逃避、自滅、圧力
「一年間……その、お疲れ」
「「……オ「ッオ「「「オス」ス」ス……」」」」
鳥問高校野球部主将は酷く尻すぼみに言い放った。
監督の一言に反射的に口を突いて出た結果がこれである。部員たちも一呼吸遅れの不揃いな「オス」を返す。
不自然な間がほんの少しばかり空いた後に主将が続ける。
「練習だったり試合だったり、一年間皆で一緒に頑張ってきた。けど高校を卒業したら皆色々な道を進むだろう。それっきり二度と会うことがないヤツがいるかもしれない。それで皆は別々の所でまた新しい出会いがあって新しい仲間ができると思う。そして、そいつらと一緒に一つの目標に向かっていくことになるだろうと思う。そんな時にはこの一年間を思い出してほしい。この一年間皆でやってきたことを思い出して行動すればきっとうまくいく。この一年間はいつか来るそんな時のためのすごく大きな糧に絶対なる。だからたとえ明日からの大会で負けたからと言って悲しむ必要なんてない。悔やむ必要なんてない。そんなのは、一切必要ない。この一年間の経験は死ぬまで生きていくということを信じ抜くことができれば、俺たちは絶対に大丈夫だ。」
主将の明日への抱負としては満点の挨拶に落胆する鳥問高校部員たち。中には半ば八つ当たりに口に出さずと明確に憤りを表わす者さえいた。
確かに明日の大会には高校三年間の全てがかかっていて、その日に向けて気持ちを昂ぶらせるということは非常に重要なことである。
しかし、部員共々表現は様々違えど思っていることは、ただひとつ。
そうじゃねぇだろ。
強いチームを目指して共に切磋琢磨しつつも監督の方針と正面から衝突し、去って行った部員たちのこと。なによりその原因となった要因について触れられていない。
他ならぬ主将自身が同じことを考えているのだ、鳥問高校野球部員たちのそういった思いは言葉として表現されずとも自然とわかる。わかりすぎている以上言葉で伝えられるよりも痛烈に伝わる。自分で言っておいて何だが『この一年間皆でやってきたことを思い出して行動すれば』一体何になるというのだろうか。
主将は自身の発言を顧みつつ次の言葉を続けようとする。彼のそんな些細な一挙手一投足にすら部員たちは息を飲む。
「所で監督……」
「うむ? どうした?」
”ついにあのことについて触れてくれるのか”と、期待の奔流は勢いを増す。”来るか? 来るか?”と感情が前のめりになる部員たち。
「……俺たちがこうやって一年間やってこれたのは父兄の皆さん、そして…………、監督ノおかゲでス」
完膚なきまでに墓穴を掘った。主将自身喋っているそばから目が泳いでいるという自覚があった。
主将の立場は更に悪化した。部員たちが憤慨するのは至極もっともな話である。よりによってそういうことを言うか。部員たちにもそれが形式ばったものだとは分かっているが、こと監督のみに限って言うと、それは余りにも現実との乖離が激しく、最早皮肉にすらなっていない。
「俺たちもお前らが見違えるほど立派に成長していく姿をみることができてこの一年間は本当に充実して過ごすことができた」
どうやら監督は本気でそう思っているようだ。そして、言い終わると彼は続きを促すでもなく口を閉じたまま、ただただ主将が次に何を言うのかと感慨深げにしている。
彼のその満足そうな態度で部員たちとの温度差が更に広がってしまったようだ。
寒と暖の狭間に立たされ板挟みの主将。疑惑は募るばかりだがいざそれを口にするにはどうしても恐怖といって差し支えない感情が付きまとう。
練習内容。
これまで幾度となく監督が提示した練習の意義について尋ねたのだが、監督は一切それには答えない。それだけならばまだいいのだが、普段はふてぶてしくはあるが温厚な彼が、なぜかこの時だけはあからさまに機嫌を損ねるのだ。
今残っている部員は彼が放つオーラに圧倒され質問を諦めたか、もしくは初めから尋ねることができなかったかのどちらかにもれなく分類される。監督に屈することなく何としても理由を聞き出そうとした者もいたが、そういった面々は遅かれ早かれ皆部を去って行った。
――――言えよ。
先程の主将の発言を受けて風向きが一気に変わった。野球部員ほぼ全員が同じ感情を芽生えさせた。そのベクトルは寸分の狂いもなく統一されていたため、その風当たりは非常に強くなる。




