7話 董華の相手②
今回も1日遅れになってしまい、申し訳ありません。
十メートル先で柚留木奏と言う少年は躊躇なく銃口を向けてくる。
それに対し董華は立ち止まったまま日本刀を前に突き出す。
父親から受け継いだ刀、紅時雨。
そりは浅く、75センチという女性が持つにはいささか長すぎる刀身には、鮮やかな波紋が浮んでいる。
「レディーファーストだと返したいところだけど、確かめたいことがあるからこちらから行かせてもらうよ。」
そう言うと彼は間髪入れずにトリガーを引いた。
銃口は間違いなく董華の胸に定まっていた。
それにもかかわらず弾丸が董華の体に到達することはなく、少し後ろの方天井で跳ね返って大きな音を立てるのみだ。
実際のところは、斜めにした刀の側面で弾を跳弾させ、弾を斜め上に逸らしたのだ。
飛んでくる弾ではなく、銃口に刀の高さを追従させればできなくもないのだが、常人の身体能力ではまず無理であろう。
「近代の片桐流は銃弾まで防げるのか。
銃を主な兵装とする僕らにとってはたまったもんじゃないね。」
少年は一発撃っただけで再びのんきに話し始める。
しかし、董華は彼の性格を気に入り始めていたので、多少のお喋りには付き合うことにする。
「よく私の家の流派を知っていたな。
片桐流は片桐の血が通っている者だけで継承されてきた対人特化の戦闘術だ。
表の世界にいて入手できる情報ではない。」
「簡単だよ。
僕もそちら側の人間てだけだ。」
「なるほどな。
ならばもし任務中に死亡者が出ても、ニュースになることはなく警察が犯人を躍起になって探すこともないと。」
この場の空気だけでどちらが死んでもおかしくないことは容易に認識できる。
しかし、それをあえて言葉にして相手に付きつけることは立派な精神攻撃だ。
(まあ、私が面白いと思った人物にそんなちんけな思惑が効くとは思ってないがな。)
その董華の予想通り、少年の心は全くゆるがない。
「そんなことはその時になってから考えさせてもらうよ。
僕の確かめたいことは終わった。今度はそっちからどうぞ。」
「自分から隙を作るなんてずいぶんと余裕だな。
後になって後悔するなよ。」
そう言った董華は胸の前で構えていた紅時雨を右手で振り下ろし、陸上選手並みの瞬発力で棚などの後ろを通りながら、奏の右サイドに接近していく。
その間、彼も数発発砲するものの、体にはかすりもしない。
それこそが近代式片桐流の芯になっている部分だ。
一度狙いをつけて放たれてしまった弾丸は、遺伝子と幼少期からの厳しい鍛錬で鍛え上げられた驚異的な身体能力を持つ片桐家の人間でもかわしたりできるものではない。
『ならば相手の射線に入らなければいい』という考えから生まれたのが、今董華の使っている戦法だ。
全速で相手の側面に回り込みながら徐々に距離を詰める。
これで相手は弾を命中させる前に刀の餌食になるわけだ。
董華はそれに加え、障害物を飛びこす変則的な動きも混ぜるため、弾を命中させるのはさらに困難になっていた。
十メートル、九メートル、八メートル・・・、二人の距離はすぐに詰まっていく。
残りが五メートルになったところで彼女は進路を直角に曲げ、低い姿勢のまま奏に向かって一直線に突っ込んでいく。
紅時雨を両手で右の下段で構える。
残り一メートルで右にステップを踏んで再び射線を避けた後、奏が銃を持っているところ、手首を狙って下から上に切り上げる。
一撃目はバク転で見事にかわされてしまう。
しかし、着地する暇も与えずに董華は二撃目を繰り出す。
着地の姿勢を取っていた奏には決定的な隙が生じていた。
「もらった!」
タイミング的にかわすことは不可能な斬撃を再び手首へ向かって上段から振り下ろす。
体重を乗せた渾身の一撃は奏の手首に滑り込んでいく。
しかし刀を伝わって董華に届いた感触は、人を切った感触とは正反対のものだった。
ガキンッという音とともに伝わってきた固く重い衝撃が軽く手を痺れさせる。
奏から距離を取るために刀を振り抜くと、彼の手から落ちた何かが地面を滑っていく。
「これで刀を止めたのか。」
それは奏が持っていた拳銃だった。
よく見ると、ABS樹脂製のグリップが大きく削ぎ取られている。
避けるのは無理だと判断した彼は、手をずらして銃の側面で刀を受け止めたのだ。
しかし、董華のフルスイングを受けきることはできなったようで、手から銃を離してしまったのだ。
「私は必殺領域というものを宣言していてな、半径五メートル以内にいる相手は、例えどんな武器を持っていようとも私にはかなわない。
ましてや貴様は武器を飛ばされた。
さっさと降参して、上層部とやらを説得したらどうだ?」
銃は三メートル程離れた場所にある。
なおかつ今の攻撃の重さを考えると作動するかの確証は無い。
丸腰で日本刀に向かってくるほど馬鹿じゃないだろうと思いそう言った董華だったが、いささか早とちりだったようだ。
戦闘の間は真顔だった奏は、ここにきて突然笑みを浮かべる。
笑みといっても口がちょっと上がるくらいの微妙な笑みだが……。
「さすがの速さだな。
アイアンサイトのハンドガンじゃ中てられないや。」
「あいあんさいと?
言っとることはよくわからんが、降参するつもりはないようだな。
刀に対して素手で戦う気か?
そこまで馬鹿だったとはな。」
董華も奏と同じ笑みを浮かべる。
下げていた刀を再び両手で中段に構え直し、追撃の体制を整える。
「片手くらい落としてやれば負けを認めるかッ!」
自分が下がった距離を一瞬で詰める。
その間も動きを見せない、奏の考えはやっぱり董華にはわからない。
(なぜ、なぜ自分の命を脅かしてまで部下とはいえ他人のために戦えるのだ!?)
両手で刀を頭の上まで振り上げ、奏の右肩にまっすぐ振り下ろす。
完全に筋の通った一撃。
軌道、スピード、重さ、今まで学び鍛えてきたものをすべて紅時雨に乗せる。
切っ先が奏のこめかみの横を通過していく…。
キンッ
突然目の前で火花が散る。
再び刀に衝撃。
違うのは刀の動きが完全に止まっていること。
董華は驚きを隠せず、目を見開く。
片桐流の技術と筋力、百年を優に超す歴史を持ちながら刃こぼれ一つない紅時雨の刀身をもってすれば、並みの日本刀など根元からポッキリと折れてしまってもおかしくはないのだ。
少年はその一撃を董華の目の前で受け止めて見せた。
種も仕掛けもない自分の力だけで。
使ったのは刃渡り25センチの変わった形をした大型ナイフ一本。
背中に入れていた物を右手で引き抜き、逆手で紅時雨の軌道にねじ込んだようだ。
「武器は一つじゃないよ。君だってその刀の他にも脇差くらい持ってるだろ?」
「変わった刀だな。使われているのはダマスカス鋼か。」
二人はギリギリと鍔迫り合いをしたまま近距離で言葉を交わす。
「ダマスカス鋼を知っているのか。意外だな。」
「見くびるな。刀の知識は豊富、だッ!」
剣道で言う『引き面』の要領で、下がりながら奏の肩目掛けて刀を振るうが、当然のように片手持ちのナイフ一本にいなされてしまう。
董華は少しでも優位に立とうと、奏の持つナイフの弱点を考える。
ダマスカス鋼の起源は十世紀ごろにインドに有ったウーツ鋼。
十八世紀に生産が途絶えたが、研究によりおおよその再現は可能となっている。
異種の鋼材を層構造に形成することで生まれる木目の様な美しい模様と、粘り強い硬さが特徴。
そこまで思い出したが、弱点になるようなものは思いつかなかった。
その間にも時間は過ぎていく。奏はナイフを順手に持ち替えると、ボソッとつぶやく。
「50%だ。」
「は?」
理解できなかった董華の声に奏は再び口を開く。
「銃を使ってた時が50%の力、ナイフに変えてからが70%だ。
刀同士の方が対等な戦いが出来るだろ?」
「ッ!」
依頼された仕事中に、一撃でも自分の攻撃をかわせた者はいなかった。
それを初めて止めた少年は、手を抜いていると言うじゃないか。
(ふざけるな!そんな馬鹿げたことがあってたまるか!)
自分の努力を、人生を否定された気がした。
その瞬間、最初考えていたこの男の考えていることを知るというのは諦めた。
それどころか仕事でさえもどうでもいいと思えた。
ただただ目の前の男を追い詰めたい。
死の淵まで……。
「はああああッ!」
自分の思い、欲求だけを原動力に奏に肉薄する。
本来なら一撃必殺の攻撃を三連撃にして奏にぶつける。
しかし先ほどの二の前で、すべてナイフにはじかれてしまう。
(なにか、もっと、速いのは!?)
次々と刀を繰り出すがことごとく弾き返され、二人の間には無数の火花が光っては消えていく。
(コレが通らなかったらもう手の打ちようがないが、あれしかないッ!)
董華は最後の攻撃に出る。
一歩引いて体を低くする。
柄を横腹に付けるくらい引いてから、一気に切っ先を相手の喉に向けて突き上げる。
剣技の中でも屈指の速度と凶悪性を持つ『突き攻撃』だ。
「貫け!!」
次回まで董華視点です。
しばらく忙しいので、更新出来るか危ういです。
更新出来ない場合は活動報告にて、お知らせいたします。




