ブルーな感情の刺客
貿易都市、ルードトに向う街道にある町、オリトー
「どうなさったのですか?」
帝都バーの皇帝の宮殿の一室で、難しい顔をしているロを見て、百人居れば九十人以上が一番の美人と言う少女が声を掛けた。
「ロンか、バンの奴が、クーパの居所を教えないのだ。どうにかして探り出したいのだが、この件に関しては親衛隊の人間も使えないので困っているところだ」
ロの答えに、一瞬だけ固まるその少女、ロの婚約者、ロン=ミホクだったが、すぐさま笑顔に戻り告げる。
「それでしたら、私に仕える者に調査させましょう。それでしたら、きっと陛下がお調べになっていると気付かれない筈です」
その言葉にロが天使の微笑みとも思える笑みを浮かべてロンの手を握り言う。
「ありがとう感謝している。形だけの婚約までして貰っていると言うのに、こんな事まで調べて貰えるなんて何と礼を言えばいいのか解らない」
ロンは天にも昇る気持ちになり力いっぱい答える。
「私は、陛下のお役にたてればそれで良いのです」
そこにバンがやってくる。
「陛下、隣国の使者が参っております。謁見の間にお願いいたします」
ロが頷く。
「直ぐまいろう」
そしてロは視線だけで確認すると、ロンもそれに答え、頷く。
「陛下のあの微笑を見られるなんてなんて幸福なのでしょうか」
宮殿にあるロンの自室で、幸福に浸っていたロンのところに、一人の少年がやってくる。
その少年は、引き締まった顔と体つきをして、その両腰に刀を下げていた。
「ロン様、クーパの居所ですが、正確な場所を知るものは居ませんでした」
その一言にロンの目付きが一気に厳しくなる。
「不愉快な名前を聞かせないで!」
「すいません」
素直に頭を下げる少年。
後ろで控えていたメイドのマリーが小声で呟く。
「ボン様に、調べてくれって自分から言っておいて何よ、あの態度」
周囲のメイドもメイド仲間にしか解らない同意を示す。
そんな会話を関係ないところで少年、ボン=ドが話しを進める。
「あの不逞な妹弟子ですが、旅を続けている為、精確な居場所を知るものは居ないとの事です」
舌打ちするロン。
「陛下の心を惑わせる忌々しい俗物め」
「しかし、親衛隊のメンバーが連絡をとる事になっています。それを追跡すれば、所在が掴めます」
ボンの言葉に微笑むロン。
「そう、でしたらボン、貴方が追跡をして下さい」
「了解しました」
あっさり頷きボンは実行に移す為に行動を開始する。
その様子をみて、マリーが呟く。
「輝石剣士のボン様に追跡頼むなんて、ロン様は何をお考えなのかしら?」
隣のロンの下で長く働いているメイド、ミリーが小声で教える。
「決まってる。クーパ様を殺させるつもりよ」
「えー!」
叫ぶマリーの口を慌てて塞ぐ、ミリー。
マリーが落ち着いたのを確認してから手を離すミリーに、マリーが小声で問いかける。
「まさか、そんなマネは本当にする訳ないですよね?」
希望を込めた質問に、ミリーはあっさり首を横に振る。
「ロン様が婚約者になる為に、何人の候補者が闇に葬られたか、精確な数を知る人間はボン様だけよ」
マリーにミリーが釘を刺す。
「死にたくなかったら、余計な事は喋らない方が良いわよ」
大きく頷くマリーであった。
「うーん流石に、ルードトに向う道の途中にあるだけあって、目が肥えてる」
オリトーの町の食堂でパピリスと同じ商法をやったが、いまいち売れ行きが悪いクーパが新たな商売を考えていると、目の前の席にオシロが座って言う。
「だから詐欺紛いの商売は止めなさい!」
大きく溜息を吐き、オシロの隣に座るウドンを見るクーパ。
「なんで貴方達がここに居るの? ロ親衛隊ってそんな暇な訳無いはずだよ」
頷くウドン。
「その通り。しかし、何処かの新人が口を滑らせた為、我々が帝都に居られなくなったので、陛下を納得させる為に、確認として俺達がお前の後を追ってきた」
ウドンの冷たい視線にオシロが怯む中、クーパが呆れた顔をして言う。
「あちきと会ったって陛下に言っちゃたんだ?」
オシロが視線を逸らす。
クーパが溜息を吐いて言う。
「また発作がぶり返さないと良いけど」
オシロが首を傾げて言う。
「陛下は何か持病をお持ちなのですか?」
諦めきった顔でクーパが言う。
「持病って言えば持病かもね」
オシロがウドンの方を向く。
ウドンも眉間に皺を寄せて言う。
「俺も先輩から聞いただけだが、そいつが出て行ってから三日に一度は、そいつに会わせろって騒いでいたそうだ」
「一分の会話でダイヤコイン(十万円)使う特殊映像装置をその度に使ってたっけ」
遠くを見てクーパが答えた。
「色々大変だったんだね」
オシロの言葉に頷くクーパ。
「でも正直、どうして逃げてるの? おもいっきり玉の輿じゃない」
オシロの意見にクーパが絶句する。
「どうしたの?」
クーパはオシロの言葉に答えないでウドンの方を向く。
「近頃の親衛隊って上層部の力関係知らなくてもなれるの?」
「言わないでくれ!」
ウドンが怒鳴り返してからオシロの頭を掴み言う。
「お前なー、何度も説明されているだろうが、先の皇帝陛下が半ば無理やり輝石剣士の一族の女性、ミーナ様をお后にした為、輝石剣士の一族に権力が集まり、かなり危険な段階までパワーバランスが傾いているって。ここでまた輝石剣士の一族から后が出たら一気にパワーバランスが崩れて帝都に血の雨が降るぞ!」
青くなるオシロ。
「そんなに危ない話だったの?」
大きく頷くクーパとウドン。
クーパは頭をかきながら言う。
「無理にでも婚約者を作らせたのも、その予防線の為だよ。あちきにとっては大切な従兄弟だからね、母親に似てるからなんて子供みたいな一時的な感情で道踏み外させたくないんだよ」
ウドンも頷く。
「陛下は皇帝として更なる高みに目指される御方だからな」
二人の真面目な会話にオシロが戸惑う。
「何か物凄い高尚な会話みたい」
クーパが苦笑する。
「そんなつもりないけどね。あちきも半分は自分の趣味だしね。金儲けって一度やると止められないね」
オシロが思い出したように言う。
「そうよ、クーパも帝国の中枢の一角でもある輝石剣士の一族の人間だったら、詐欺商法を止めないさい!」
クーパは悟りきった顔をして答える。
「商売を甘く見ないで欲しいわね、14歳の小娘がまともにやって儲けが出るほど簡単な物じゃないよ」
「だからって詐欺商法をやって良いって事でもないな」
ウドンの冷静な突っ込みに少し怯むクーパであったが、次の瞬間、ウドンと視線をあわせて頷くと、大きく横に跳ぶ。
ウドンもオシロを抱えて逆方向に飛ぶ。
「何々? どうしたの?」
状況が解っていないオシロがパニックになるが、答えは直ぐ出た。
三人が座っていた机が強烈な氷の塊で粉砕されたのだ。
「腕は衰えていない」
その少年の声にクーパが大きく溜息を吐く。
「尾行されたね」
「すまないな。輝石剣士程の大物が動くとは思ってなかった」
ウドンが素直に謝罪するとクーパは、腰の蛇輝を抜きながら言う。
「ボンは、特別だよ。本来は輝石剣士が人の尾行なんて事をしない。プライドが許さないもん」
クーパが蛇輝を向けた所から両手に、刀を構えたボンが現れる。
「お前にはここで鳥輝の錆になってもらう」
ボンはそう言って、左手の鳥輝の振るうと、疾風がクーパに迫る。
クーパは避けながら蛇輝に手を添える。
『我が戦いの意思に答え、我が前に戦いの姿を示せ』
普通の長さに戻った蛇輝の柄にタイガーズアイをあてて唱える。
『タイガーズアイよ、その力、雷の力を我が剣に宿せ』
蛇輝の刀身に電撃が走る。
「お前の腕前で僕とやりあえるつもりか?」
左右の鳥輝を大きく上下に構えてボンが問いかけるとクーパは首を横に振る。
「まともにやったら、生まれたのが後一年早かったらバン兄の代わりに皇帝の側近をやっていたと言われる、天才ボンさんには、勝てないよ」
「詰り、輝石剣士としての最後の誇りとして、戦って死にたいと言う事だな?」
ボンがその言葉と共に、一気に間合いを詰めて、右手の鳥輝でクーパの直前の地面を切りつける。
ボンの鳥輝から氷の柱が生み出されてクーパの視界を塞ぐ。
『烈風斬・双波』
ボンの左手の鳥輝から氷の柱を迂回するよう様に左右同時に疾風波が放たれる。
「さすがだね、一人では受けられなかったわ」
クーパが呑気に答えるとボンが眉を吊り上げる。
「貴様、輝石剣士としての誇りが無いのか!」
クーパが苦笑して言う。
「プライドだけでは生きていけないよ。ありがとうねオシロ」
オシロはサファイアの指輪にこめていた力を抜き、輝石魔術で作った風の壁を解除する。
「なんで陛下の婚約者ロン様の護衛役でもあるボン様がクーパを襲うの?」
クーパが眉を顰める。
「本気で言ってそうで怖いよ。とにかくその件は突っ込まない。帝都に血の雨を降らせない為にもね」
釈然としない顔をしながらも、何時でも輝石魔術を放てる様に構えるオシロ。
「余計な死人を出すつもりは無かったが仕方ない!」
ボンは、常人には消えたとしか思えないスピードでオシロに接近すると鳥輝を振るう。
「少し考えが足らない妹だが、殺させる訳には行かない」
ウドンの剣が鳥輝を防ぐ。
「お前も邪魔をするか!」
ボンが怒鳴るとクーパが冷静に突っ込む。
「少し考えればロ親衛隊の人間が居る所で事を起こせば、邪魔に入るって解りそうな気がするんだけどな。一刻も早くって気持ちは解らなくも無いけど、せめて親衛隊と別れた後に襲撃すべきだったと思うよ」
ボンは沈黙して思案顔になるのを見てクーパが続ける。
「今更やり直しても無駄だよ。失敗だったらともかく成功したら、バン兄も無視はしないよ。ボンだけでは無く、その後ろに居る人にも何かしらのお咎めがあるよ」
ボンは腹を決める。
「ここで三人とも殺す」
完全に本気の言葉にクーパが言う。
「この状況で親衛隊とあちきが殺されたってなれば犯人の割り出しなんて簡単だと思うし、流石に親衛隊を殺したとなると陛下も出てくるよ」
ボンは歯軋りをするのを見てクーパは肩を竦める。
「側近にボンさんが選ばれなかったのは、実力はバン兄に迫るものがあるけど、単純な性格だからだって言うのがあちきの予想なんだけどどう思う?」
ふられたウドンも答えに困った顔をする。
「今回の襲撃は失敗だな。殺しても、上手く行かないからな」
「次は殺す!」
ボンは舌打ちをしてその場を離れる。
「また今度ねー」
呑気そうに手を振って居たクーパだったが、ボンが完全に視界から消えたところで、しゃがみこみ安堵の息を吐く。
「助かった」
オシロが首を傾げる。
「余裕たっぷりだった気がしたけど、どうしたの?」
ウドンが顔を抑えて言う。
「馬鹿が、バン様に迫る実力者相手では、俺達三人合わせても殺されていたぞ。相手との実力差位読めるようになれ」
その後、ウドンの説教が長々と続く事になる。
「実際問題、どうすればいいと思う?」
その夜、クーパはベッドに横になりながら、キキに問いかける。
『そう簡単に諦めはしないだろう。そうなると、次はお前一人に時を狙ってくるな』
キキの言葉にクーパが頷く。
「それも自分がやったって証拠が残らない様に人気が無い道中で」
大きく溜息を吐く。
「あちきの実力じゃ、どうやってもボンには、勝てない。それは道場での模擬戦で実証されてるしなー」
『実力差が勝敗を決定するわけではない』
キキの言葉にクーパが眉を顰める。
「だからって、かなりの実力差があった場合、かなり勝敗を左右するのも真実だよ」
『だったらロに泣きつくか? ボンに殺されそうになったから助けてくださいと?』
キキの意地の悪い質問に、クーパは両手で×を作り答える。
「大却下。ロは、頭が良いから、即座にロンさんが関わってるって気付いちゃう。そうなったら本気で帝都に血の雨が降るよ。そうならないようにこの手の情報はロの耳に入らないようバン兄を始め、宮殿の全員で動いてるのに、あちきがばらす訳には行かないよ」
再び大きな溜息を吐くクーパ。
『道場で幾ら負けて様が、ここは道場ではない事を思い出せ』
キキの言葉に、クーパが悪巧みを思いついた顔になる。
「そうだよ、ここって道場じゃないんだよね」
その後、クーパは宿を出て何か細工をし始めたのであった。
「これで当座の旅費が稼げたぞ」
前回手に入れた高級紙を、町の名士って奴をおだてまくり、高値で売りつけたクーパはその足で町を出ることにした。
「俺達は帝都に戻るが良いのか?」
町の出口でウドンが声を掛けてきた。
「問題ないよ。バン兄には、陛下の方のフォローお願いって言っておいて」
クーパが平然と答えると、戸惑うオシロを引っ張ってウドンが帝都に戻っていく。
「さて、まだついて来てるかな? ボンさんに気配を消されたらあちきじゃ解らないね」
クーパが後方の気配を探りながら言うと胸にあるキキが答える。
『前方に居る。気配で相手の行動を予測して動く、流石に高等な技を使う』
「うーん天才は違うね」
クーパは唸りながらも、街道を進んでいくのであった。
クーパが街道でも人気が無い森の道に入った時、鳥輝を構えたボンが現れる。
「今回は、助けは無いぞ」
「だろうね。でもあちきは、負けないよ。一族の為、ロの為、そして自分の為に!」
クーパは、蛇輝を抜き、手を添える。
『我が戦いの意思に答え、我が前に戦いの姿を示せ』
戦いの姿になった蛇輝の柄に、ダイオプサイドをあてて唱える。
『ダイオプサイドよ、我が声に応え、真の力、木の力を解き放て』
そのまま脇の木々の中に入り込むクーパ。
ボンは冷たい視線を向ける。
「森だから、木の属性を利用して戦う。そんな単純な事で僕に勝てると思ったか!」
ボンは、鳥輝の柄を合わせてそこにダイヤをあてる。
『ダイヤよ、我が声に応え、真の力、光の力を解き放て』
光を纏った鳥輝を振り、クーパが一発で全力を解き放ってしまった光波斬を最小出力で連続して打ち出すボン。
それは、確実にクーパを追い詰めていく。
そして、止めとばかりに強大な光の球が木々をぶち抜きながらクーパに迫った。
「本当に最高の技量だね。師匠に言われたベストの戦闘方法をこんな状況でも出してくる。頭が下がるよ」
クーパが頭を下げた時、それは起こった。
無数とも思える鏡が、クーパの前に出てボンが放った光の球を分散して弾き返す。
クーパは蛇輝を振り上げて言う。
『木動斬』
蛇輝から放たれた力は周囲の木々を揺さぶると木々に隠されて居た鏡が落下し、分散された光の球を更に分散して、弾き返し続ける。
それは、天才ボンの力量を持ってしてもかわしきれない程の不規則かつ、大量な光の球となって居た。
光の球がようやく消えた時、鳥輝が弾かれ、ボンは、足にダメージを負っていた。
クーパがそんなボンに蛇輝を突きつけて言う。
「あちきの勝ちだね」
ボンが歯軋りをしながら言う。
「負けを認める。まさか木々を揺らして隠れた敵をあぶりだすだけの技にこんな使い方があったとはな」
クーパは蛇輝を短剣に戻して言う。
「最低、一ヶ月は襲ってこないで下さい。輝石剣士の誇りにかけて」
ボンも憎々しげな顔をしながら頷く。
「だが諦めたわけではないぞ!」
クーパは大きな溜息を吐いて頷く。
「解ってますよ」
「バン一つ聞いて良いか?」
ロの私室、ロがバンに言った。
「なんなりと陛下」
バンが一応礼節を守った態度で答えるとロが言う。
「何故、二名で確認に行ったのにウドンしか、その結果報告に来なかったのだ?」
バンは、内心の動揺を隠しながら答える。
「なれない長旅で疲れて居たので休養を与えた為です」
暫く見詰め合った後、ロが言う。
「何か隠してないか?」
「私が陛下に何を隠すと言うのですか?」
二人の間に物凄く重い空気が流れる。
そこにロンが来て言う。
「陛下、クーパさんが無事だった様で良かったですね」
微笑みながら言うロンにロも頷く。
「ああ、それだけは文句無く嬉しい事だ」
そこにロのメイドのムーメ=モンデが入ってきて言う。
「陛下、立ち話では、お疲れになります。こちらにお茶の用意をしましたのでどうでしょうか?」
ロは、鷹揚に頷き言う。
「ロン、こっちでお茶にしよう」
さっさと歩いていくロ、その後を続こうとしたロンにバンが言う。
「あれでも大切な妹弟子です。あまり無茶は御止め下さい」
その一言にロンが笑顔で答える。
「何の事かしら?」
「なんでもありません」
バンはそう言って話を終わらせる。
ロンが隣の部屋に移動した後、ムーメがバンの隣にたって言う。
「もう少し強めに釘を刺しておかなくて良いの?」
バンが大きく溜息を吐いて言う。
「あまり追い詰めると暴走する可能性がある。ここでロン様が暴走されたら、次の公認の婚約者を探すのは一苦労なんだよ」
肩を竦めるムーメ。
「貴方も大変ね」
「私の疲れは君が癒してくれるんだろ?」
微笑むバンに苦笑するムーメ。
周囲が色恋沙汰で血の雨が降りかけている中、普通に愛し合う二人であった。
今回はクーパが逃げないといけない理由がはっきり出てきました。
ロは、何故か自分に対する好意には鈍感(好かれてるのに気づかないのでなく、好かれて当然と思ってる節があり、ロンの気持ちも他の人の それと一緒と勘違いしてる)です。