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セピアな思い出の恩人

帝国東北東部にある、田舎町、トートレン

「前から疑問に思ってたんだけど、クーパって、帝都に居たら何してたの?」

 食堂で何気ない様子で質問するオシロ。

 ウドンとミッドが大きく溜息を吐く。

「お前は、どうしてそう考え無しに発言するんだ?」

 ウドンの諦めに似た質問にオシロが頬を膨らませる。

「どういう意味!」

 クーパが苦笑しながら言う。

「普通は、可能性を潰された夢を聞いてくる人間が居ないんだよ」

 オシロが口を押さえ、ウドンが頭を小突く。

「無神経な質問をしてしまってすまなかった。答えなくてもいいぞ」

 クーパが眼鏡を弄りながら言う。

「一応、帝都警備隊ナップ=パイさんの配下になるつもりだったよ」

 意外そうな顔をするミッド。

「輝石剣士でしたら自分で部隊を持つ事や、陛下の側近バン=セ様の様に役職に付くことも可能な筈です。特にクーパ様は、皇太后の姪なのですから、それ相当の役職が用意されていたと思いますが」

 クーパが微笑を浮かべて言う。

「ナップさんには、あちきが小さい頃に命を救われてるの。そのお返しをしたいと前から考えてたの」

 ミッドが少し考えてから言う。

「資料にもありました、皇太后様に意見を通す為に、何度か幼い頃のクーパ様が狙われた事があると」

 クーパが頷く。

「見事に誘拐されたあちきを救い出してくれたのが当時、先帝の親衛隊に居たナップさんだった」

 意外な良い話に言葉を挟めなくなった時、いつもの嫌な声が割り込んでくる。

「そうですよね、貴女は、ナップ様には、恩がある。それこそ、自分の主義主張を曲げても良いくらいの」

 その声の主、ヤペをクーパが睨む。

「あの人に変なちょっかい出したら、あちきだけじゃない叔母さんも敵に回す事になるよ」

 ヤペは、笑顔で答える。

「勘違いして貰っては、困ります。私が出すのは、救いの手です」

 ウドンが舌打ちをしながら言う。

「冗談も休み休み言え。帝都警備隊のナップ隊長と言えば実直で優秀。非の打ち所の無い軍人だ、お前みたいな小悪党の救いの手など必要になるか!」

 ヤペが頷く。

「そうです、本人には、何の問題もありません。ただし、奥方の兄上が大規模な税金の着服行為を行っていました。直接的には、関係ありませんが、奥方が強く悲しんでおられた。それを気に病んでいましたので助言をしたのです。クーパ様を陛下の元に連れて行けば、陛下の心象もよくなり、奥方の兄上の罪も軽減して貰う事も可能だと」

 クーパがミッドに視線で確認する。

「確かにそんな話を聞いた事があります。大規模な着服騒動で、領土の没収、お家断絶。それでもナップ様の功績等を考慮されて、奥方には、一切の罰が与えられない事になっていた筈です」

 複雑な顔をするクーパにオシロが言う。

「奥さんには、罰が無いんだったら良いんじゃない?」

 クーパが首を横に振る。

「あの奥さんだったら、自分だけ助かるのを良しとしない。ナップさんも、苦労かけているから、何かの時は、自分の地位を棄ててでも助けるって。それにあちきは、奥さんにも良くしてもらって居たの」

 ヤペが邪悪な笑みを浮かべて告げる。

「ナップ様からの伝言です。無条件で戻ってくれと頼むのは、筋違い。だから、正面から勝負してもらい、もし自分が勝ったら帝都に戻ってくれ、だそうです」

 クーパが辛そうに頷く。

「了解したと伝えて。場所等は、そっちに任せるよ」

「確かに承りました」

 ヤペは、慇懃無礼を体現した礼をして、その場を後にする。



 その夜の宿屋。

『負けるつもりか?』

 ペンダントのキキの質問にクーパが複雑な顔をする。

「仮定だけど、ナップさんから戻ってロに取り成してくれと頼まれたら、断れなかった。例え、交換条件で結婚が迫られてもね」

『仮定自体が間違っている。そんな事を頼む人間だったらお前がそこまで悩む必要は、無かっただろう』

 キキの答えにクーパがベッドに倒れこみ言う。

「確かにね。ナップさんは、本当に実直な人。そして人の情にも厚い。あの時は、あちきを見捨てるって選択肢もあがって、立場上動けなかった叔母さんの心情を察知して、罰則を恐れず、あちきを助けに来てくれた」

『それこそ、今回こそミーナに動いて貰えばいいのでは?』

 キキの言葉にクーパが首を横に振る。

「多分、動いた後。叔母さんが必死に動いたから、大汚職事件の主犯親族が罪に問われなかったんだよ。政治力を故意的に持っていない叔母さんには、それが限界だったんだよ」

『輝石剣士の権力増加を嫌った対策が裏目に出たか。それでどうする?』

 キキが根本的な質問をぶりかえすとクーパが諦めた顔をして言う。

「帝都に一度戻るしかないね。叔母さん達と相談して、結婚だけは、逃れる方向に行くつもり」

『仕方ないな』

 キキの疲れた声でこの夜の相談は、終了した。



 数日後、街から少し離れた草原に、白髪の長身の男性、ナップが居た。

「今回の件は、感謝する」

 頭を下げるナップにクーパが慌てる。

「気にしないで下さい。ナップさんには、色々お世話になっていますから」

 そしてナップは、剣に手をかける。

「早速だが、勝負を始めよう」

 クーパも頷き、蛇輝を手に取る。

『我が戦いの意思に答え、我が前に戦いの姿を示せ』

 短剣から刀に変化した蛇輝を構えるクーパ。

 立会人に選ばれたウドンが手を上げる。

「勝負始め!」

 ウドンの手が下ろされると同時にナップが間合いを詰める。

 素早い動き、クーパは、咄嗟にそれを受け流す。

 ナップは、勢いを殺さず、回転力に変化させて薙ぐ。

 クーパが身を沈めかわし、間合いを取った。

「凄い、ナップさんってもうかなりの年齢ですよね? クーパだって、一流の輝石剣士なのに、押しているよ」

 観戦していたオシロの言葉にウドンが舌打ちする。

「違う。クーパが本気じゃないんだ」

 ミッドが首を傾げる。

「何でそんな事が解るのですか?」

 ウドンが頭をかきながら答える。

「簡単だ、輝石剣士が輝石を使っていない時点で、本気じゃないのが一発で解る」

 その事には、ナップも気付いたのか、エメラルドの付いた手甲をクーパに向ける。

『エメラルドよ、風の力を纏め、敵を貫き続けたまえ、乱風弾ランプウダン

 複数の風の弾丸がクーパに迫る。

 クーパは、後方に飛びのくが、風の弾丸が、地面に当たり、土煙を生み出す。

 視界を封じられたクーパが気配を探ろうとした時、土煙の中からナップが現れて、クーパの首筋に剣を押し当てる。

「情けを掛けられるほど老いた覚えは、無い。本気で来い」

 鋭い言葉、観戦していたヤペが気楽に言う。

「これで勝負ありじゃないのですか、立会人さん?」

 ウドンが肩をすくめる。

「本来は、そうだが、当事者が認めないだろう」

 間合いを空けて構えをとるナップにクーパが頭を下げる。

「すいませんでした。全力で行きます」

 ダイヤを蛇輝に当てる。

『ダイヤよ、その力、光の力を我が剣に宿せ』

 クーパが蛇輝を振るたびに光の弾が放たれる。

光弾剣コウダンケンか、面倒な技を」

 ナップは、光の弾を避けながら強引に接近を試みるが、しかしクーパは、蛇輝で受け流しながらも光の弾を打ち出し続ける。

 後退をするナップ。

「経験値が違いますから正面から遣り合うつもりは、ありません。体力が尽きるまでこのまま時間稼ぎします」

 クーパの宣言にオシロが不満気な顔をする。

「恩人相手に卑怯じゃない?」

 ウドンが睨む。

「素人みたいな事を言うな。真剣勝負、自分に有利な展開にするのは、当然だ」

 ナップは、手甲を地面に向ける。

『エメラルドよ、風の力を纏め、敵を貫き続けたまえ、乱風弾』

 地面がえぐれ、土煙が発生する。

 クーパは、間合いを更に広げる。

「目くらましが何度も通用すると思わないで下さい」

 土煙に集中するクーパだったが、勘で横に飛びのく。

 斬られた太腿を押さえながらクーパが蛇輝でナップの一撃を受け止める。

「片手で受け止めきれるか?」

 ナップが力を込めるとクーパが光波斬で、輝石の力で押し返す。

「どうなってるの?」

 困惑するオシロにウドンが答える。

「乱風弾だ。あの技は、土煙を生み出すと同時に上に飛び出す助力にした。土煙から抜け出して直接攻撃してくると考えていたクーパに対して、上空からの奇襲をしかけた。熟練者の強みだ」

 輝石をチャージする暇を与えない為の速攻を仕掛けてくるナップ。

 クーパは、蛇輝を地面に突き刺す。

『我が戦いの意思に答え、我が前に連撃の姿を示せ』

 ナップの剣がクーパに迫ったその時、地面から多節棍型に変化した蛇輝が飛び出てナップの剣を弾き飛ばす。

 ナップは、怯まず、素手でクーパに襲い掛かる。

 クーパも蛇輝から手を離し後退する。

 接近戦での打撃、両者とも剣を使った戦闘を得意とする為、近距離での打撃の鍛錬を積んであるが、片足を負傷しているクーパの不利は、間逃れなかった。

 ナップの正拳を避けてクーパは、その腹にくっつき、零距離に詰め寄ると、全身のばねを使った掌打をナップの顎に決めた。

 ナップの動きが止まる。

「こい蛇輝!」

 クーパの言葉に答えて蛇輝が手元に戻る。

『我が戦いの意思に答え、我が前に戦いの姿を示せ』

 刀の姿に戻った蛇輝を突きつけるクーパ。

「あちきの勝ちでいいですね?」

 ナップが悔しげに頷く。

「明確についた勝負に異論をつけるつもりは、無い」

 次の瞬間、倒れこむクーパ。

「オシロ、あちきの回復お願い」

 クーパの全力の掌打を食らったはずなのに平然としているナップにウドンが近づき言う。

「実戦でしたら、間違いなく勝っていたのは、貴方でした」

 ナップが肩をすくめる。

「模擬戦でそんな事を言うのは、負け犬の証拠だ。負けた以上、次の手を考えるしかない」

 その様子をオシロの治療を受けながら見ていたクーパがヤペの方を向く。

「ロと直接連絡取れる手段用意できる?」

 ヤペが笑顔で開発されたばかりの、携帯型映像通信装置を取り出す。

 クーパが諦めた顔をして使うと、バンが通信機に出る。

『クーパ、どういう風の吹きまわしだ?』

 クーパが複雑な顔をして言う。

「ロに代わって、お願いしたい事があるから」

 すると、バンが反応する前に、ロが画面に出てくる。

『お願いって何だ! 帝国の甚大な損害が出ない限り何でも言ってくれ』

 クーパが呆れた顔になって言う。

「だったら、帝国に隣接する貿易の町を一週間で落としてって言ったらやるの? 事前に解っていれば色々儲けられるんだけどね」

 通信機のロは、笑顔で答える。

『そんな事で良いのか? 何処がいい、流石に一ヶ月以内は、難しいがそれ以降だったら二つでも三つでも構わないぞ』

 周囲の人間が冷や汗を垂らし、ミッドの懇願の視線に促されるようにクーパが言う。

「冗談だから本気にしないで。本題は、ナップ=パイの奥さんのお兄さんの罰を軽くして貰えない?」

 ナップが慌てて言う。

「勝負に負けたのだ、情けは、いらない」

 クーパが頷く。

「だから、帝都に帰るつもりは、無いよ。帰らない代わりに、前回の事は、許してあげる。それが交換条件だけど、嫌?」

 通信機に映るロの表情が明るくなる。

『本当に許してくれるのか?』

 クーパが嫌そうに頷く。

「二度とその件で、ロを攻めないって誓うけど、出来る?」

 ロが嬉しそうに答える。

『任せておけ、流石に無罪にするのは、難しいが、家も命も助かる様にするから安心してくれ』

 クーパが手を振っていう。

「それじゃあ、また機会があったら」

 通信機を切り、クーパがナップのほうを向く。

「これは、何度もお世話になった奥さんへの恩返し。ロは、あちきとの約束は、絶対に破らないから安心して下さい」

 ナップが頭を下げる。

「妻に代わって感謝する」

 こうして今回も一件落着したのであった。



 ロの執務室。

「あんな約束をして良かったのか? 幾らなんでもあれ程の大事件の主犯を厳罰にしないと周りへのしめしがつかないぞ」

 バンの忠告にロが資料を見せる。

「ナップの義兄の件は、母上が動いていたから知っていたよ。上手く利用すればクーパの機嫌が取れるかもと裏工作は、もう始めてある。向うから話を振って来たのは、幸運だった」

 資料を見てバンが言う。

「おいこいつは、今回の横領より大きな横領の主犯じゃないか。もっと証拠固めをしてから一気に潰す予定だったと思ったが?」

 ロが頷く。

「今回の横領にも一枚噛んでいた。それをネタに、証拠を偽造して、少し強引だが全責任を押し付ける」

 バンが顔を抑えながら言う。

「クーパのためとしては、少し無理をし過ぎじゃないか?」

 ロが遠い目をして言う。

「仕方ないだろう、前回の事で本気で嫌われたのだから、多少無理しても名誉挽回する必要があったのだからな」

 バンが溜息を吐く。

「本気で仕事に影響無い範囲に済ませてくれよ」

 ロが真剣な顔で言う。

「それは、約束できない。クーパの為ならどんな犠牲も払う覚悟があるからな」

 バンの目も鋭くなる。

「流石に聞き逃せないぞ」

 ロがその視線を受け止めて言う。

「払った犠牲の分は、自分の仕事で取り返す。犠牲も無くクーパと帝国の成長を手に入れられると思っていない」

 バンとロが睨み合う中、ロ親衛隊隊長、カンが割り込んでくる。

「バン、考え違いをするな。我々は、陛下が望むのなら、例え一時の悦楽の為にも全力を尽くす義務があるのだ。陛下は、それだけの事を成しているのだからな」

 バンは、複雑な顔をしながらも礼をして執務室を出る。

「大丈夫?」

 ロのメイド、ムーメの言葉にバンが重い溜息を吐く。

「正直、クーパは、妃に向かない。あいつは、周囲に気を使う性格をしている。自分のために誰かが犠牲になるのを容認出来る訳が無い」

 ムーメが頷く。

「確かにね。帝国の安定の為だけに自分の夢を諦める子だものね」

 バンが遠い目をして言う。

「帝国の安定の為に、クーパを犠牲にする必要があるのかもしれない」

 悲壮な顔をするバンを見つめるしか出来ないムーメであった。

クーパの恩人との対決のお話。

何気に裏テーマは、ロがどんだけクーパの事を重要視してるのかでした。


ロとのデート。

ロの強い思いにクーパは、どう答えるのか?

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