6話 「知」の帰り道
遅くなって申し訳ありません。
一話で書こうと思ってた話が三話に化けてしまいました(汗)
「それは高揚感じゃないのかな?」
彩音は感じたけれど何かわからなかった感情を、待ち合わせ場所で合流した奏に尋ねると、苦笑いをうかべた彼にはそう返された。
奏が歩き出したが、行き先を彩音は知らないので、自転車を押して歩く彼の横についていく。
「ふつうこんなところに入ったばかりの人は、重い責任からくる恐怖とか緊張で精神が安定しなくなる人も少なくないから、そういう感情を抱いてもおかしくないんじゃない?特殊だけど。」
「高揚感……ですか。なるほど、気持ちが盛り上がる。そんな感じですね。」
どうやら彩音は納得したようだったが、奏は腑に落ちないことがあったので、単刀直入に聞く。
「ところで、一つ聞きたいことがあるんだ。
今日一日、クラスでは誰とも喋ってないよね?あれかな?友達いないのかな?そしてそれはなんでかな?」
「グサッときますね、その言い方。
言わなきゃだめですか?ここに入って強くなろうと決めて弱い自分はすべて仕舞い込みました。
先輩の質問に答えることはその弱いとこをすべてさらけ出すようなものなので、あまり気が進まないんですけど。」
彩音は少し表情を暗くし、俯いてそう答える。
「どうしても、じゃないんだけどね。まずね、わかっているとは思うけど、ここに入る人で事情がない人なんて一人もいないよ。それにね……
君は僕の大事な部下だ。
部下の本当の気持ちをわかってやれない上司なんて、マイナスにしかならないと僕は思っている
そして、みんなの前でそんな醜態を晒すつもりはさらさらない。
だから知りたいんだよ、君のこと。」
彩音は奏の言葉を聞いてなんだか胸がむず痒くなって、下を向いたままの顔を赤く染める。
(なんだかこの人と話してると、一瞬でペースに乗せられるな。)
「私の家族、中学の初め頃からしょっちゅう引越しする、いわゆる転勤族だったんですよ。」
そして流されるように喋りだしてしまったことに、自分のことなのにもかかわらず心の中で驚く。
奏には人を信用させるというか、自然な流れで人の心をコントロールしてしまう何かがある。
これから彩音が奏に抱くようになる『かなわない』を初めて実感した時だった。
「しかも、一か月に一回くらい県単位の引っ越しをするんですよ。
最初の方は転校するたびに新しく友達を作ってたんです。
でもその友達ともすぐに別れなきゃならない。
それでもまだがんばれてたんですけど、ある日携帯に来たメールを見て私は『もう無理だ。』と思いました。
なぜならそのメールの送り主の顔が全く浮ばなかったんですから。」
歯切れが悪く、陽抑がない声で淡々と自分の過去を語っていく彩音。奏は隣を歩きながら一言も発さずに彩音の話を聞く。
「引っ越しも六回目くらいでしたかね、私が自分から人を近づけなくなったのは。
別れる悲しみと、いくら悲しくてもどうすることもできず、古い友達から順に記憶が薄れてく。
この焼失感を毎回味わうくらいならと、私は出会いを消し去ったんです。
話しけられてもそっけなく返答して、『遊ぼ。』と言われても断る。
そのまま中学時代を過ごしたんですけど、中学を卒業する時くらいに両親が大ゲンカして、離婚したんです。
その時には、自分を散々振り回した挙句に、離婚するなんて言う両親のこと好きになれなくて。
それで私、思い切って家出して、一番長く住んでいた名古屋に来たんです。
住んでいたときに出会って、尚且つ自営業で少しでも面識があった人を訪ねて、事情を話して、住み込みで働かせてもらえるところを探しました。
その中で唯一喜んで受け入れてくれた六十近い夫婦が営むパン屋で生活していました。
夫婦は学校に行かせてくれると言ってくれましたけど、夫婦に負担をかけないというのと、学校に行くのが嫌になっていたということがあったので、四月にここの人が来るまではずっと店に引きこもって働いていました。
それからはご存じのとおり。身体能力テストに合格したので、理由を聞かされない訓練をしながら陽陰学園に通うことになりました。
せっかく転校のない学生生活を送れるんだから今度こそは一生の友達を作ろうと思ったんです。
これが最初の質問の答えになりますけど、その時には友達を作ろうとしたけれどそのやり方を忘れてしまっていたんです。
それに好意を跳ね返していた癖が治らなくて周りが話しかけて来なくなりました。
そんなわけで私はこの学校に友達がいないんです。」
話は終わったようで、彩音はすごく悲しそうな顔をしている。
奏にはその表情を見るだけで彼女の中の思いがひしひしと伝わってくる。
「でも、名古屋支部の会議室の時は普通だったじゃん。」
「それはまあ、仕事ですし、みなさんとは絶対仲良くなりたかったんです。
あと、・・・」
そのあとに一般的な聴力では聞き取れないような小声で付け足した。(ま、奏にはしっかりと聞き取れていたが。)
「あと、みなさんと共にいれば嫌いだった自分を変えられる。そんな気がしたんです。」
彩音の表情が少しだけもとの優しいものに戻ったのは気のせいではないだろう。
「そう言ってもらえるとうれしいよ。」
奏はほほえみながらこちらも小さくつぶやくと、立ち止まった。
彩音も止まって完全に顔を上げて奏と同じ方を向く。
「ここが僕の家、兼guilty silenceの活動拠点だ。」
二人が到着した場所は彩音の家を通り過ぎて国道から少し入った、商社ビルや商店と一緒に住宅が並ぶどこにでもありそうな通りだが、目の前の家だけは違った。
三階建ての近未来的で広そうな家、車が三台は入りそうなシャッターが下りたガレージ、家が一軒建ちそうな庭。
そう、そこには日本には似合わないくらいの豪邸が建っていた。
「へ?」
思わずまぬけな声が出てしまったことを恥ずかしく思いながらも、驚きを隠せない彩音。
「これが先輩の家ですか!?」
JSP構成員は親にも特秘性を高めるために一人暮らしと定められていて、ふつうは彩音のような部屋が用意されるのだが、どう考えてもこれはおかしい。
「そうだよ。まあ、色々あるんだよ。色々とね。」
HAHAHAと楽しそうに笑いながら奏は門を開けて家に入っていく。
彩音も彼の後についていく。芝生の庭に引かれている石の道を通り、玄関にたどり着くと、JSPの端末を取り出してドアノブの上らへんにかざす。
横の壁が開いて出てきた機械に奏が指をスライドさせると、カチャッと扉のロックが外れる音がする。
「このMEGをドアにかざすと指紋認証装置が出てくるから、それに人差し指をスライドさせれば鍵が外れる。彩音のMEGと指紋は僕が登録しておいたから、いつでも勝手に入っていいよ。」
「あの突っ込みどころが満載なので、一つずつ答えてもらっていいですか?」
「いいよいいよ、何でも聞いて。でも歩きながらでいいかな?」
奏が軽い感じで答えてきたので、頷いてから遠慮なく質問攻めを開始する。
「さすがにこの家大きくありませんか?」
「たくさん詰まってるんだよ。後で案内するから。」
「この端末MEGっていう名前なんですか?初耳ですけど。」
「そう。Multi Electron Govern略してMEG。カッコいいよね。ちなみに命名、柚留木奏。」
「なるほど、そういうことですか。」
自慢げな奏に対し、彩音は少しあきれ顔だ。
「なんで家の鍵がSF的なものになってるんですか?」
「だってカッコいいじゃん!カッコいいとカワイイは正義だよ!!」
奏は廊下を歩きながらこぶしを握り締めて宣言する。
「そ、そうですか・・・。ところでなんでここ土足なんですか?」
「ガレージ、武器庫、ブリーフィングルームとかのお仕事に必要な場所とそこに通じる通路は緊急時の利便性を高めるために土足にしてある。」
「さっき指紋は登録してあるって言いましたよね。記憶にないんですけど、いつの間に指紋取ったんですか?」
「自己紹介した時に置いてあったコップに付いたものをコソコソと取らせていただきした。」
「ふつうに取ってくださいよ!」
若干にらみを効かせた視線を感じ、奏が肩をびくつかせている。
「いや、なんか楽しそうだったからちょっと……。以後気を付けます、はい。
あ、ここで靴脱いで上がって。せっかくあるからスリッパ履いといて。」
そこには普通の玄関みたいなものがあって、下駄箱やスリッパが置いてある。
彩音は言われたとおり靴を脱いで端に綺麗にそろえてから、スリッパに履き替える。
「はい。……コソコソで思いだしたんですけど、ここに来るまでしてた話覚えてますよね?」
「うん。それがどうかしたの?」
「あの時、私がクラスで誰とも話してないことを知ってましたよね。どうやって調べたんですか?」
「こうね、扉の陰からこそっとね。JSPは常に隠密行動だ。」
奏は物陰から何かを覗いているようなジェスチャーをしてそう言って、彩音にウインクなんかをしている。
「自分のクラスのホームルームとかはどうしたんですか?」
「サボった。でも、クラスではそういうキャラだから問題なし。」
「…………。」
『サボっても問題ない。』とはどんなキャラなのだろうか、全く浮ばない。
そして、
(この人には、どんな質問もツッコミも無駄な気がする。)
そんなことを学んだ気がした斎藤彩音であった。
Multi Electron Governは『電子のあらゆるものを司る』です。
そこ!中二病とか言わない!
あと少し口を。一章二話の「一秒遅い!」というセリフ。超有名な某アニメ映画の序盤の台詞となんだかかぶってます。投稿日は映画上映より早いけど、なんかパクったみたいだ。
どうしてくれよう、このやり場のない怒り(笑)。




