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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

眠れない夜に①(短編集 2010~)

音のない不満<サイレント・スイッチ>

作者: 裃 左右

この物語はいじめなんかを取り扱っております。

少々、残酷な描写も考えようによってはありますのでご注意してください。

たいした内容ではないのですが、一応R15指定とさせていただいております。

音のない不満サイレント・スイッチ


 人間というのはおかしなもので、無視をしたり、いじめるたりするくらいなら、悪い部分を治せと注意すればいいと思うのだが、そうはしない。

 自分の持つ不満を正面から口にしたりはしない。


 いや、無視ならまだわかるのだ。関わりたくないのは、そうしたくないタイプの人間がいるというのは、自分も同じだ。

 苦手な、関わりづらい人間。避けたい相手は誰にでもいる。


 ただ現実問題として、自分の正しさを疑わないような相手は、意見を直接言っても仕方がないことだ。それが誠実な選択だとしても、相手はそう受け止めてくれないだろう。

 残念ながら、無視したりするしかないのかもしれない。


 ただ、それはいじめとはかけ離れた問題だろう。

 いじめをする人間をぼくは理解できない。


 ぼく自身いじめに加わることなどありえないし、同じようにぼくの友達がいじめに加わることもないだろう。そもそも、いじめをするような人間を友達と呼ぶつもりはないけれど。

 もし、友達がその被害に遭うのなら、どんな手を使っても、どんな被害を出してでも助けようとそう決めている。ただこれはぼくの個人的な主義の話で、今の話とは関係がない。

 

 話を戻して、いじめが僕にとって理解できない理由があるとすれば、単純にいじめがぼくには、何の意味もなく生産性もない行為にしか思えないからだ。

 ……とは、言うもののぼくは実際にいじめに遭遇した場合。いまのところ、特にどうもしていない。止めることもなければ、それをはやし立てることもない。


 理解できない、そう思うが故に全く関わろうとは思えない。

 いや、より正確に言うのなら理解できないうえに、いじめが悪いことだとか、間違えているだとか、特になんとも思えないと言うのが正しいだろう。


 間違っている、気に入らない、そんな気持ちがあるなら、なんらかのリアクションをとるのだろうが、そうにも興味や関心が持てない。

 もしも、いじめに関わっているのがどんな立場で関わっているのであれ、それが友達なら、なにもしないなんてことはないのだが、まったく関わりのない他人に干渉することはぼくの価値観や意識には存在しないのだ。


 ただ、理解出来ず、興味を持てずにても、それでもわざわざああいうことをするのは奇妙には思っていた。どんな理由があるにせよ、そんなことをしたからって、なんの解決にもならない。時間の無駄としか思えない。


「……全く持って生産性のない行為にもし意味があるとすれば、病気の症状のようなものなのだろうな。この場合、個人ではなく集団レベルでのストレスがああいった風に現れている」


 ぼくの友達、小野寺はそういう表現で、いじめを表している。

 いじめは個人の問題ではない、個人ではどうしようもない病気なのだと小野寺はそう言うのだ。


 自分ではどうしようもない、と言うのが加害者とされる人物自身にも止められないと言う意味でならそうなのかもしれない。

 いじめが悪いことだと言うのは、たいていの場合本人たちも自覚しているのだ。それでもやめないのは、どうしてもやめられない何かがあるからだ。

 

 それを小野寺は病気の症状だと言ったのだろう。

 しいて言うのなら、集団性いじめ依存症と言ったところ、か。


 まあ、そんな理屈はぼくにとってどうでもよいことだ。ぼくには関係がない。

 ぼくがこういう考えをもし誰かに言えば、冷たい人間だと思われるんだろう。

 それは別にかまわない、ぼくにはわざわざそういう人たちに手を差し伸べる理由がないのだ。


 いじめている本人にやめろ、と言う理由も。

 いじめられている人間に、アドバイスをする理由も。

 その双方が抱えている何かを、肩代わりしてやる理由も。


 例えば、だ。例として相応しいのかはわからないけれど、勉強をせずに嘆いている人間を見て、勉強をしろ、努力をしろ。と言うのが正しいことだろうか。

 言うとしたら、よほどのお人好しか、お節介。無神経のいずれかだろう。

 正しいことを言っているのに間違いはないんだろうが、人に正しいことを言うことがなんの解決になるのだろう。正しいことを言うことは、対応として正しいのだろうか?


 本人も、そんなことは言われなくてもわかっているのだ。小さな親切は余計なお世話だ。何様だ、と言われて仕方ない。

 もし、助けたいならだめというのではなく、なぜやめられないのか、考えなければならない。病気なら治療法を探さねばならない、健康になれと言ったからって病気は治らない。


 だけど……それを知った上で、ぼくは何もしない。本人達が直接、助けてとか、勉強の仕方を教えてくれ、というならまだしも、何もかかわりのない赤の他人が手を差し伸べるのは筋違いと言うよりは勘違いだ。ぼくは正義の味方じゃない。

 そもそも、問題は本人たちに解決する意欲があってこそ、援助は有効に働く。

 ぼくには本人たちがなんとかしようとしているようには見えないのだ。


 *


 そういえば、クラスで……どこかのグループこういうことが流行ったときに、仲間に入ろうとしないと、次の標的にされると言う話があるらしい。もっとも、ぼくはそれを体験していない。

 誘われたようなことはある気もするが、面と向かって、「お前らとはなんの関係もねぇよ、口出ししてねぇんだから巻き込むな。俺に口出しすんなっ」と言われると、向こうも扱いに困るらしい。

 

 ……小野寺に言わせると、日々の自分のポジションをどこにおくかによる、だそうだが、ますます理解できない。

 とにかく、そんなことを言っていたので、いじめグループからは疎遠だった。

 ただ、そのせいで、いじめられている側・・・・・・は反感を抱いたようだ。


 そう、なんというか、恨まれたようだ。

 なにがあったというわけでもなく、ある人物からよく睨まれるようになったと感じたから、そういうのだが。


 そう、その人物をかりにF、としよう。

 Fという言葉に意味はない。なにせ、名前など、覚えていないのだ。


 ふと、思い浮かんで、―――の頭文字のFだと思ってくれて構わない。


 ぼくは基本的に、誰にも変らず接しているつもりなのだが、それがなおさら気に入らないようで、日に日にその目はなにやら鋭く重いものになっていった。

 同情されるのも、馬鹿にされるのも、無関心でいられるのも、なんでもないのも嫌らしかった。


 *


 ぼくが、そのことをきちん把握したのは、おそらくこの一件からだ。

 ある時、名前のない手紙で呼び出されたことがあった。

 

 ぼくは、手紙で人を呼び出すという失礼さ、さらにその上に自分の名前を書かないという間抜けさ加減を乗せられて、絶対に行こうとは思えなかった。

 それがどうやら、Fが書いた物だったようだ。


 と、そうなのかもしれないと考えたのは、そいつがいじめグループの連中の言うことをめずらしく無視するという反抗を行い。その罰として殴られていたことを知ったときだ。

 いつもは反抗など絶対にしないFにとって、精一杯の苛立ちの自己表現だったのかもしれない。


 正直、この判断の理由はこじつけじみているようにも思う。

 だが、Fのその目に灯る恨みの念が、より深さを増しているのをみて、少なくともそれが関連しているのだろう、とぼくは勝手に確信を持った。


 その件で、ぼくはFがなにを思っていたのかは知るよしもないが、何かを行動に表す程度の気概はあったのだな、と感心した。同時に何を考えているのだとしても、礼儀は全く知らない奴なんだと呆れた。

 この時にようやく、ぼくはFを意識するようになった。

 

 そう、意識した。


 好きでも嫌いでもなく、同情も嫌悪もなく、この世にはそういう奴が存在している、その程度には意識した。


 *


 どうやら、Fにはプライドのようなものがあるらしかった。

 国語の時間のことだ。


 クラスメートが教師に順番に当てられていき、そろそろFに当たろうかと言う時。

 隣の席の娘が、Fに教科書を見せようとした。


 ……Fの周囲のクラスメートの反応から見るに、Fの教科書は本人の手元にはもうないか、読めないほどに破損させられていることが予想できた。

 だが、Fはそれを断った。


 そうして、その時間。Fは担当の教師に怒られていた。

 ……ますます、いじめの口実を与える結果にもなった。


 よくわからなかった。

 意味がない。


 そういえば、とその光景を見て思い出す。

 今まで忘れていたが(どうでもよかったので)前に怪我をしたFにバンソウコウを渡そうとしたとき、ぼくは奴に断られていたのだった。


 その時ぼくは、特に何とも思わず勝手に、いらないのなら別にいいか、と納得して立ち去ったのだったか。

 本当によくわからないプライドだった。

 そういうものは、自分の実力と仕事の出来にでも遣う感情だろう。


 プライドは責任感の表れとして、持つものだ。

 誇り、は誇るべきものに持つ物だろう、とそう考えていたぼくには理解不能だった。


 もっともこの意見を何かの拍子に小野寺にこぼしたら、逆に呆れられたが。


「お前、それは強者の理屈だよ」


 と、そう言われた。

 誇るべきものを持てないからこそ、なのだと。


「もっとも、オレは誇りとプライドは違うと思うけどね。誇りを捨てた奴は死んだ方がいいけど、プライドを捨てれない奴は死んだ方マシだろうね。生きてない方がいい」


 よく、わからなかった。

 誇るものがないのなら、努力して見つければいいのだろうに。


 *


 とにかく、こういうことなのだろう。

 事実はどうあれ。


 Fの立場に立つことは出来ず、理解を示すことが出来なかったぼくは、Fをそうして傷つけてきたのだろう。ぼくの知らない間に、だろうが。

 それは気付くどころか、ぼくには感知できない世界の話で。でも、それはFの中に確実に蓄積されているようだった。


 それは、ぼくには理解できない重いもの。


 「その重いものは決してお前に対するものだけではなかったろう」とは、これも小野寺の言だ。

 が、少なくともそれの引き金を引いていたのは……おそらく、ぼくだったのだろう。


 それはいつの間にか、ぼくが気付こうが気付くまいが気にしようが気にしまいが、起こるように起きてしまうように、ぼくは選択し続けていたのだろう。

 いつか必ず起こったことなのだ。

 でも、もし何かが違えば起こらなかったかもしれないことでもある。


 それに気付いたのは、完全に事件の後だ。

 別に後悔はしていない。責任も感じていない。

 絶対的な最善の解決手段などなかった、それだけは断言できるからだ。


 ただ最低限の手段はあったろう。最悪を避けうる方法、絶対でない解答はあったろう。

 不満があれば口に出せばよかったのだ。

 Fだけでなく、クラス全員が。


 小野寺の言うとおり、この問題が集団と言うもの自体に発生する病気なら、個人の問題でないと言うのなら、全員が治療に乗り出すべきだったのだろう。

 でも、ぼくは知っている。


 もし仮に、ぼくが事件が起きることに気付いていたのだとしても、友達でもない奴らのために、努力しようとは思わなかったろうと言うことを。

 この事件の発生を知っていても、結局ぼくは何もしなかったと言うことを。


 ぼくは正義の味方でも、自分が絶対だとも思わない。

 ぼくがどうこうする問題でなく、それぞれが、努力すればよかったことだ。

 ただ一つ言わせてもらえば、助けてと言われてその手をふりほどくほど、努力している人間に協力を惜しむほど、ぼくとその友達は薄情では……いや、違うか。


 ――今更遅い。

 とにかく、事件は起きてしまったのだから。


 *


 ぼくの登校は早かった。と、言っても、他のクラスメートと比較すればだったが。

 いつも、そう、2番目か、3番目には教室にいる。


 学年で考えても、そう遅くはないだろう。

 だからこそ遭遇し、事件は起きたのかもしれないし。

 だからこそ他の時間に、事件は起きなかったのかもしれなかった。


 とにかく、ぼくはいつもどおり教室に着いた。

 教室に入る前には、気配を感じ。

 息づかいを感じ。

 誰かいるのだろうと、そう意識せず、認識していた。


 しかし、ぼくが教室に入ったとき。

 誰も、いなかった。

 いないように思った。


 違和感を感じつつも無言で教室に入り、歩いて行く。

 既に視界に入っているが、ぼくは気付くことなく。


 それがなにかと、意識することはなかった。

 意識するには、その現実に順応する必要性があったからだ。


 つまり、その現実は現実的でなく、視界は言ったものは意識に入るまでに、時間を要した。

 具体的は、それに直接触れることの出来る距離まで近づくまで。


 それは、そう。

 同級生の娘の死体……のようなものだった。


 三つ編みの女の子。

 死体と思ったのは、血を流し、動かないから。


 いや、動いていた。生きていた。

 荒く、必死に呼吸し、恐怖に叫ぶことも出来ず。

 そこに伏せっていたのだ。


 ぼくは、反射的に助け起こす。


「大丈夫?」


 彼女は頷かない。

 ただ、震えている。

 恐怖のためか、出血のためか。


 意識はある以上、命に別状はないように思った。

 だが、ぼくは冷静な判断は、出来ていなかった。


 考えることが出来なかった。

 目の前の事実を処理することが、全力であり全霊だった。


 考えついたのは、止血の必要性と手法、どうやってどこに連絡するべきか。直接誰かを呼びに行くより大声を出せば早いのか。

 我ながら、非常時に悪くない判断能力だった。


 ただし、その出血の原因に、わずかでも思考を振り分けていたのなら。

 背後へと、その意識を持っていたのなら。

 ……何か変わったのだろうか。ただより早く気づけたと言うだけだ。


 それでも、ぼくはなんらかの理由でそれに気づけた。

 どこかで繋がった思考、思考と思考の一本の線。

 引かれた引き金。

 押される、踏んでしまったスイッチの音。


 ぼくはその場から、飛ぶように転がった。


 避けられたのは、勘だった。

 

 目の前にあるのは鈍く光る、血まみれの包丁。

 持っているのは、もちろんFだった。


 背中に熱さを感じる。

 どうやら、かすめたらしい。


「ははは……いつも涼しげな顔してた癖にぃ、ずいぶんと青くなってるねぇ?」


 息を切らしながら、Fは言う。

 そんなつもりはない。

 いつも、必死だ。ぼくは。


 他の奴らがのうのうとしている中で、ぼくは常に限界いっぱいの中で生きている。

 今だって、もしも、倒れたのが彼女でなければ。

 Fに教科書を見せようとした、彼女でなければ。

 

 彼女だったからこそ、危険への注意が向き、その原因の可能性に気づけた。


 彼女でなければ、とっさに働いた勘にさえ、働きかけるがそもそも出来なかっただろう。 偶然と、相手を助けようと相手の情報を引き出すことに集中した結果による、僅かな確率に頼った産物、結果だった。


 奇跡、というにはちゃちすぎるが。


「ほらぁ、お前もぉ、這いつくばって謝れよぉ」


 声が勘と耳に障る。


「謝る、理由が……ないね」


 気が付けば、挑発的なことを口走っていた。

 切れ切れにとはこのことだった。


「あんまりぃ、調子に乗るなよぉ。二人も三人も変らない……っからぁ」

「だいぶ……変るな。人間は、一人でも二人でも、大きい」


 やったのはお前か、と聞こうとして、無駄だと気付いた。

 三人も。

 少なくとも、これで終わる気はないらしい。


「ふん、いつも、いつもぉ、高いところから見下しやがってぇ、っそんなにお前らは偉いのかよ、ええ?お前らはぁ、自分は関係ないみたいな顔しやがってっ」

「いつもいつも、見下されてる奴の気持ちなんかわかるか」


 お前とぼくに関係性なんか、一欠片もない。

 なにをお前が抱えていたんだろうが、知ったことか。


 ……ぼくは。


「それどころじゃないっ」


 椅子を掴んで振り回す。

 とっさに持ちうる、相手より間合いのとれる武器。


 ぼくが考えたのは、早くしないとこのままだと彼女が危ない。

 彼女から、Fを引き離さなきゃ、という一点だった。

 Fはぼくからの反撃は予測していなかったのか、そういったことへの経験がなかった故なのか。


 反射的に、Fはぼくと距離をとるも、バランスを崩した。

 そのまま、椅子を盾に迫る。

 教室の端へと追いやる。


 だが、包丁を振り回され、前へと進むことを躊躇いそうになる。


「こっちがいつもどんな気持ちでいたのか、お前にわかるかっ!」


 ぼくは凄む、俺と自らを呼び、凄む。


「そんなのどうでもいい、お前と俺にはなんの関係もないんだっ。友達でもなんでもない。なら、お前は俺達の気持ちを考えたって言うのか! だったら、俺と友達になれないわけあるかっ」

「うるさいっ」

「お前が助けてもらえないのは、俺の友達じゃないからだ。俺の友達じゃないのは、お前が人の気持ちを考えないからだっ」

「うるさいっ、うるさいっ」


 恐怖をした方が、負ける。

 ぼくの負けは、そのまま死ぬことだ。

 Fは叫ぶ。


「……だって、みんなのことを、みんなのために頑張って!」

「こそこそ顔色伺ってただけだろうがっ。みんなって誰だよ、言ってみろ!」


 Fのことなんて、ぼくはどうでもよかった。

 本当にどうでもいいよかった。

 名前をわざわざ呼ばないくらいに、どうでもよかった。


「みんなって、誰の名前でもないだろうが。名前を呼ばないのは、一人の人間として認めてないからだろうがっ」


 でも、ぼくは友達の名前を呼ぶ。

 お前は誰の名前なら、呼べるんだ。


「おい、言ってみろよっ」


 呼べるものなら、叫んでみろよ。


「不和……満!」


 今、この時。

 初めて、ぼくはFを一人の人間として、意識したのだ。


 そう、気付いたのはやっぱり事件を終えてから。


 *


 Fは、いや、不和 満は。

 結論から言えば、その騒ぎよって、ぼくらの声よって駆けつけた教師によって、最終的には取り押さえられた。

 

 その時の、記憶はない。

 ぼくは気が付いたのは、小野寺がぼくの手を、震える手を握ってくれていた時からだ。


 黙って、ずっと居てくれてたらしい。

 いつのまに、いたのか。

 いつから、いたのか。


 ぼくの意識はあったのか、なかったのかわからない。


 その時の時間とあの事件の間には。

 記憶の空白が何時間とあったから。


 ……話によればぼくは必死に、例の三つ編みの娘を助けてくれと、ひどく訴えていたらしい。

 そう、ひどく。

 ……本当にひどかった。


 今考えれば赤面ものだ。


「大丈夫だよ」


 小野寺は言った。


「あんな包丁じゃ、何人も人は殺せないから。特に、制服でも冬服の上からだし」


 そういうことを言いたいんじゃない。

 でも、これはたぶん、元気づけようと、してくれてたのだろうか。

 小野寺は。


 *


 後から話を聞くと。

 ぼくは三人目の被害者だったらしい。


 たいした怪我はなかったが、三人目。


 不和は、二人も三人も変らない、と言っていたけど。

 それはつまり、ぼくと三つ編みの彼女を殺して、三人目。……と言うことだった。


 一人目は前日の夜。

 いじめグループの主犯格のクラスメートが、とあるの橋の下で、包丁によって滅多刺しにされていたらしい。そこでなにがあったのかは、わからない。

 ただ、先に橋の下に呼び出されたのは、実はそのクラスメートの方ではなく。


 ――不和の方だった。


 被害者が加害者を現場に呼び出していたのだ。

 もしかしたら、不和はなにかいじめグループに脅されていたのかもと思うが、結局、わからないし、わかろうとする必要もない。


 真相は全て、闇の中。

 

 傍観者を気取っていたつもりはないが。

 ぼくの場合、傍観すらしていなかったわけだし。

 それでも、三つ編みの彼女が傷つくことは、その必要性はなかったんじゃないかと。ぼくには止められたんじゃないか、と。

 ……そう思うのだった。


 確かにぼくは何もする気はなかった、それは今でも変わらない。それでも彼女にはなんの罪もない、だろう。

 後悔もなにもしていないけど。

 彼女に傷跡を残したことだけは、その原因に自分がいたことだけは。

 ―――忘れたくない。


 *


「そりゃねぇ、お前。身勝手過ぎるわ」

「そうかな」

「自分が居ればどうとでもなるとでも? お前は万能選手か、超人か? 正義の味方か?」

「……いや」

「人間はなんでも出来るわけじゃない。お前が僅かでも、罪悪感があるのだとしたら、お前は自分の実力を過大評価してるってことだ」

「……うん」

「調子に乗るなよ。そこで反省してろ」

「……ん、ごめん」


 小野寺は厳しい奴だった。

 自分にも他人にもだけど。

 いや、ぼくか自分か、のどちらかに厳しい気がする。


「でも、なんでぼくだったんだ?」

「……ん?」

「ぼくはいじめに参加していたわけじゃないだろ」


 ……殺そうとする順番がおかしいように思う。


「ほら、三つ編みの、さ。あの娘とか、全然悪くないし、さ」


 直接いじめに参加した奴はわかるし、ぼくはたぶん、手紙を無視したわけだし。

 それなら、理解できなくもないんだけど。


「お前、いじめられたことないな?」

「……ないけど」

「見て見ぬフリもいじめ、仲間なんだよ」

「見て見ぬフリはしてないよ」


 堂々と関係ない、と言った。

 両方に。


「それが、駄目なんだろう。たぶん、オレが不和でも怒るよ」

「そう、かな」

「助けて欲しいんだよ、いじめられてる奴は、さ」

「でも、友達じゃないし」

「お前の言いたいこともわかるけど、友達が居ないんだよ」


 もしくは、友達だと思っていたヤツに裏切られたり、な。

 小野寺はそう続けた。


 ……小野寺の言うことは難しいし、理解できない。

 友達が居ないなら、人に優しくすればいい。誰かのことを思いやったり、考えたりすればいい。そうすればすぐに友達が出来る。


「その方法を知らないなら、上手くいかないなら? ……それに、本人じゃどうしようもないから、困ってるんだと思う。助けて欲しいんだと思う」

「助けてって言えば……」

「言えないんだよ、言っても助けてくれないと思うんだよ。どう、言ったらいいのか、誰に言ったらいいのかもわからないんだよ」


 確かに、だとしたら大変だろうけど。

 でも、ぼくは。


「……そんなの言われても困るよ」

「まぁ……だな」

「それでも、あの娘は悪くない」

「……だな、でも色々あるんだよ」

 

 許してやれよ。

 そう、小野寺は言った。


「ぼくは最初から誰も責めれないし、責めてない」

「……そうか」


 小野寺は、きっと優しい奴だ。

 ずっと、こうして居てくれる。

 ぼくが理解できなくても。

 でも。


「小野寺も助けなかったんだよな」

「え?」

「不和を」

「……そうだなぁ、オレにも誰かを助ける基準、つか、ルールがあるしな」


 そう、ぼくは友達を。

 助けて、と手を伸ばした人を。自ら努力する人を、助ける。


 それでも、十分多くて、ぼくの手じゃ足りないけど。

 ぼくは小野寺のルールは知らないし、興味ない。

 ぼくはぼくの助けたい人を助ける。

 小野寺も同じだ。


 それでも、気になるのは。


「でも、さ。小野寺」

「なに」

「小野寺は知ってたんだろ」

「……なにが?」

「一人目が殺されてること」


 あの事件の時には、既に。


 *


「――なんの話だ」

「だって、言ってたろ。あの時」


 確かに小野寺は言った。


「あんな包丁じゃ、何人も人は殺せないから。特に、制服でも冬服の上からだし」


 ぼくの手を握りながら、間違いなく。


「あれはさぁ、あの時点で、少なくとも一人以上死んでいることを、あの包丁で殺されていることを前提としたもの、だよね」

「さぁ、どうかな」

「そうじゃないと、おかしいと思うけど。どう考えても」

「言葉の綾じゃないかね、普通に考えたら」


 確かに、そう思えなくもない。既に教室に一人倒れてたんだし。

 でも、こういう場合も考えられる。


「あの事件の時にちょうど小野寺が一緒にいたんだったら、あの娘がすでに襲われているのも知ってるんだろうし、そのセリフも違和感ないんだけどね」


 それにあの不和のセリフ、「二人も三人も同じ」をもし聞いていたなら。

 あの言葉を聞いていたんだったら、そう言ってもおかしくないのかもしれない。


「その場合は、現場にいるんだろ? すぐにオレがお前を助けるって」

「うん、信じてるよ。助けてくれるんだって」

「…………」


 小野寺はそれに返答しない。

 だけど、たぶんだけど。


「小野寺さぁ、最初の事件。いじめのリーダーが殺された事件を目撃してたりして」

「なんで、だ」

「勘だけどね。前言ってたよね、プライドを捨てれない奴は死んだ方がマシって。

 あれはプライドを持ってる人間は、プライドを捨てれないから死ぬより・・苦しい、ってことなのかなって思って」


 ずっと、ぼくは考えていた。

 理解出来ない。

 だからこそ、理解したいと。


「だとしたら、小野寺にとって一番苦しいのは不和ってことになる。小野寺はそれをなによりも理解していたことに、ね」


 だったら。


「小野寺が不和を気に掛けていたとしても、不思議はない」


 もしかしたら、助けようとすら実はしていたのかもしれない。

 ぼくには理解出来ないし、考えも及ばないことだけど。

 その結果ああなってしまったのは、本当は小野寺のせいなのかもしれない。

 

 それで実際にああして教室で事件になって、その時、小野寺がぼくを助けようとするのは当たり前だけど、同じように不和も助けようとしていたと言う過去があったらどうなるのか。


 もしも、あの場に小野寺が居たとしたら。

 立場上はその場には出てこないで、なんとか先生を呼ぼうとするんじゃないだろうか。


 すべては憶測にしか過ぎない。

 小野寺はぼくを見て、言う。


「で?」

「で、って?」


 もしそうだったら。

 

「……嫌いになる、か?」

「ならない、よ」


 だって、友達って。

 手下でもなければぼく自身でもない。ぼくと同じ基準で生きているんじゃない。絶対にぼくの思い通りに動いてくれる存在ってわけじゃない。

 それを怒れるほど、ぼくは絶対正しい人間じゃない、正義の味方でも、超人でもない。


 つまりは、そういうこと。

 ぼくがそういうと小野寺は笑った。


「お前みたいな奴、みたことないよ」

「小野寺も、そうとうレアだと思うけど」

「普通は同じ基準を友達に求めるだろう。そんで、なれ合って同調して、適当に合せて……」

「そんなの、小野寺じゃなくていいじゃん。なれ合いは小野寺じゃなくても出来るし、話し合わせて一緒にいるだけなら誰でもいいじゃん。小野寺じゃなきゃ駄目だから友達なんだし」

「……そっか、なら、いいかな」


 つまりは、うん、そういうこと。

 不満があるなら言えばいい。

 駄目だと思うなら、言えばいい。

 それはお互いが違う物だから言えること。


 見えない引き金は。

 音のないスイッチは。

 友達ならどちらが引っかけてでも、かまわない。


 責任が小野寺にあるなら、ぼくも責任を背負う。

 ぼくに責任があるなら、小野寺にも負ってもらう。


 集団っていうか、一人じゃないってそういうことだろ?


「でも、あれだよな」


 小野寺は呟くように言う。


「結構いじめの内容陰湿だったんだよ」

「……そうなんだ」


 小野寺はやはり色々と見ていたらしい、傍観すらしないぼくとちがって、小野寺は観察者ではいたらしい。

 もしかしたら、ぼくの見ていないところで色々あったのかもしれないけど。


「どうしたって環境がよくないよな」

「環境?」

女同士・・・のいじめだからさ。陰湿なのはどうしようもないにしても、男の目があればまた違ったと思うんだよ」

「……ああ、まあね」


 女子校・・・と言う特異な環境。

 いじめが裏で行われるにしても、異性の目がないと言うだけでかなり状況は変わるのかもしれない。


「特に校風からして閉鎖的だろ、ここ。だから、余計に人間関係がまずいんだろうな」

「個々の人格の問題でなく?」

「あくまで集団の問題だ、こういうのはな。オレはお前がみんなを引っ張ってくれれば……とかな思ってたんだが」

「ただの他人のために時間を掛けてやる気はない」

「だろうな、そういうことははっきりいう奴だ」

「お互いのためだろ」

「……そうかもな」


 ……人間というのはおかしなもので、無駄をしたり、大切なものをなくしたりするくらいなら、悪い部分を治すように注意すればいいと思うのだが、そうはしない。

 自分の不満を正面から受け止めたりはしない。


 いや、無駄するならまだわかるのだ。関わりたくないのは、相手の無駄に腹を立てるタイプの人間がいて……というのは、たぶん自分も同じだ。


 言い出せなくて、形に出来なくて、形にも言葉にもならないモノを蓄積させていく。

 特に、現実問題として、自分の正しさを疑わないような相手は、意見を直接言っても仕方がない。と、あきらめてより蓄積させてしまうのかもしれない。でも、それは誠実じゃなくて、正解じゃないのだろう。


 でも、ぼくたちは正義の味方でも、完璧でも、超人でもない。残念ながら、無視したり、気にしないことにするしかないのだ。

 

 だけど、ぼくはそれが悪いことだとは思えない。

 不和も、いじめた奴も、三つ編みの娘も、小野寺も、ついでにぼくも。


 無駄なことをしたのかもとは思うけど、悪いことをしたとは、やっぱり思えないのだ。


 それでも、悪くなくても、やっぱり見えなくて、聞こえない不満(サイレント・スイツチ)は溜まるのだろう。

 みんな、スイッチを押し続けるんだろう。

 誰かが、限界点でスイッチを押す。

 貧乏くじ(ジヨーカー)を引き抜く、その瞬間まで。


 そのときに死ぬほど痛い目を見るのは、今度はぼくかもしれないけど。



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