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クローズコンクリフト  作者: 弓雲
第二章 名家の堕ちた刃
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15話 敵だった人②

久しぶりの投稿です。

どんだけ間が空いてもめげません。

いや、めげないでください!(切実)

「フニャャャー!?」

 東海道新幹線の『のぞみ』は十六両編成。

 そのうち半分くらいの車内には響き渡ったであろう、腑抜けた悲鳴の持ち主は斎藤彩音だ。

 利用者の年齢層が比較的高い新幹線の車内というのは、グリーン車でなくとも在来線と比べて格段に静かなわけで……。

 例えるならば、図書館の自習室で突然奇声を上げるようなものだろう。

 乗客のほとんどの視線が自分に集まっていることにデジャブを感じずにはいられない彩音は、急いで自分に巻きついている手を振り払って、平静を装って座席に座りなおす。


「大丈夫ですか?どうかなさいましたか?」


 そこに心配そうな顔をした乗務員(パーサー)が近づいてきた。


「あ、はい。大丈夫です。

 大きな声を出してすいませんでした。」


 顔を真っ赤にして、目をあっちこちに泳がせながらそう答える彩音のことを不審に思いながらも、乗務員(パーサー)は通常業務に戻っていった。

 その姿が見えなくなってから、彩音は勢いよく窓側に振り返り、自分に恥ずかしい思いをさせた張本人を睨み付ける。


「いきなり、何するんですか?」


 めいっぱいの怒気を込めて言ったつもりだったが、やられたこの恥ずかしさを引きずっていたようで、軽く声が震えてしまっていた。

 そのことでもイライラは積み重なり、彩音の眉間のしわは増えていく一方だ。


「まあまあ、そうツンケンしなさんな。」


 なんだか余裕があるというか、自信があるというか……。

 そんな調子で飄々と答えを返してきたのは、ついさっき見たときまでは爆睡していた片桐董華だ。

 今ではバッチリ目を開いて、楽しそうな微笑を浮かべている。


「少しばかり計測をな。ふむふむ……。」


 彼女はまるで何かの感触を確かめるかのように両手をワキワキと動かしてこう言う。


「B、だな。

 ちなみに私はCだ!

 知っているか?祖父から聞いた話によると女の格は胸の大きさで決まるらしいぞ!」


 今度は拳がクリーンヒットする音が車両に響き渡るのだった。


 ***


「――うう。」

「おはようございます。やっと目が覚めましたか。」

「う、うむ。なんだか顎がとても痛むのだが、何か知らんか?」

「きっと寝違えたんですよ。」


 左側の顎をさすって首を傾げる董華に、彩音は満面の笑みで答えた。


 嘘である。


「あと、忌々しい夢を見た気がするのだが。」

「それは大変でしたね。」


 返答が適当である。


「そんなことより、私に片桐さんのことについて話してください。

 仲間になるんだからお互いのことをもっと知らないと。」


 まったくもって、心にもない言葉である。


「私は斎藤彩音です。

 しばらくの間は私と一緒に行動してください。

 JSPについて、その他の質問についても私がお答えしますので。どうぞよろしく。」

「私は片桐董華だ。うむ、まあ、あれだ。こちらこそ。」

「……。」

「ところで奏はどこだ?」

「……、フッ!!」


 ――シュッ、パシッ――


 風切り音が鳴るパンチと言うのはどうしたら繰り出せるのだろう。

 そして、そのパンチを止めるにはどれほどの鍛錬が必要なのだろう。


「って、やはり貴様、さっき私のことを殴ったな!?」


 顎に向けて放たれた彩音の拳。

 二度目は董華の左手によって受け止められていた。

 彩音はその手を静かに膝の上に戻すと、平然とした声で言った。


「きっと気のせいです。」

「この状況でごまかした!?」

「……私はあなたのことが気に入りません。」

「え?」


 打って変って彩音から出て憎しみのこもった答えは、それがまごうことない彼女の本心だということを表していた。


「あなたと私がさっきしていたことをもう忘れましたか?

 ……私は覚えていますよ。」


 とても静かな声で彩音は董華を責める。


「いくら書類上では仲間になったとはいえ、さっき戦ったばかりの相手の前でよく寝られますね。

 あなたの考えはわからない。

 だから私はあなたのことを信用しない。」

「組織も、仲間も認めているのに?」

「嫌いな物には正直な性質(たち)なので。

 それに、私は嘘をつくのが苦手です。

 だから先に言っておきます。

 ――私はあなたを監視しますよ。」


 彩音はまっすぐ前を、董華のことを見ずにそう告白した。

 もしその時、彼女が董華の方を向いていたのなら、再び彼女をどついていたことだろう。


「――フッ」

「?」


 彩音ができたのは眉間にしわを寄せるとこまでだった。


「フハハハハッ!フッフッフッ――」


 董華が、声は控えめながらも腹を抱えて大爆笑し始めたからだ。


「フッ……ふぅ。

 貴様面白いな。」


 一通り笑い終わると、彼女は彩音の目をしっかりとらえて言う。


「私の人生の中で二番目に面白い。

 それに真っ直ぐだ。

 仲間にするのに正直な奴ほど頼もしいことは他にない。

 私はあなたと仕事をするのが嬉しいし、楽しみだ。」

「……。」


 最後の方。予想していなかった誠意のこもった言葉に彩音は返す言葉がなかった。


「それに、前いたところに対する未練もない。

 それより、奏に対する恩の方が多きい。」

「恩?」

「これでも私はある武道の継承者でな。

 恩を仇で返すのは心の中の武士道が許さんのさ。」

「……。」

「まあ、やりたいと言うなら監視でもなんでもやるといい。

 私にやましいことは何も無い。」


 突き放すような物言いをぶつけたというのに、返ってきたのはむしろ好意的と言っていい内容ばかりで、彩音は混乱する。

 とことん考え方が理解できない。


(そこらへん、奏先輩と似てるかも……。)


 彩音が話を頭の中で整理しているうちにも、董華は喋り続ける。

 凛とした佇まいとは裏腹に割とおしゃべりなようだ。


「私はあなたと最初に会ったとき、あなたの健闘に心が震えた。」

「たった十秒も持たなかったのに?」

「耐えた時間は問題じゃない。

 拳には拳を。

 その精神が私には新鮮だが懐かしい物だった。

 私が家を出て、昨日までの私の居場所には、私が父に学んだような心持で挑んでくるものなど一人もいなかった。

 拳には刀を、刀には銃を。

 そんな場所よりあなたのような部下が育つ奏の元に付いた方が、私にとっても有意義なのだ。」


 実を言うと武士道からなどではなく、組織の特性上、徒手格闘がベストだと考えたからと言うだけであったが、訂正すると面倒そうだったので彩音は黙っておいた。


「彩音です。」

「はい?」

「私の名前は彩音です。

『あなた』や『貴様』と呼ばれていては識別ができません。

 あなたは年齢が私より上なので、不本意ですが『彩音』と呼び捨てで呼んでください。」

「は、はあ~。」

 董華の隣に座って、話をして、彩音の董華に対する認識は少しだけ変わった。

 それでも、一度決めた『監視』の仕事は続けよう、とやはり思う。

 自分から起こした行動で、無駄になることなんて一つもないはずだから。


バトルが無いよ……。

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