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クローズコンクリフト  作者: 弓雲
第二章 名家の堕ちた刃
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17話 追撃②

「不味いことになった。」

「……ふッ!」

 奏はいかにも重大事項であるといったふうに真面目な口調で言ったが、返ってくるのは吹き出した笑い声だった。

 そりゃあ右の頬に痣ができた状態で真面目な雰囲気で話し始めたら聞き手にしてはかなりおもしろいことだろう。

 おかげで返ってくる真剣な眼差しからランクダウンしていた。


「お、お前らちゃんと聞けよ~。

 こ、これはなッ、彩音がちょっと勘違いをしてだなッ!

 ――彩音からも何か言ってやってくれ!」


 どういうふうにかは奏には分からないが、誤解されているのは確かだと思った。

 数少ない証人になってくれそうな彩音に話を振ってみるが、彼女は前の席で体を縮こまらせて、両手で顔を覆い隠したままぶんぶん振り回すのに忙しくて返事は返ってきそうにない。

『私なんて、私なんて!?』と言うような自嘲的な呟きが今にも聞こえてきそうだ。

 奏が董華をドアに押さえつけている状況を見て、董華がやっぱり敵で暴れだしたのだと勘違いした彩音は力強く右足を踏み出していた。

 いや、考える前に体が動いてたので理由としては『それだけじゃ、ない、かも……』とは思うものの、彼女にはそれがなぜなのかは分からなかったのでそれは考えないでおいた。

 とにかく、董華を奏から離すべく右手を放って、そして、その結果が、これである。

 奏は董華の体を隠していただけで、彩音の攻撃も振り返った奏の顔に痣を刻むだけになってしまった。

 その後、一生頭を下げ続けるんじゃないかと思うほどに、奏に対して謝り続けた。

『僕を助けようと思って手を上げてくれたのだから、謝ることなんてない』と言ってからは、少しだけ、ほんとに少しだけ落ち着いて今の状況に至った。

 期待できそうにない彩音から、もう一人の当事者である董華に期待の目を移動する。

 だが、こっちはこっちでなんだか様子がおかしかった。

 胸のあたりで自分の体を抱くように腕を組み、プルプルと小さく肩を震わせている。


「董華さ~ん。……寒いの、かな?」


 その動作は意外と難しい物で、やろうと思ってできるものではなかった。

 何か心の底からから思うものがあるのだろう。

 やはり彼女からも望んでいた返答は返ってこない。


「そ、そそそ、……に、だ、……かれたッ!

 握……よりももっと、なんか……、温かかった……」


 小さすぎてほとんど聞き取れない声で、嬉しそうに何かをまくし立てたり、噛み締めるように言葉を吐き出したり……。

 とても話しかけていいような雰囲気ではなかった。

 奏はあるとき空挺パラシュート降下訓練をしたことがあった。

 その時使用した60式空挺傘は傘が主傘・予備傘と二つ付いていて、もしも一つが絡まったりして開かなくても、もう一つあるから安心と言う設計が取られていた。

『二つの希望(彩音と董華)が消え失せた感覚は、その傘が二つとも開かなかった時の気持ちと似ているに違いない!』とか意味の分からない例えを頭に浮かべて現実逃避しようとしたが、そうも言っていられない状況だから焦っているのだ。

 優秀な戦闘員とはあきらめが早いものだ。

 なにもそれに限ったことではないが……。

 もちろん単純な諦めは何も生み出せないし、何も始まらない。

 彼らの場合は命すらも関わってくるだろう。

 それに対して、固執しないという意味の諦めはその限りではない。


「使えなくなった武器は未練なく捨て去り、不具合が生じた戦法は自信を持って切り換える。それが生き残るための思考だ。」


 と、昔言われたことを思い浮かべながら、眉間にしわを寄せて雰囲気を真面目な方向に持っていく方法を考える。しかし、その思慮は小鳩の一言によって必要なくなった。


「奏君がそう言うなら本当に一大事なのでしょう。真面目に聞きましょう。」


 弓弦も刃弦も一度頷くとすっと表情を引き締めてこちらに向き直ってきた。

『お前らな~……』小言を飲み込んで、ため息一つに留める。


「彩音と董華は……後でいいか。」


 一様、前の席を覗きこんではみるが、さっきの状態から一ミリメートルも好転していなさそうだったので、四人だけで話を進めることにした。

 奏の言ったことに質問するのは刃弦。

 無線の折り畳みキーボードをMEG(小型情報端末)に接続して状況を文字にまとめていく。

 弓弦は黙って、小鳩は車窓を焦点の合わない目で見つめながら話を聞く。

 ちなみに、小鳩はこれが最も真面目に話を聞くときの態度だ。


「今の状況、相当不味い。」

「どのように?」

「さっき董華さんと話していた時にコレ(・・)を持った強面のお兄さんが何かを探してた。」


 奏はコレ(・・)と言ったところで右手をグーの状態から人差し指と親指を立て、掌をみんなに見えるように掲げて軽く振った。

「シュートサイン」、銃のことを指し示すハンドサインだ。

 それを見た弓弦と刃弦は顔をしかめ、小鳩もピクリとだけ眉を動かした。

 JSPの中では常識として扱われている事実として、日本の違法銃火器所持数の多さがある。

 日本国内で所持が認められている銃火器は国の治安維持機関の物、競技用の物、狩猟用の物と、ごく限られえている。

 それに当てはまらないものが違法銃という訳だ。

 銃アレルギーという言葉ができるほど国民がそれを嫌っていても、歴史の運びによって国自体がそれに関して強く規制していても、日本のいたるところで違法銃が拡散しているというのが世間には知られていない事実だ。

 しかしもう一つの認識として、その多くが日の当たるところに出て来ないというのも挙げられるのだ。

 つまり、そうなるからにはそれなりの事態が伴うということ。

 いまのguilty silenceで《それなり》といったら、思い当たる節は一つしかない。


「そのことを鑑みて推理した結果を例えて言うならば、飢えた肉食獣の子供を僕らが大阪からさらってきたって感じかな。」

「他にも邪魔された仕返しっていうのも考えられますね……。

 ところで相手は誰だと思いますか?

 依頼主である暴力団がこれほどの反応速度を見せてくるとは思えません。」


 JSP大阪支部には喧嘩を売った形にはなったものの、わざわざ追ってくるほど能無しな連中ではない。

 そうなってくると追手の正体が全く見当もつかないのだ。


「僕にも思い当たる節は無いな……。

 まあ相手の戦力が分からないのも珍しいことじゃないし、出し惜しみできるような甘っちょろいことやってるわけじゃないから、いつも通りやるだけだ!」


 その言葉には弓弦も刃弦も小鳩もコクリと首を縦に動かした。

 奏はMEGを取り出すとマップのアプリケーションで名古屋駅周辺の地図を表示する。

 見慣れた名称の建物ばかりが立ち並ぶそれをしばし見つめた後、早口で即席の作戦を説明する。

 該当する建物を指でさしながら各人の役割を伝えていく様は、歴戦の参謀のごとき存在感を発揮している。


「どこまでもついてきてもらうと困るし、相手もそのつもりはないだろう。

 ――迎え撃つぞ。」

「「「了解!」」」


 この態度の時の奏は本当に頼りがいがあり、小鳩ですら素直に返事をしてしまうのだ。

 知ってはいても受け答えするたびに浮かんできてしまう感心の念は口に出さず、刃弦は気になっていたことを聞いてみる。


「彩音ちゃんと片桐さんはどうするんですか?」

「ま、まあ……僕がどうにかするよ……うん。」


 流石に自信がない声を返す奏。


「いっそ、片桐さんとついでに彩音ちゃんもどっかに匿っちまうっていうのはどうよ!」

「そもそも相手が追ってるのは片桐さんの可能性が高いんだから、それじゃあ戦闘に持ち込めないよ。」


 弓弦の適当な提案に刃弦が的確な指摘をしている。

 みんながみんな二人のことを心配していた。

 いいことだと奏は思った。

 直接的な言葉にして伝えたわけではないけれど無意識に仲間のことを配慮する。

 そういうことができてこそのチームなのだと、そう思うのだ。


「ところでさ……。

 あの二人ってどうしてああなってるの?」

「「「……」」」


 それなのに、なぜ自分に突き刺さる視線がこんなにも冷たいのか奏には不思議でたまらない。


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