13話 仮の解決③
知らないうちに四週間が経過していました。ごめんなさい。
おかしいな~。←おい!
荷物を整えたguilty silenceの面々は、話し合いを解散した十分後にはホテルのロビーに降りてきていた。
全員分のチェックアウトをしていた奏が戻ってきて、自動扉の隣には六人の人間と五つの巨大な荷物で構成された集団ができあがった。
「よし、そろったな。
現時点を以って京都での作戦を終了、名古屋支部に帰投する。分隊前へ!」
「ちょっと待ってください!」
テンションが無駄に高い奏に辟易としていたメンバー足を止めたのは彩音の声。
「ちょっとだけ、いいですか?」
その問いに全員がコクコクと首を縦に振って肯定する。
「先程は口答えしたり、突然部屋を飛び出したりして、すいませんでした!」
彩音は腰から体を折って、深いお辞儀をする。
内容もさることながら、声が大きかったため、ロビーにいた人のほとんどが驚いて彩音の方に振り向いた。
平然としているのは奏と小鳩だけ。
その奏が苦笑を浮かべながら口に人差し指を当てて、小声で『し~』と言うと、彩音はハッ!と我に返って、ロビーの方に向かってさっきと同じお辞儀を何度も繰り返している。
「言いたかったのは謝ることだけかな?」
内容だけ見ると冷たく見える奏の言葉。
しかしその柔らかい口調からは『まだ言いたいことがあるだろ?』と言う思いがうかがい知れる。
「あ!まだです。
あの、一つだけお願いしたいことがあって。」
「なになに、言ってみ~。」
なぜか嬉しそうな奏の言葉に押されて、『自分がやるべきこと』をやるための行動をする。
「私に片桐さんの面倒を見させてもらえませんか?
彼女はJSPについて何も知らないだろうし、誰かがそばについていた方がいいと思うんですよ!」
『ん~、今誰か私の名を呼んだか?フムム……。』と寝ぼけている董華をよそに、奏は満足そうに答える。
「うんうん。
よし、じゃあ董華のことは全部彩音に任せた!」
「え!でも、片桐さんは彩音ちゃんの……」
「実は上から、誰か一人監視役を付けるようにって言われてたんだよね。」
「え、さっきはそんなこと一言も――」
「これで京都でやらなきゃいけないことは無くなった。
総員撤退!」
「さっきは『分隊前進』って言ってたのに今度は『総員撤退』ですか?
先輩、単にそれっぽいセリフが言いたいだけじゃ――」
「裏口から出るぞ~。忘れものとかするなよ。」
完全に無視される刃弦である。
どうやら、自分に都合の悪いことは聞こえなくなる軍用ヘッドセットを奏は付けているらしい。
ちなみに、本物がカットするのは銃声だ。
「奏、俺らなんで裏口から出るんだ?」
その裏口と言うのは非常口として造られたもののようで、使われている形跡は全くない。
「さっき言った、僕らが急いで名古屋に引き上げなきゃいけなくなった理由を覚えてるか?
それから考えればわかることだ。
――あれだよ、あれ。」
奏が前を向いたまま親指で指した正面入り口には、ワゴン車から降りてきている五人組がいて――
「あれ、京都支部の連中じゃね~か!?」
全員が建物から出て、後ろで非常口とかれた扉が閉まる。
最後に見えたのは、イラつきながらフロントで何かを訪ねている京都支部リーダー、石田の姿だった。
「ハハハッこりゃ傑作だな!見たか?あの顔!」
「全然面白くないよ!絶対後から怒られるからね!」
心底愉快そうに笑う弓弦の背中をポカポカと刃弦が殴りつけるものの、鍛え抜かれた弓弦の体には効いていないようだ。
その時、いまだに寝ぼけている(と言うか寝ながら歩いている)董華を押しながら歩いている彩音が申し訳なさそうな声を上げる。
「あの、私何が何だか……。」
さっきと言う時に、部屋にいなかった彼女にはさっき言ったことなど知る由もないのだ。
「あ~、ごめんごめん。
そうだったね。本当は座ってゆっくり話してあげたいところだけど、あまり時間がないみたいだから、今回のことを歩きながら話そう。」
タクシーを使うほどの距離でもないので、一行は京都駅へ徒歩で向かう。
先頭を歩いていた奏は、彩音の所まで下がってきて話し始める。
「さすがに定時連絡に出なかった時は焦ったんだ
よ。
頭より先に体が動いちゃう感じ?」
その言葉に怪訝な顔で振り返ったのは、二人の前を歩いていた弓弦と刃弦の二人だ。
「お前、『体が勝手に……』は無いだろ~よ。」
「ほんとですよ。
京都支部が出した指示『些細な事でも連絡』を無視。
JSP所有車両の無断使用。
車両のカムフラージュ不足、並びに破損。
数えきれない道路交通法違反。
単独突入という危険行為。
極めつけは制圧後もターゲットの身柄の引き渡しを拒否。
まったく、誰が大量の始末書を書かされると思ってるんですか?
むしろ京都支部に同情したいくらいですよ。」
「面目次第もございません。……」
刃弦の言葉は奏を申し訳なさそうに俯かせたが、彩音にとっては胸を熱くさせるものだった。
それは、単純に奏がやらかした禁則事項を羅列しただけのものだが、奏がどのようにして彩音のもとに駆けつけ、どのようにして彼女を危機から救いだしたのかは十分にくみ取れるものだった。
(奏先輩が優しくて、仲間を大切にしているのはわかっていたけど……なんだか嬉しいかも。)
刃弦は、『はあ~』というため息と、前置きが混ざったような言葉を吐き、ふっと表情を緩める。
「唯一賞賛できることがあるとすれば、彩音ちゃんを無傷で連れ帰ってきたことかな。」
ポンッと彩音の肩を叩いて刃弦は弓弦の元に戻っていく。
弓弦は弓弦で半分ほど振り返ってウインクなんかを寄越してくる。
念のため小鳩の方も見ておくと、チラッとだけ彩音の方を見てすぐに逸らしていた。
そんなまちまちの反応、気を配ってくれる温かい表情を見て、彩音は『ようやく仲間の元に帰ってきた』と言う感じがしたのだった。
「ふふ、嬉しそうな顔だ。」
「ふぇ!?」
彩音の顔が恥ずかしさで赤く染めた理由は二つ。
緩み切った表情を見られてしまったことと、奏が素早く顔を近づけてきたことだ。
「な、なんですか、突然!?」
「なんですか、ときたか……。」
奏は少し困った顔をしながらも、真面目な顔で答えた。
「自分が守ったものの重さを確かめてた、かな?」
「それはどういう……?」
彼の顔を見て、彩音も少しだけ気を引き締めて聞く。
「う~ん。今はまだわからないかな~。
いつか彩音にもわかる日が来るよ、多分そう遠くはない話。」
「守ったものの重さ、ですか……。」
「ああ、重さだ。
――お、無事京都駅に着いたな。
クククッ、今頃彼らは空部屋に突入かけて、ひっくり返ってるだろうな~。フフ」
奏の含み笑いにいち早く反応したのは、こういう類の話題が好きな弓弦で
「おいおい、一人で面白そうな事やってんじゃね~よ。
何やってきたんだ?」
と、二ヒヒッといった感じの邪悪な笑みを浮かべて奏ににじり寄ってくる。
「新幹線に乗ったら教えてやるよ。」
「よし!じゃあ急いで新幹線に乗ろう!
ダッシュだ刃弦!」
「え!?なんで走るの!
ひ、引っぱるなよ。――わ!?」
こけた後もズルズルと引きずって行かれる刃弦の姿に、奏と彩音は笑わずにはいられなかった。
***
「石田さん。
この階の宿泊客を全員外出させました。
多少なら音が出ても大丈夫でしょう。」
「ご苦労。
605号室に突入する。
使用するのは閃光手榴弾M84と威嚇用の拳銃だ。
部屋にいた者は全員拘束しろ!耳栓を忘れるな!」
「「「「了解!!」」」」
「俺の後に続け!」
五人は足音を忍ばせ、605号室の前まで移動し、一人が鍵、一人M84、残りがアタッカーで|Beretta M92Fs《拳銃》を手に配置に付く。
アタッカーの先頭に位置する石田が指でカウントをする。
(((((3・2・1・GO!)))))
彼の手が振り下ろされると同時に鍵が差し込まれ、わずかに開いた隙間から一人がM84を投げ込む。
耳栓をしていても耳が痛くなりそうなM84の炸裂音が聞こえた瞬間、石田が残りの二人を連れて部屋に突入する。
(ざまあみろ!
俺の命令に背くから、こういうことになる。
せいぜいおとなしく縄に付くことだな!)
石田がM84による約100万カンデラ以上の閃光と約180デシベルの炸裂音でのた打ち回る奏達の姿を見るためにトイレなどがある通路を抜けようとした、まさにその時――
バフンッ!!
M84とは似ても似つかない低い炸裂音と軽い衝撃が石田を襲い、彼を床に転ばせる。
同時にカラフルな紙吹雪が部屋中を舞い飛ぶ。
「こ、これは……。」
腰が抜けてしまった石田の目線の先には、オリーブドラブに塗装された長方形の箱が口を開けて二本の足で立っていた。
「指向性対人地雷ですね……。」
隣に来た部下が冷や汗交じりに言い放つ。
クレイモアと言うものは本来、正面に来たものに約700もの鉄球を浴びせる必殺の殺人兵器である。
しかし、今回の物は紙吹雪が入れられ、炸薬も減らしてあったようだ。
「石田さんこれを!奥の机に置いてありました。」
もう一人のアタッカーが手につかんでいた物は二枚の置手紙だ。
そこにはこう書いてあった。
『ターゲットの身柄は名古屋支部が引き受けます。撤退命令はお任せしました。
追伸 一つプレゼントです』
もう一枚の紙は『片桐董華』についての資料だった。
それを見た石田は小さな声で吐き捨てることしかできない。
「――クソッ!」
次回も気長にお待ちいただけると幸いです。




