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ブラッドな結果の輝石剣士

帝国北西部にある、田舎の農村、シロサ

「やられちゃったんだ?」

 シスター姿のギリナの言葉にクーパが無言で頷く。

「同じベッドで寝ちゃったんだったら仕方ないんじゃない?」

 ギリナが突っ込むと、クーパが項垂れる。

「一緒に居ても良いかもしれないって思えたんだもん」

 苦笑するギリナ。

「だったら、諦めたら。惚れた腫れたは、理屈じゃないよ。結婚したら後は、自然と好きになっていくんじゃない?」

 クーパは、大きく溜息を吐く。

「嫌いじゃないんだよ。あちきにとっては、師匠の息子で、優しい兄さんみたいな人だからね。それでも皇帝陛下なんだって、時々実感するのが嫌なんだ。地位云々の話じゃなく、その暗黒面を自分ひとりで背負おうとする。正直、あちきには、それって重たいんだ」

 ギリナが頭をかきながら言う。

「聖書には、隣人を愛せよと書かれているわ。あたしは、これを目に見えない人の前に、目に見える人を全力で愛してみろって意味だと思う。あたしのやっている事は、決して正しい事では、ないけど、目に見える大切な子供達を助けている。この行為を間違っているなんて誰にも言わせない」

 クーパは、傍で遊んでいる戦争孤児達を見る。

「目に見える人間か……」

 帝都の方を向いてクーパが言う。

「もしも、最初にロが迎えに来てくれたら、許してあげても良いかな」

 少しずつ、変わっていくクーパの気持ち。

 しかし、歴史は、そんな淡い少女の気持ちの変化を待ってくれる程優しくなかった。



 帝都の皇宮のロの執務室。

「クーパは、まだ見つからないのか?」

 ロの言葉にバンが頷く。

「商売抜きでクーパが本気で移動したら、捕捉が不可能だ。それより、今度の北西部の国境線だが破らせて本当に良いのか?」

 ロが頷く。

「その為に、わざと隙を作った。一時的に奪われるかも知れないが、その軍事行動を起こしている間に我々が、敵の首都を陥落させる。手順は、全て整っている。北領に配置していたミホク将軍を密かに動かしての完全な奇襲だ。失敗はしない」

 自信たっぷりの言葉に誰もが心酔した。

 しかし、ロは、不安げな顔を見せた。

「何か不確定要素でもあるのか?」

 バンの言葉にロが頷く。

「クーパの居場所が解っていない。万が一にもクーパが戦いに巻き込まれる事が無いか、それだけが不安で仕方ない」

 苦笑するガン。

「気にする事は、ありません。クーパ様の消息が掴めなくなったのは、東部です。北西部まで、まっすぐ移動したとしても、一週間は、かかります」

「そうか、それなら良いが」

 ロがそれでも不安そうな顔をしていた。

「陛下にそれだけ心配されて、クーパ様も幸せ者ですよ」

 同席させられていたミッドがごますりをする中、バンがその部屋を出た。

「何か、問題があるの?」

 後から出てきた、ムーメの言葉にバンが複雑な顔をする。

「クーパの持つ、蛇輝の特殊能力には、確か、遠距離移動が在った筈だ。皇太后様に確認をしておいた方が良いだろう」

「その事を陛下に言わなくて良いの?」

 ムーメの質問にバンが首を振る。

「ここで、その事実を伝えても陛下が苦しむだけだ。万が一の時の事を考えて、ウドンとオシロには、北西部のクーパが立ち寄りそうな場所に向ってもらっている。多分大丈夫だ、クーパも輝石剣士、そう易々と死には、しない」



 シロサ村の村長の家。

「ちょっと待ってください!」

 ギリナが町長の家の机を叩く。

「興奮してくれるな、シスター。これは、上からの通達なのが。もしも敵襲があっても抵抗するな。我々の身の安全の為には、捕虜となれと。その後の身の安全と被害の補償もちゃんと行われるという話しだ」

 村長の言葉にギリナは憤りを感じた。

「詰り、それは、帝国は、この周囲の村々を見捨てたと言う事ですか?」

 他の村民もざわめく。

「違う、さっきも言ったが、大人しく捕虜になれば、命の保障も損害の補償もしてくれる。安全なのだ!」

 村長が必死に訴える。

 ギリナは、納得しなかったが、一度帝国に侵略されても以前よりましな生活になった村民達は、その保障に受け入れてしまった。



 教会への帰り道、ギリナが隣をあるくクーパに言う。

「あの話は、信用できるの?」

 クーパは、少しの沈黙の後に答える。

「保障するしないの話しだったら、信用しても問題ない。問題は、襲撃側の心境だよ。降伏を受け入れられるかどうか。帝国みたいに後々の支配を考えた侵略だったら、必要以上に一般人を殺さない、でも、領土だけを求める奴等だったら、皆殺しの可能性もある」

 ギリナが悔しそうな顔をして言う。

「クーパも同じ考えね。どうしてそれが解らないのかしら?」

「逃げる事は、出来ないの?」

 クーパの質問に首を横に振るギリナ。

「村全体で逃げるんだったら、方法があるかもしれないけど、孤児達だけを逃がすのは、いろんな面で無理」

 クーパもその答えは、解っていたので、辛そうに言う。

「相手が降伏を受け入れないといってからじゃ遅いって事実に、誰も気付いていない。全ては、帝国の完璧さが原因だね」

 ギリナが頷く。

「保障の話しにしても、帝国なら必ず、敵を倒して、完全な保障をしてくれるという安心感からでたものね」

 クーパは、首を振り言う。

「逃げられる用意だけは、しておこう。最悪、森に逃げ込めれば数日間は、逃げ切れる。上手く行けば、帝国の行動が間に合うかもしれない」

 ギリナも溜息を吐きながらも頷く。

「それしか手が無いわね」



 そして、運命の日が来た。

 国境を越え、帝国に強い敵対心を持ったガールマン民族の国カーンの軍隊が攻めてきた。

 帝国側の隙を突いた筈の奇襲で、次々に町や村が占領されていった。

 シロサの村にもその侵略の手が伸びた。

 当然、直ぐに降伏の意思が相手側に伝えられた。

 しかし、相手司令官の言葉は、冷酷だった。

「輝石術等、下らない技に頼る者共に生きる資格なし」

 そして虐殺が始まった。



「早く、森に向って走るのよ」

 ギリナが必死に子供達を誘導する。

 クーパが蛇輝を構えて言う。

「子供達が逃げる時間くらい、あちきが稼ぐ」

 ギリナが制止の言葉をつむごうとするが、子供達の姿を見て顔を逸らしながら言う。

「無理は、しないでね」

 クーパは、笑顔で答える。

「任せといて」

 駆け出すクーパ。

 子供達の一人が言う。

「クーパお姉ちゃん行っちゃうけど良いの?」

 ギリナは必死に感情を押し殺して言う。

「クーパも後から来るから、皆は、早く森に逃げるのよ」

 子供達を誘導するギリナであった。



『独りで軍隊を相手にするのは、無理だぞ』

 キキの言葉にクーパが蛇輝にダイヤを当てながら答える。

「子供達が逃げる時間だけ稼げれば良い。あちきも全員救えるなんて自惚れていないよ。『ダイヤよ、その力、光の力を我が剣に宿せ』」

 光の力を宿すと光波斬で、故意的に敵を引き付ける。

「あそこに輝石を使う奴が居るぞ!」

 次々と敵が襲ってくる。

『光断』

 クーパは、その一撃で敵の一団を蹴散らすとそのまま、森とは、反対方向に駆け出す。

「こっちだ!」

 一時的に散った敵兵が集結しながら、クーパへの攻撃が開始される。

『矢が来るぞ!』

 キキの忠告にクーパは急いでエメラルドを蛇輝に当てる。

『エメラルドよ、その力、風の力を我が剣に宿せ』

 力を宿すと同時に烈風斬を放ち、矢の軌道をずらす。

 しかし、何本かの矢がクーパを掠る。

 その間にも左右からも敵兵が迫る。

『囲まれたら終わりだ、陣形を崩せ!』

 クーパは、烈風陣で、矢を届かなくしオパールを蛇輝に当てる。

『オパールよ、その力、土の力を我が剣に宿せ』

 蛇輝を地面に突き刺すクーパ。

土震波ドシンハ

 蛇輝から振動が発生して、敵兵を動揺させた。

 しかし、一本の槍がクーパの左腕を抉った。

 呻きながらもクーパは、必死に呪文を唱える。

『我が戦いの意思に答え、我が前に連撃の姿を示せ』

 多節棍型に変化した蛇輝を操り、クーパが動揺の一番大きな場所を抜ける。

 だが、矢がクーパの足に命中する。

 転げるが、回転力を殺さず、前転して体勢を直し、後を見ると、そこには、先程クーパを抉った槍を抜く大男と本人より長い弓を持つ女性が居た。

「こんな所で輝石剣士に会えるとは、丁度良い。我々の力が輝石剣士に通じるか試させて貰います」

 そういって女性は、次々と矢を放つ。

 クーパは、それを蛇輝で弾くが、その間に大男が詰め寄る。

「我が名は、カーン百人隊隊長トル=パワーバ!」

 クーパは、蛇輝を槍に絡ませるようにして、攻撃をずらしながら言う。

「あちきは、輝石剣士クーパ=ホー!」

 笑みを浮かべてトルが言う。

「向うの女が、我が最愛の女性にて、副官のニク=テック」

『我が戦いの意思に答え、我が前に戦いの姿を示せ』

 クーパは、蛇輝を刀に戻すが、大きく肩で息をしていた。

「もう限界か?」

 トルの言葉にクーパが笑みを浮かべて、タイガーズアイを当てる。

「冗談は、休み休み言って。これからが本番だよ。『タイガーズアイよ、その力、雷の力を我が剣に宿せ』」

 クーパは、雷の力が宿った蛇輝をかまえるとニクが矢を放ってくる。

「トル、正面からきりあっては、駄目。輝石剣士を相手にする時は、相手の力を使い切った所を攻めるのが常套手段よ」

 的確なニクの指示にクーパが舌打ちするなか、トルは、不満気に言う。

「面倒だな」

 地面を槍の柄の方で抉ってクーパに飛ばす。

 クーパは、それを避けた時、矢の一本が無傷な足を捉えた。

 地面に倒れるクーパ。

『代われ、後は、私がやる』

 キキの言葉にクーパが首を振る。

「まだ駄目、こいつらは、強敵だから、こいつらだけは、あちきだけの力で倒す。その後、残りの兵をお願い」

 クーパは、矢を抜きながら立ち上がる。

『無茶だ、そんな事をすればお前もただでは、すまないぞ』

「それでも、少しの間でも一緒に暮したあの子達を助けたいの。お願い」

 クーパは、前を見る。

「根性は、あるようだが、根性だけでは、我等には、勝てないぞ」

 クーパが弱っている事を確信し、トルが槍を振るってくる。

「甘いね、輝石剣士を甘く見ないで! 雷帯斬ライタイザン!」

 その一撃が、槍を伝わり、トルに雷撃を与える。

「トル!」

 ニクが、矢で牽制しながら接近する。

『雷球舞』

 クーパは、それを残し、足を引きずりながらも距離をとる。

「大丈夫?」

 ニクの手がトルに触れようとした瞬間、その体を、クーパが残した見えざる雷球に触れて動きが止まる。

 クーパがダイヤを蛇輝に当てる。

『ダイヤよ、その力、光の力を我が剣に宿せ』

 蛇輝を振り上げ、クーパが力を込めて唱える。

『ダイヤよ、我が声に応え、真の力、閃光の力を解き放て』

 クーパが蛇輝を振り下ろす。

閃光斬センコウザン

 トルとニクを弾き飛ばし、クーパが片膝を着き言う。

「後は、お願い……」

 そして、クーパの目付きが変わる。

「よくやった。残りの時間は、私が稼ごう」

 クーパは、オパールを蛇輝に当てる。

『オパールよ、その力、土の力を我が剣に宿せ』

 そして、地面に蛇輝を差し込む。

土昇撃ドショウゲキ

 クーパに迫ってきた敵兵達が地面から生まれた衝撃波に次々と倒されていく。

 目に見える範囲の敵を倒した後、クーパの目が元に戻り、その場に倒れる。

『大丈夫か? だいぶお前の体に無理をさせたが、暫くは、敵は、来ないから、安心して休んでいろ』

 キキの言葉にクーパが安堵の息を吐いた。

「クーパ、大丈夫!」

 そこにギリナがやってきて、クーパの姿を見て慌てて駆け寄る。

「大怪我してるじゃない!」

 クーパが微笑を浮かべながら言う。

「このくらいは、慣れっこ。それより子供達は、全員森に逃げ切った?」

 ギリナが涙ながらに言う。

「クーパが時間を稼いでくれたから大丈夫。それより早く治療しないと」

 その時、森から火の手が上がる。

「嘘……あそこには、子供達が居るのよ!」

 ギリナが愕然とする中、キキが呟く。

『やられたな、資源である森を潰してでも、一人残らず殺すつもりみたいだな』

 クーパが少し蛇輝を杖代わりに立ち上がり言う。

「キキ、もう一度力を貸して。あれをやりたいから」

「クーパ、何を言ってるの?」

 キキの声も聞こえず、存在も知らないギリナが戸惑う中、キキが答える。

『そんな状態で使えば命に関わるぞ!』

 クーパが言う。

「少しでも大切な者を護れる可能性があるなら懸けたいの。お願い」

『一撃だ。それで可能なのは、火を消す事のみ。それでも構わないか?』

 キキの辛そうな言葉にクーパが頷き、蛇輝を掲げる。

『我が願いの意思に答え、我が前に真の姿を示せ』

 ペンダントから強力な光が放たれ、蛇輝がその本来の姿、輝石蛇キセキジャの姿を取り戻す。

 クーパは、幾つかの輝石を地面に叩きつける。

『オパール、サファイア、エメラルドよその力を輝石蛇に集め、開放せよ』

 輝石の力が輝石蛇に集まり増幅される。

『輝石蛇、その力で、地下水を吹き上げ、全てを覆いつくせ、地水噴散撃チスイフンサンゲキ

 地面が鳴動し、地下水が噴出し、森の火や火をつけた敵兵に襲い掛かる。

 一瞬で火は、消えて、兵士達は、天変地異に驚き、逃走を開始した。

「……凄い」

 驚きの声を上げるギリナの横でクーパが倒れる。

「クーパ!」

 そして、輝石蛇も短剣型の蛇輝に戻った。

「目を覚まして、クーパ!」

 必死にクーパをゆするギリナであったが、クーパがそれに答える事は、出来なかった。

 ウドンとオシロがシロサに来たのは、その直後の事であった。



 ロがシロサで治療を受けるクーパの元に来たのは、一週間後の事であった。

 傷一つ無い姿で眠るクーパを見てロが怒鳴る

「クーパは、平気なんだな!」

 あの後、直ぐにクーパを保護して、治療に当たっていたウドンとオシロは、顔を背ける。

「答えろ!」

 ロが更に怒鳴ると奥の部屋からその母親、ミーナが現れて言う。

「外傷の治癒には、成功したわ」

 ロが安堵の息を吐く姿を見て、ミーナは、辛そうに続けた。

「でも、二度と目覚める事は、無いかもしれないわ」

 ロは、生まれて初めてミーナに掴みかかった。

「そんな、体に傷がなければ、大丈夫でしょう!」

 ミーナが首を横に振る。

「クーパは、輝石蛇の力を使ったの。通常時でも危険な禁断の力。傷つき、消耗した状態では、精神が耐えられなかった。魂の消耗が激しすぎて、殆ど死んだ様な状態になってるのよ」

 ロは、縋るように言う。

「何か、何か手は、無いのですか?」

 ミーナは、淡々と語る。

「私達に出来るのは、体が朽ち果てないように特殊な輝石で封印して、魂の回復を待つことだけ。回復するまでどれだけかかるか、下手をしたら貴方が生きている間には、目を覚まさないかも」

 崩れていくロ。

 そこにバンが来て言う。

「すまない。クーパがこの戦場にこれる可能性を知っていながら、俺は、それを隠した。その結果だ、俺を処刑にしたければ処刑してくれ」

 ロは、反応しない。

 次にウドンが言う。

「間に合わなかった私にも罪があります。この命をもって償わせて下さい!」

 ロが首を横に振る。

「一番の原因は、私だ。あの時、あんな事をしなければこんな事にならなかった。私は、なんて愚かな事をしたのだ……」

「それは、違うと思います」

 そういったのは、ギリナであった。

 振り返ったロにギリナが言う。

「クーパが言ってました、一緒に居ても良いかもと思っていたと、そして、最初に陛下が迎えに来たら許してあげても良いとも。ですから、陛下には、クーパに許してもらうチャンスがあります。クーパが目を覚ました時、その場に居て、迎えてあげてください」

 ロが、眠り続けるクーパを見て頷く。

「そうだ、私には、やらなければいけない事がある。今回の事を教訓に、二度とクーパにこんな事をさせなくても良い国を作らないといけない。バン、お前に罰を与える。私に仕え、クーパが目を覚ますまでに帝国に絶対の平穏を得る為に死力を尽くせ!」

「御意」

 バンが頷き、次にロは、ウドンとオシロの方を向く。

「お前等には、クーパが目覚めるまで守護を命ずる」

「この命に代えましても」

 ウドンが頭を下げ、オシロもそれに続いた。

「私は、クーパに許しを得る為に、全力を尽くす。だから、早く目をさましてくれ」

 そういって、クーパに最後の口付けをするロであった。

クーパの最終回。

クーパは、戦争の波に飲まれ、長い眠りにつきました。

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