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クローズコンクリフト  作者: 弓雲
第二章 名家の堕ちた刃
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9話 手を取る理由

お久しぶりです。

待っててくれた方には感謝の限りです!!

 倉庫の中は相変わらず静かだ。しかし沈黙ではない。

 少し低めだが、女性らしいきれいで透き通った声が聞こえてくる。

 叫んだりしているわけではないのに倉庫の隅々まで響き渡ってしまう。

 そんな声の持ち主、片桐董華は日本刀の扱いを得意とする暗殺者だった。

 隣に座っている柚留木奏に戦闘で負けてしまうまでは……。


(本当にきれいな声だな……。

 暗殺なんかやめて歌手になればいいのに。)


 奏がそう思ったのは単純に声が綺麗(・・)だった(・・・)からではなく、その声には中身(・・)があったからだ。

 まるで名俳優かの如く、声の端々から感情を読み取ることができるのだ。

 それだけ本気で語っているという事がビシビシと伝わってくる。

 彼女が語るのは『この仕事を始めた理由(己が戦う理由)』。

 奏の質問に律儀に答えている。

 今日出会ったばかりの赤の他人()に対して、そんな話をするなど、普通は理解しがたいことだろう。

 しかし、例外というものは存在するもので、董華は奏と話すことを最優先にしたのだった。



「まあ、教えて欲しいなら教えてやらんこともないぞ。」


 そうやってふてくされているのか照れているのかよくわからない顔で董華は自分の過去を話し始める。


「片桐流の名を知っているならば既知のことやもしれんが、私の家はとても古くからある大地主だ。

 金も権力も有り余るほど手に入れていた。

 だからと言って、決して驕ることなく町の人々にはとても慈悲深い心で接していた。

 その行いから多くの人々に深い信頼と大きな期待を寄せられていた。

 江戸時代後期のこと。片桐家が多く土地を所有していた町では、鍛冶や漆器などの工業が盛んに行われるようになった。

 それらは町に多大な利益をもたらし、景気はまさに順風満帆。

 だが、光射すところに影ありとはよく言ったもので、ある時町の外からやってきた盗賊まがいの集団によって一気に治安が悪化した。

 強盗や窃盗の横行に耐え切れなくなった人々が頼りにしたのが当時の片桐家当主、片桐稲三郎だった。

 彼はすぐに対策を考えた。

 外部から武術に長けた者を雇って治安活動にあたらせれば済む話だが、そうはしなかった。

 もしも、雇った人間に寝返られたら、なすすべがなくなってしまうからだ。

『部外者は信じられない』という事だな。

 だから彼は――


 自分を強くした。


 それが片桐流の始まり。

 侍のように目立つことはなく、忍者のように卑怯な手は使わない。

 表と裏の顔を使い分け、悪を打ち破るのが片桐家であり、片桐流だ。」

「で?なんでその正義の味方である片桐家の御息女である君がこんな(暗殺者)仕事をしているんだ?」


 奏は董華の話にまったく驚くことなく、少し怒りのこもった声で先を促す。


「一年前、父が怪我をした。

 怪我と言っても右腕の肘から下を無くす大怪我だ。

 父はそのことについて全く教えてくれなかったが、戦闘の際中に相手に切り落とされたのは明らかだった。」


 そこで董華は強く歯ぎしりをする。


「もちろんそんな傷を負っては、以前のように戦うことなど不可能。

 その日から父は一日中家にいて、刀にも触らなくなった。

 私が大好きだった溢れんばかりの威厳をまとい、ひとたび紅時雨を握れば誰にも傷一つ付けられない片桐流統領だった父はいなくなり、ただ優しいだけの片桐家当主に成り下がってしまった。

 だから私は探した。

 父の右腕を、片桐家の名を傷つけた愚か者を。

 そのためには都合がよかったのだよ。

 その時必要だった《強さ》とその愚か者を探すための《環境》が同時に手に入る暗殺者とういう仕事は……。」


 まるで長年抱き続けてきた復讐の感情を確かめるようにこぶしを握り締める董華のことは見もせずに、奏はぼそりとつぶやく。


「ご先祖様が泣くね。」

「貴様ッ!

 ……わかってる、わかってはいるさ。

 仕事を受けるたびに考えた。

 だが、それに勝る憎しみの感情があったからこそ、家を出てまでこの仕事に就いたのだ。」


「それだけじゃない、刀もだ。

 多分この紅時雨は初めから意味を持ってこの世に生まれてきた刀だ。

 道具とは想定された目的通りに使わなければ本来の力は発揮できないものだろ?」

「それはそうだが、刀の持つ意味はまた別の話ではないか?非科学的だ。」

「由緒正しい家で育った割には現実的なことを言うな。

 でも、職人が作ったものに魂が宿るのは必然なんだ。」


 その言葉を聞いた董華は奏の膝の上に置かれている己の刀を見つめる。

 まるで『そうなのか?』と問いかけているかのように。


「この刀は人を守るための刀だ。でも片桐さんは何のためにコイツ(紅時雨)を振るった?」

「……父の仇を取るためだ。」


 奏は一つ頷くとこんなことを言う。


「人は敵を千人殺めた者を英雄と呼ぶ。

 だけど一人の本当に大切な人を守り抜ける人こそ英雄じゃないかと僕は思う。」

「何が言いたいのだ?」


 奏の言葉に首を傾げ、眉を寄せる董華。


「英雄は言い過ぎかもしれないけど、特定した何かを守りたいと強く思った生物(ヒト)は例外なく強い。

 復讐心なんかよりずっと……。」

「ならば問うが、貴様は何かを守りたくて戦っているのか?それはなんだ?」

「表向きは日本区国民の平和。

 でもターゲットが大きすぎるとわかりにくくなるから同じチームのメンバーの命を守ることを目標にして戦っている。

 まあ、今回は危うかったけどね……。」


 ずっと虚空を見つめていた眼を動かして、いまだに目を覚まさない彩音に向ける。


「片桐さんは何か守りたいものとかない?

 今思いついたものでもいいから。」

「決まっている。

 唯一私が慕い、私を慕ってくれた存在。

 家族の他にあるまい。

 向こうがどう思っているかはわからないが……。」

「お前が強くなりきれない理由はそこじゃないのか?

 守りたいものがあるくせに、壊すためだけに武器を取る。

 その矛盾に無意識で迷いが生じてたんじゃないか?」

「…………。」


 董華は奏の言ったことについて真剣に考える。


(言いたいことはわからんでもない。

 しかし、たったそれだけ()の違いで、この男と私の強さの差を説明できるというのか?

 本当かどうか試してみたい……。)


 されど董華はすでに敗者の身。

 武器はもちろん取り上げられているし、武人として潔く負けを認めた相手に再び切りかかるわけにはいかない。


「まあ、今頃知ったところでしょうがなかったな。

 時間を取らせてすまなかったな。

 ほら……。」


 彼女は両手首をそろえて、奏の方に突き出す。

 しかし、奏はその手に目も向けず董華の正面に立ち、視線を合わせる。


「手錠はかけない。

 本気で守りたいものがあるなら、もう一度チャンスを作ってやる。」


 奏、は豆鉄砲をくらった鳩のような顔をして自分を見上げる董華に向けて右手を差し出す。


「僕の元に来い。

 人を守る(すべ)と言うものを教えてやる。」


 もちろん、董華にその手を握らない理由は見つけられなかった。


これからの投稿ですが。

部活を引退したにも関わらず、最近多忙でして……。

あと、改訂版やキャラクター個別の設定表を作ったりしているので、2週間に一回の更新に変更させていただきます。

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