6話 董華の相手①
このパートは片桐さん側で進めていきます。
とある建物の中。
そこに人気はないが、あらゆるものが乱雑に置かれていた。
大きな木箱、本棚、ロッカー、通路を残して置かれている物には全く統一性がない。
その中の一つ、大きなオフィス用デスクに一人の少女が腰を下ろしていた。
名を片桐董華という彼女は、しかめっ面でスマートフォンのようなものを操作していた。
「ん~、これか?……違うな。
クソ!機械は嫌いだ。」
うんざりしながら画面を操作して進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返す。
苦労してようやく見つけ出したもの、それは着信履歴だった。
(これで一番多く連絡を取っている相手は、多分この子の所属している組織、もしくはチームのリーダーか通信士だろう。)
董華は自分でソファーに寝かせた少女と、彼女の所持品を見比べる。
(一見普通の少女に見えたが、まさか本当に銃を持っているとはな。)
董華が少女に出会ったのは、依頼の下見に町を歩いていた時だ。
いつまでも後ろについてくるので話しかけてみると、予想通り国側の尾行だったようなので、気絶させて自分の拠点まで運んできたのだ。
銃があるという言葉を董華は信じていなかったが、彼女のポシェットの中にはしっかりと拳銃が収められていた。
(だがそれも、こちらにはプラスだ。
それだけ国に影響力があるという事だろう。)
董華が操作していた端末は、彼女が話しかけたとき少女が持っていた物で、どこかしらにつながっているのは明らかだった。
そこで、そのどこかしらに部下の命と引き換えに、会議の中止か、この少女の他にもいるであろう部隊の即時撤退を要求しようという根端だった。
「柚留木奏。こいつか……。」
『多く連絡を取っている』どころか、着信履歴にはその人物の名前しかなかった。
董華はその番号を呼び出すと、リダイヤルのボタンを押してしまう。
電話をすれば、逆探知で位置を知られ、録音で声を覚えられる。
それを知りながら、彼女には何の迷いもなかった。
そこには、日本で政治家や国の要人を銃片手に守っている奴等なんかに接近戦闘で負けることなどありえないという絶対の自信があった。
「もしもし。」
電話がつながり、柚留木奏のものであろう少年の声が聞こえてくると、董華は満足げに鼻を鳴らしてから若干低めのトーンで話を始める。
「柚留木奏だな。」
「そうだ。」
「どうもはじめまして。
私は今お前たちが必死で追いかけている人物だ。」
見えない相手に董華は一人、お辞儀をする。
「お前のお仲間を一人預からせてもらっている。」
「そのようだな。」
電話の向こうの相手はこの状況が理解できているのか、まったく慌てるような素振りは見せない。
「なら話が早い。
彼女を解放してほしかったら、お前の属する組織の最高責任者と話させろ。」
「何を要求するつもりだ。」
「会議の中止、もしくは部隊の即時撤退。
仕事は楽に越したことはない。」
「なるほど合理的だ。」
電話の相手はそこで言葉を区切る。
董華はこれまでも一人で組織を相手にするという依頼を何件もこなしてきた。
「でも君の所にいるのは僕直属の部下でね、組織の前に僕の腹の虫が治まらないんだよね。」
だから、自分側の世界で組織というものに身を置いている者の考えることなど手に取るようにわかった。わかるはずだった。
「だから君と勝負がしたい。」
でも、彼が放った言葉は董華にとって理解不能以外の何物でもなかった。
「君が勝ったら、僕が上層部に会議を中止するよう進言しよう。」
董華は、今まで一人で戦ってきた。
自分のレベルについてこれる者はいなかったし、一緒に戦った者を見捨てたり、見捨てられたりするのは後味が悪い。
ましてや、死なれてしまったりしたら言うまでもないだろう。
「僕が勝ったらその子を解放しろ。」
この男は組織の損得関係なしに、一人の部下のために戦うと言う。
「おもしろい……。」
心底そう思った。自分が今まで出会ったことのない思考だ。
知りたいと思った。
だから、戦って知ろうと考えた。
彼女はそれしか知らなかったから……。
「いいだろう。一騎打ちだ。
だが仲間を連れて来たり、あまりに遅い場合はこいつを切らせてもらう。」
「前者は僕を信用してくれとしか言いようがない。」
そこでスピーカーから『プツッ』というノイズが聞こえてきた。
通話が切れたのだ。
董華は首を傾げて黙るが、声が途切れることはなかった。
「後者の心配は不要だ。
可愛い部下に手を出してくれたお相手さんを待たせるようなことはしないさ。」
その声とともに耳に入ってきたわざとらしい足音に董華は顔を上げる。
そこには薄暗い物陰からゆっくりと歩みを進めてくる少年がいて……
「僕の名前は柚留木奏だ。あらためてよろしく、片桐董華さん。」
そう名乗っているからには、間違いなく先ほどまで自分が電話で話していた相手なのだと董華は認識する。
「場所も名前も特定済み、さすがは国の犬ってところだな。」
董華は皮肉たっぷりに言い放つ。
「だが最後に勝負を決するのは己の武力の高さだ。」
董華は座っていたデスクの上から、竹刀袋をつかんで立ち上がる。
「さあ、武器をとれ。そしてお前の強さを私に見せろ。」
左手で竹刀袋を横に放り捨てる。
右手に残ったのは一振りの日本刀。
柄糸や鍔などのほとんどは黒だが、鞘だけが赤色をしていて存在感を放っている。
この刀が作られた当初、鞘の赤は赤漆できれいな朱色だった。
しかし、今は茜色に色を変えていた。
漆は使うとともに色を変えていくというので、この刀がどれだけの年月を越えてきたのかは想像もつかない。
その刀を一瞥したのち、少年も己の武器を取り出す。
銃に詳しくない董華には拳銃としか認識できないそれの側面にはSIG SAUER P226と刻印がされている。
彼は銃をカシャンという音を立てながら操作し、さらに細長い筒のようなものをポケットから出し、拳銃の先端に装着する。
二人の目が合う。
「いざ!」
自分の掛け声とともに董華は鞘を投げ捨てて、横向きに空を切る。
そして、余裕の表情で後攻を宣言する。
「どこからでも来い!」
次回こそ確実にバトルパート!