クレイジーなお嬢様(笑)
ようやく雑務から解放されたオレは、嫌になりながらも帰り支度をしていた。
「どんだけ仕事押し付けてるんだよ、まったく・・・」
そりゃ愚痴の一つも言いたくなるってもんだ。
「さ、帰ってとっとと寝よ」
肉体労働に全身が、いや脳が悲鳴を上げている。迅速に休息を与えなければ、オレの脳がメルトダウンしてしまう。あれ?メルトダウンってそういう意味でよかったっけ。
「ちょっと」
いや、まてよ?今日ってなんかテレビやってたかな?ありゃ明日だったっけか・・・。
「そこの貴方」
うーむ、どうも曜日感覚がおかしい。だらけすぎなんだろうか?
「聞いているの!?」
バシンッ!と足元で破裂音のようなものがした。破裂音っていうか、なんだ、あの風船が割れたような、バンッ!とバシンッ!の間みたいな音だ。
もちろん、反射的に後ろに飛んでみたりしてるわけなんだけど。
「な、なんだぁ!?」
人が考え事してる時に何してくれちゃってんの?心優しいオレでも、意味もわからずに攻撃されたら、流石に文句の一つも出ちゃうよ?
「考え事してる人間にいきなりなんてことしやがる!」
「わたくしが呼びかけてやってるというのに無視するからですわ」
「・・・?はい?」
「ですから───」
「いやいや、待て待て」
何なの?この女今なんて言った?いや誰も言葉の意味がわからない訳じゃねぇよ。復唱も求めてねぇ。
自分が無視されたからって普通、いきなり攻撃なんかしねぇだろ?そういうことだよ。
そうかわかった!コイツ───
「お前アホな子だろ!!」
バシンッバシンッ!
あー、この音って鞭が地面叩いてる音だったのかー・・・って言ってる場合か!!
今度は頭に当たるかと思った!つか確実に狙ってきやがったな!?
「・・・誰が、なんですって?」
「いや、まぁなんだ。それは言い過ぎた。悪かったよ。で、オレになんか用か?」
これ以上やられて、そっちの趣味に目覚めちまったら堪ったもんじゃない。橙にどんな顔されるかもわからないしな。
・・・きっと哀れむような顔するんだろうなぁ。うぅ、なんか背筋がゾクッとしちまった。
「巫山戯ないで頂戴。貴方、わたくしが誰だか解っているのかしら?」
「オレの知ってるヤツに、いきなり自分が無視されたからって攻撃してくるようなクレイジーなヤツはいない」
・・・・ハッ!また思ったことがストレートに!オレって本当に純粋な心の持ち主だなぁ。
「貴方、本当に巫山戯ているの?この黄嶋綾に言葉を掛けられることが、どれだけ光栄なことかをその身体に躾ないといけないかしら」
ならそんな光栄なことはなくてもいいからとっとと帰らせろ。
・・・とは言えず、唖然としているオレ。きっと|('A`)(こんな)顔をしてることだろう。
だってなぁ・・・・。もう言葉がねぇよ。面倒くさいし。コイツ自体が。
「せっんぱーい!一緒に帰りましょー・・・って」
そこに現れたのは九十九橙。
このタイミングで現れたコイツが天使となるか、悪魔となるか・・・基本スペックとして悪魔率が九割を超えてるところがミソだ。
レートが大幅に開いたこの二択。果たしてどっちに命を掛けるのが利口なのか。
と言っても選択肢は一つしかない。
そして結果は───
「これはこれは。またレアな組み合わせですねー。綾さんは、何してるんですか?」
「あぁ、橙。わたくし、貴女と帰る約束なんてしていたかしら?」
第一段階、話の対象がオレでなくなる。
橙の天使度が上がった!
「はぇ?」
「貴女さっき言ったでしょう?一緒に帰りましょうと」
「えーっと・・・・あぁ!」
わざとらしく手を打ってみせる橙。指導室の時もそうだったけど、本当に学校じゃ猫被っていやがんなぁ。
「あはは、どうして綾さんなんかと一緒に帰らないといけないんですか?嫌ですよ。死んでも。あははっ」
橙の天使度が───って、うわああああああああああああああ!!なんか露骨に毒づきやがった!!なんなんだよ?!どうした橙!!壊れたのか?笑い声が乾いてるんだよ!!
天使だとか悪魔だとか言ってる場合じゃねぇよ!橙!帰ってこい!!
「・・・・。そう。では、さっき貴女が言っていた相手はもう此処には居ないのね?」
・・・・え?
そしてお前もどうしてそうなる。流れ的にオレだろ。いや、初めからオレだってわかるだろ。万が一先に自分を考えたとしてもその次だったら間違いなくオレだろ。
九十九橙の言動や脳内は、オレの教育が悪かったとして、この黄嶋綾と名乗った女の頭はどうなってんだ?
あれか?虫でも飼ってるのか?それとも遥か彼方を遊泳中?
どっちにしたってヤバいことこの上ないな。
「綾さん・・・わたしが言うのもなんですけど、あなたって本っっっ当に残念な思考をしてますね。まーわたしには関係ない話ですけど」
全く会話についていけん。所々毒を吐く橙しかり、それをものともしない黄嶋しかり。
まるでオレの知らない言語で会話してるみたいだぞ。
「待ちなさい橙。貴女の言っている言葉の意味が解らないわ」
確かにオレは自分が渦中に居なければいいと思ったが、こりゃいささか状況が芳しくないな。
だからといって止める術も気力もないんだけど。
「話してるだけ時間の無駄なんですよ。綾さんには理解なんて出来ないでしょうからね」
クスクスと笑っている橙はやっぱり可愛い。だけど、その裏に潜む、悪意というかなんというかがオレは怖いよ。
「まぁ、ヒントくらいはあげます。その一、ここに先輩は何人?」
「一人」
はいアウトー。お前高校生クイズ初戦敗退レベルだな。オレよりひでぇ。
「もう帰っていいですか?あなたと話してると日が沈みます」
そうだな。もう日は暮れてるもんな。
突っ込みたいことはたくさんあるが、あえて触れないでおくことこそが優しさなんだろうか。
「橙?まさかとは思うのだけれど、貴女が言っていた先輩というのはここにいる犬のことかしら?」
ははは、犬って。校内にそんなのがいるわけないだろ?しかし奇妙なこともあるもんだ。オレの後ろには、そんなのいないぞ?なのになんでこっちを指差してんだ。
「はい。その通りです」
肯定すんじゃねぇえええええええええ!その犬がオレだって自覚したくなかったんだよ!察しろよ!キャンユーリードエアー?・・・それは違うか。
「先輩は先輩で、わたしの大切な人です」
だーかーらー。学校で誤解を招くような発言すんなっつーの。なんなの?オレを虐めてそんなに楽しいの?
「お・・・っ」
ぐあー恥ずかしい。誰か殺してくれ───って、お?お、ってなんだ?
「男なんて絶滅すればいいのだわ!!」
うお、なんか凄いことをのたまったよ?この人。そうかなるほど。コイツそっち方向の趣味があるんだ。納得。
「・・・・・。貴方、名前は?」
「え?黒田だけど」
「そう、黒田。覚えたわ。交流戦、楽しみにしていなさい。そこで貴方が犬であって然るべきだということを認識させて差し上げますわ」
・・・・翻訳頼むわ、マジで。
「先輩が負けたら綾さんの下僕、かぁ。ちなみに、綾さんが負けたらどうするんですか?」
え、いや、別にオレ何もしていらないんだけど。
「このわたくしが負けると思って?」
「一応ですよ。万が一ってことで」
「万に一つも───」
「あーもう。億に一つでも兆に一つでも、仮に綾さんが負けたらの仮定でお願いします」
今「あーもう」って言った後に小さく「コイツほんとウザい」って言ったよな!?気持ちは察するが、お前にそんな言葉使ってほしくないんだけど!!
「仮にわたくしが負けるようなことがあるなら・・・・そうね、わたくしが一生伴侶として付き従って差し上げますわ」
はんりょ・・・・?ハンリョってあの伴侶か!?いやいや!
「お前みたいなの嫁にいらねー!!」
マジでコイツ何言ってんだよ!?恋愛すら理解してないオレに付き従うとか・・・・ってそういうことじゃねええええええええ!!
「まぁ、それでいいんじゃないです?面白そうだし。要するに一生逆らわずに傍に居るってことなんですよ」
面白そう!?面白そうってなんだよ!!しかもお前またあの笑顔を浮かべてるじゃねぇか!
やっぱりお前は・・・・!!
「じゃあ、これで話はお終いですね。わたし達はこれで帰りますので。どうぞ一人で寂しくお帰りください。あ、わかってると思いますけど、お帰りはあちらですよ?」
オレの腕を取って、引きずるように教室を出て行く。指を差した方向は、オレ達の進路とは逆方向だった。
・・・・・なんかどっと疲れた。後になって聞いた話なんだけど、黄嶋は豊色学園最大のスポンサーの一人娘で、所謂お嬢様というやつらしい。そんなのがこの学園にいるなんて。本当に変わり者が多いとこだなここは・・・。




