が起きた。何と空き部屋が二つしかないと言うのだ。方や美少女、方や変態、どちらの方が好ましいかなど見え透いている。更に、前者の方は自分から相部屋でいいと申し出てくれた上、変態の方は自分の部屋に籠りたいと言い出した。よって、俺はリーネと一緒の部屋に泊まることになったのである。


「さっきもらった本で碌でもないことをしようとしてるんでしょう。あなたみたいなかわいいのがあいつと居てはいけないわ。それに……」


 心なしか、彼女が舌なめずりをしているかのように感じた。それと同時に、彼女は最初に俺を服屋に連れて行こうとしたことを思いだした。あれ、鳥肌が立ってる。なんでだろう?


 部屋に着くと、彼女は疲れたと言い出し、さっさとシャワールームへと向かってしまった。従って、俺はこの部屋に一人取り残されている。シングルサイズのベッドが二つ並ぶ広い部屋、静寂の中俺はベッドに倒れこむ。今日はずっとあちこちを行ったり来たりしていた。本日の出来事を意識した瞬間、疲労という名の枷が俺の身体に一気にのし掛かる。

 

 元の世界では、基本的にオフィスに閉じこもって、あらかじめ用意された台本を身振り手振り付けながら暗記して、原稿なしで演説、各地を回るという毎日だった。一緒にいるのは無言の護衛。彼らに与えられた教育は人間らしさを奪い、こちらから話しかけても護衛たちはどのような反応も示さない。模範的な兵士たちだが、感情ある身としては退屈なことこの上ない。

 友人を含めた一般の人々との面会は限られ、娯楽と言えば漫画や小説を読んだり、映画を観賞したり、一人用ゲームで遊んだりと、自分だけで完結してしまう室内用のものばかり。同世代の仲間とともに、身分を気にせず街を回れるのはとても楽しい経験だった。肉体的に疲れたけど、それ以上のものを得られたというのが正直な感想だ。


 それにしても、古書店の爺さんが個人的なプレゼントと称してよこした本は一体どんな内容なのか。厚さはそこまでではなく、大きさも教科書くらい。表にも中にも視覚的に訴える類のものは一切ない。従って、リーネが帰ってくるまではさっぱり分からない。爺さんはおそらく俺たちの役に立つだろうと考えてこの本をよこしたに違いない。しかし、俺は読めないんだ。単語帳の方が有り難いが、無理な相談だな。


 ベッドはふかふか、冷暖房が完備され、冷蔵庫まで用意されたこの部屋に足りないのはせいぜいディスプレイくらいのものだ。だが、映像を映すものがなくともちっとも退屈じゃないのがこの世界である。あの勇者は何が足りないというのか? 


 俺があの世界から持ち出したのは戦争が終結した際に送られた黄金の指輪と服だけ。端末が持ち出せればとも思ったが、それでは面白味が半減してしまう。

 レーラムは他国と比べて様々な技術が発展していて、文明の程度としては近代レベルだと推測するが、俺たちの世界では戦闘にしか使用されないがソールシアでは民生用としても利用されている魔法込みでも、あの世界には遠く及ばない。何しろ、腕輪型の端末一つでほとんどの事が出来てしまうのだから。


 様々な事象が頭の中に浮かんできては消えていく。その間絶えず天井を眺めていたのだが、ふと別の方向に目を背けると隣のベッドできらりと光るものが見えた。起き上がって確かめると、それは銀の鎖が通された白銀色の指輪だった。


 リーネのものだろうか。手に取ってじっくり眺めてみると、俺の指輪と違って宝石などで装飾されてはいない。ただ、鳥をモチーフにした紋章が刻まれていた。その辺の鳥でないことは間違いないが、具体的な種類は不明。どっかで見たことがある気もするが、判然としない。多くの紋章を目にしてきたので、中に似たのがあったのかもしれない。


「何してるの?」


 唐突に声がしたので振り向くと、バスローブを纏って、顔を火照らせているリーネが立っていた。もう出たのか。


「いやあ、いいもの持ってるなあ、とね」


 盗む意図なんか爪垢ほどもない。俺は家一件ぶんの紙切れと豪奢な指輪を持っているからな。険しい表情をしておらず、彼女もそうは思っていないらしい。


「物心ついた時にはそれが身近にあったの。誰のものか尋ねてもみんな知らないみたいで、以来長いことぶら下げているわ」


 彼女が迫って来たので俺は後ずさりをしたのだが、ベッドに倒れこんでしまう。リーネは俺に覆いかぶさり、彼女が押し倒したかのような形になってしまった。


「愛着があるから手放す気は毛頭ない。あたしの宝物。そんなことより、あなたやっぱり女の子にしか見えないわ。だから今日は……」


 彼女の放つ熱と石鹸か何かの香りが伝わってくる上に、バスローブの間からは豊満な胸の谷間が覗く。目の前にある唇もそうだが、みずみずしくて柔らかそう。今の彼女はとても色っぽい。……いやいや、何を考えているんだ俺は。冷静になるんだ。


「ふふっ、冗談よ。顔真っ赤にして、本当に可愛いなあ」


 意を決して抗議を述べると、彼女は身を引いた。その後、意識せず吐息が漏れる。こんな娘に言い寄られたら、女性を交わすことに関しては百戦錬磨の俺でも一瞬でノックアウトされてしまうところだった。危うさが顔にも表れているらしく、自分の身体が熱くなっているのを感じたのは彼女に言われてからだ。まったく、大変なことである。


「あっ、あんまりからかわないでくれると嬉しいんだが」


「ごめんね。悪いとは思ってたんだけど、一度試してみたかったのよ。ハルカは別の部屋で発情してるだろうサルと違って、どうにもおとなしかったから。でも、やっぱり男の子みたいで安心したわ」


 二人並んでベッドの縁に座りなおして、話している。どうにも名状しがたい気分だが、俺もまだまだ甘い少年に過ぎないんだと分からせられたことは喜ばしいことだ。護衛の兵隊と違って、人間の少年らしい部分が残っていたのだから。乗り過ごしたはずの青春時代を謳歌できそうなのだから。


「ハルカも早くシャワーを浴びなさいな。身も心もすっきりするわ。その本が気になるの? あなたが入っている時におおざっぱに読んでおくから、さっさと行きなさい」


 彼女はにっこり笑顔を浮かべて言った。リーネのせいで余計な汗をかいてしまった。風呂がないのが残念だが、今日の疲れを汚れとともに流し落すとしよう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ