どうしてこうなった
昼休み。それは全校生徒の憩いのひと時。一般生徒であるオレもその例に漏れず、至福のときを迎えている───はずだった。
「それがなんでこんなところで正座なんか・・・・・」
「黒田悠!朝っぱらからふしだらなことしてたからでしょうが!」
うお、自己紹介する前にこんな形で名前を呼ばれなきゃならんとは。つくづくオレって惨めだな。
「・・・ふしだら」
・・・・。気温にしっかりと冷やされた床の冷たさが、オレにとっては拷問以外の何者でもなかった。
「いや、待て待て。どうしてオレみたいな善良な男子生徒が、指導室に捕まえられて正座なんてさせられてるのかを一から説明してくれ」
「アンタ、今朝女の子といちゃつきながら登校してきたでしょ?」
落ち着けと言ったのにこの馬鹿は。愛も変わらずまくし立てるような剣幕でそんなことを言う。
「心の乱れは風紀の乱れ!たとえ誰が許そうとも、この生徒会風紀委員、土岐紅羽が許さないわ!」
「・・・許さない」
今現在のお前らの心が乱れすぎだろ。そして後から後から言葉を繰り返すお前は何なんだよ・・・・と突っ込みたい。ああ突っ込みたいなぁ。
「なるほど。で、その風紀委員である土岐紅羽様と小鳥遊青葉様は、オレをどうしたいわけ?」
今朝のあれったってなぁ・・・まぁ、端から見ればそう見えるだけのことはあるか。今度橙にはしっかり釘を刺しておこう。
ともあれ、何故それだけのことでオレがこんな目に遭うんだろうか。
男女が一緒にマフラー使って登校しちゃダメって校則にでもあんのかな?やべっ、もしかして見落としてる?
とはいえ・・・オレと橙の関係は周りには内緒ってことにしてあるからなぁ・・・・・。はてさてどうしたものか。
「どうするかって?もちろん、罰を与えるわ。でもその前に・・・着たわね」
え?来たって何が───
「うぅ~・・・」
ガラガラと開いた扉からは、当事者の片割れである、九十九橙、その首根っこをつかんで呆れ顔の藍千優先輩がいた。
「九十九・・・お前なにやってんの?」
捕まってるんだよ。明らかに見ればわかることをなんで訊いたんだろう。オレって頭悪いなぁ。つか、人間動揺すると行動も言動もいまいち理解できなくなるな。
「先輩・・・目、大丈夫ですか?捕まったんですよ?」
「凄く傷ついた。立ち直れない。責任取ってくれ」
「えぇ~・・・帰りにたい焼き買ってあげるからそれで許して?」
なんか食いモンで懐柔しようとしてるし!
「おぉい・・・マジかよ・・・原価一桁だぜ?オレの壊れた心安すぎんだろ・・・」
「まさか優さんが出てくるとは思ってませんでした・・・」
スルーだし。オレ、なんでこんなに虐められてるんだろうな?なんか悪いことでもしたのかな。
「土岐、もういいか?私はこの件に手を貸すのはあまり気乗りしないのだが」
藍千先輩───オレの槍の師匠の娘さん。所謂姉弟子というやつであり、小さな頃からの知り合い。オレと橙の関係を知っている、この学園では唯一の人だ。
「藍千先輩は許すんですか?この二人の行動を」
「許すも何も、何がいけなかったのか、こっちが説明を乞いたいくらいだ」
睨むわけではないが気怠いジットリとした視線が向けられる。紅羽よ、残念だったな。いくらお前でも相手が悪すぎる。
「だ、だって!朝から男女が一つのマフラーを使って寄り添ってるんですよ?!これは不純な───」
「それの何処が不純な異性の行動だったのか、説明出来るか?往来のど真ん中で露出していたわけでもあるまい」
「いや、だって今朝のあれは黒田先輩がマフラーを忘れたからそうしただけですよ?ねぇ?」
藍千先輩はオレの気持ちを代弁してくれている。裁かれる側であるオレなんかより、よっぽど力のある言葉だ。
そして、橙・・・お前は本当に息をするように嘘を吐くヤツだな!オレはお前をそんな風に育てた覚えはねぇ!!
「だ、だって!だって!!」
「・・・・・紅羽・・・相手が悪いわ」
テンパる紅羽と、それをなだめる青葉。呆れて半眼の藍千先輩とドヤ顔の橙。そして正座のオレ・・・・その絵はなんだかすげぇシュールだ・・・。
「紅羽さんは、なんでわたしと黒田先輩が一緒にマフラー使ってただけでそんなに怒ってるんですか?」
「お、おおお、怒ってないわよ!」
そこでなんでどもるんだよ・・・・。なんかあんのかと疑いたくなるだろうが。
「やっぱり紅羽さんって素直じゃないなぁ・・・・そんなのじゃ先輩は渡せないですよ?」
コイツはアホか!!アホな子なのか?!話がややこしくなるような挑発すんなよ!
「えっ、ちょ、それってどういう───」
「さ、先輩。釈放らしいですよ?優さんも行きましょ?」
「うむ」
「え!?いいのかよ!なんか物凄く中途半端に終わった気がするんだけど!!」
オレの抗議(?)も虚しく、うなだれる紅羽を尻目に、指導室を後にする。心なしか、橙は笑うようにして口の端を持ち上げていたような気がした。
「・・・・・・?」
何か、企んでる顔してる・・・?いや、違う。これは玩具を買ってもらった子供みたいな顔だ。
こういうときの橙は大抵───
「ねぇ、先輩って好きな人いますか?」
「は?お前」
・・・今は考えるのは後回しにして、迷わず答えてやった。何を今更訊いているんだコイツは。
「あー、でも藍千先輩も好きっすよ」
「「・・・・・」」
するとどうだろう?二人して困った顔を見合わせていた。
そこで何かを閃いたように、それでいて恐る恐るといった感じで橙が先に口を開いた。
「あ、あのね?お兄ちゃん?人としてじゃなくて、恋愛対象としてって意味でお願い」
「恋・・・愛・・・?」
噛み砕くように復唱して、脳内にて反芻する。以下、オレの脳内がお送りします。
おいおいおい、何言ってんだよコイツ。恋愛ってあれだろ、甘酸っぱいレモンだかイチゴだかの味がするって噂の熱くも儚い青春の一ページの代表みたいなやつだろ?そんなもんオレに訊くとかコイツなんなの?バカなの?死ぬの?いや、待て待て。死ぬのは不味い、橙死なないで、生きろ!いやだから違うってそんな話じゃない。恋愛ってなんだっけ?あーもうなんでもいいや。適当に答えとこ。いや待て、適当はダメだろ。橙も真剣に訊いてるんだからオレもちゃんと真剣に答えないと。
以上、オレの脳内、その会議時間約半秒。
「そんなの知らない☆ほげぁ!!」
ぼ、暴力を振るわれた!?しかもグーで!!
「お兄ちゃんのバカっ!!」
「すまんな悠・・・今回ばかりは橙に同意だ」
うぅ・・・一体全体こりゃどういうことだってんだよ・・・。
「ふんっ!」
ぷいっ。あ、可愛い。
「説明求ム」
「知らないっ!」
「なんなんだよ・・・・・」
とてもじゃないが、こればかりは二人が何を考えているのか全くわからなかった。
◇
昼休みの一件から時は過ぎ、ただいま放課後真っ只中。アフターファイブからが若者の時間といっても過言ではない中で、オレは雑用を強要されていた。
「ところで」
そんなオレの気を紛らわせるためかどうかはわからないが、話しかける藍千先輩。
答える気力など、とうの昔になくしているオレは頷くだけで返す。
「明日は朝から交流戦だが、意気込みはどうだ?」
面倒くさい。これに尽きる。
わからないヤツもいるだろうから説明しておくと、交流戦とは、学園にいる全校生徒をある決められた単位(学年とか、クラスとかな)で武芸による試合を行い、その順位を競う・・・まぁ一種のレクリエーションだ。
一応名目上は体育祭ということになってるらしい。
「私と悠のクラスは別グループだったな。決勝でしか当たることはないが、無様な負け方をしたら許さないぞ」
今から明日が楽しみだと言わんばかりに藍千先輩は鼻を鳴らす。
「・・・・・・なんだか楽しそうですね」
「そんなことはない。ただ───本気の悠と久しぶりに刃を交えることが出来るかもしれないからな。期待してはいるが」
あぁ、左様でございますか・・・・・。
まぁ、なんだ。
良くも悪くも素直な人だよ。わかっているはずなんだ。
このオレが、こんな行事なんかに本気になるわけがない。
なるわけがないんだよ。先輩。
「あれからどれだけ腕を上げたか、楽しみにしているからなっ!」
そう言って笑った顔はどこまでも嬉しそうで、楽しそうだった。
楽しみじゃないんじゃなかったのかよ・・・・。と溜息を漏らして苦笑するしかなかった。