九話 ギルドへ行ってみました 上
字が読めないはずなのに、ファイルの文書を読めてしまってますね。修正します。
「あ? 何見てんだよ?」
勇者と思わしき男が睨みつけながら声をかけてきた。彼の右手の甲には幾何学的な魔法陣らしき刻印が刻まれている。間違いない、こいつは勇者だ。
背後の女の子たちはというと、彼とは対照的に不安げな表情を浮かべている。だが、彼を注意するとかはしそうになく、ただ黙っている。背後にいる仲間たちの表情は分からないが、勇者と視線で火花を散らしているのは間違いない。俺も奴の言いぐさを愉快には思っていないが、顔に現れたりはしていない。無表情を努めているつもりだ。
「いやあ、勇者さまと思しき方がいらっしゃったので、つい見入ってしまったのです。世界を救うかもしれないヒーローをこの目に焼き付けておきたいなあ、とね。仲間たちもあなた方を目前にして力みすぎてしまっているみたいでして。どうぞ、ご寛大な処置を……」
ぶっ飛ばしてやりたいところだが、ここでの争いごとは避けたい。勇者たちは身分を保証されてるからいいものの、俺は不法滞在者として、行くあてもなく大海原をさまよわなくてはならなくなるかもしれないのだ。そんなのは御免だ。腹は立つが、今は我慢するしかない。
それにしても、連中は俺が誰だか気づいていないのだろうか? あの世界の人間なら閣僚のことは知らずとも、服装がいつものものではなく、平民服であっても俺のことは分かるはず。どれほどの辺境地域であったとしても、新聞、テレビ、インターネット、情報を入手する手段があれば、俺の顔を見ない日はない。俺はあの世界ではそういう存在なのだ。
となると、連中は違う世界から来たのだろう。それが何処だかは不明だが、快適な故郷という言葉から察するに、この世界よりも文明が進んでいるのではないか?
「おい、どういうつもりだよ」
考えていると、チャーリーが話しかけてきた。明らかに不満そうだ。
「ここで面倒事を起こすといろいろ厄介なんだ。知っての通り、今の俺の状態は不法滞在者と紙一重。俺の都合で悪いが、ここはおさめてくれ」
チャーリーは一息ついて、「分かった」とだけ言った。リーネも仕方ないといった面持ちで、勇者をねめつけるのをやめてくれた。
「ふん、まあいい。行こうぜ」
勇者も納得してくれたらしく、眉間にしわを寄せながらもその場を後にした。
俺もそうだが、彼はまだまだ未熟な子どもだ。途中の宿で出会った旅人達は勇者という肩書に威光が指しているだけと語っていた。去りゆく彼らの背中を見ると、その通りだと思う。呼び出した人間は、あんなのに世界の命運を託そうとしているのか。
レーラム国王が勇者を召喚しない最大の理由は、彼らが及ぼすリスクが高すぎるから。「復讐してやる」と勇者は先ほどぽつりと呟いていた。その言葉にははっきりと彼の意思が現れていた。国王の考えは正解である。勇者を召喚して当座の危機を凌いだつけは一体だれが払うのだろうか?
「はいこれ。再発行は面倒だから、失くさないように気を付けてくれ。あと、更新が半年ごとにあるから、その時は再び私のところに来なさい」
入国管理官から渡されたのはカードだ。写真はなく、文字が並んでいるが、あいにく読めない。しかし、これで自由に動き回れるようになったわけだ。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、レーラム国内限定ながら、一人で気ままな旅行が楽しめる身分になった。喜ばしい限りだ。
「ところで君ら、小遣い稼ぎはしたくないかね?」
何やら面白そうなことを入国管理官が言い出した。俺の手元には家一戸分の価値がある紙幣があるが、これは王都の学術院に引き取ってもらうまではただの紙切れに過ぎない。今保有している現金は町長から借りた借金。使うのはどうにも気が引ける。自分で稼げるなら、そうしたいところ。彼の提案は渡りに船だ。
「ギルドでしょ? 魔物退治はなるべく遠慮願いたいわね」
「ははは。おっしゃる通りギルドの仕事さ。ギルドの事務局に務めてる知人から人手が足りないと言われてね。なに、依頼には魔物退治だけじゃなくて、倉庫掃除とか、ビラ配りみたいな簡単で安全なものだってある」
ギルド、俺の世界では職業別の組合の事を指し、中央集権化、市民層の発展とともに力を失っていった組織。この世界では冒険者の互助組合的なものとして存在しているという。それだけでは留まらず、アルバイト斡旋所としても機能していて、一般市民の間でも広く利用されている。
「ちょうどいい。行ってみようぜ」
街で遊びたいが、懐が寒くて贅沢できないと嘆いていたチャーリーは乗り気だ。俺も賛成。ここなら旅行に必要な用具を買いそろえることができる。借金をなるべく使用せずに買い物をしたいから、ここは行くしかあるまい。
「私は別にお金には困ってないんだけど。でも、あって困らないし、面白いのもあるからいっか!」
リーネも同意したし、いざギルドへ出発だ。
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メトロライナーで数分、周囲を塀で囲まれた赤レンガの洒落た三階建ての建物。大きな鉄製の門を構え、庭園には噴水が設置されている。行政府には遠く及ばないが、なかなか立派である。そして、周囲の建物が皆白いので、否が応でも目立つ。認識しやすいし、目立つには目立つのだが、浮いているようには見えない。
俺たちがいるのは二階の受付だ。一回は冒険者の酒場となっていて、彼らでごった返していた。酒の臭いが漂い、騒音は二階まで届くほど。とても上品とは言えない。一方、二階は前面に赤じゅうたんが敷かれていて、ソファやテーブルも設けられており、雰囲気は一階の酒場とは対照的。
「ようこそ、ギルドへ。皆さま、申し込み等は初めてでしょうか?」
俺たちに対応してくれたのは長い黒髪の女性だ。見た目は結構な美人で、チャーリーが鼻の下を伸ばしているくらいだ。因みに、彼の視線は主に顔と胸に向いている。分かりやすい奴だ。
「いいえ」
「では、ギルドの登録証の提示をお願いします」
すばらしいことに、入国管理官は俺のギルド登録証まで作ってくれた。どうやったのかは知らないが、ラッキーだ。いろいろ手間が省けるし、魔力検査や署名をパスできるというのは大きい。
彼女は登録証の角の輝く石に光を当てた。これで偽造かどうかを確かめるという。以前、ギルドが実力を偽った冒険者に難易度の高い依頼を斡旋したところ、彼は仕事を果たせず犠牲になってしまい、ギルドは責任を追及されて巨額の賠償金を支払うよう裁判所に命じられたことから、一から審査を行い、偽造不可能な登録証の発行を義務づけられた。
「確認できました。リーネさま、チャーリー・コーンさま、そしてハルカ・ブラックウッドさまですね?」
「ええ」
「では、あちらのファイルに難易度別の依頼がまとめられています。どうぞ、ごゆっくりお考えください」
彼女が指差した側にはいくつかの本棚があった。色別で難易度が分かれていて、ランクFからSまでの依頼を引き受けることができる。
翻訳してもらうためにリーネとともに中身を見てみると、入国管理官が行っていた通り、倉庫掃除やビラ配りも依頼に含まれていた。しかし、三時間六百フローリンは安すぎる。銅貨六十枚分じゃないか。誰も引き受けないのも納得だ。なら、仕事の難易度を引き上げてみよう。