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聖女様を誘拐したら、なぜか王宮を乗っ取られました

作者: 御厨そら
掲載日:2026/05/10

「隣国の聖女様を誘拐せよ!」


 玉座に深く腰掛けた王の口から飛び出した言葉に、親衛隊長ルーベン・フェスタは仰天した。


「聖女様を誘拐? そんなことをすれば国際問題に、下手をすると戦争になりまする」

 ルーベンが必死に諫めるが、王は苛立ちを隠さず鼻を鳴らす。


「わかっておるわい。だから“誘拐”なのじゃ。聖女様が自らの意思でわが国に赴いたとなると、話は別じゃ。国庫が空っぽの今、頼れるのはそれしかない」


「このことは貴族院で話し合われた方が……」


「ふん、あんな腐敗した政治屋どもに話して何になる。奴らはわが国の血税をたらふく吸う吸血鬼どもじゃ。破産寸前のわが国を建て直すには聖女様の加護が必要なのじゃ。連れて来い、これは王命である」


 ルーベンは重い溜息を押し殺し、その場に深く跪いた。


「かしこまりました」



 それから一月後。謁見の間には、妙な熱気が渦巻いていた。


 現れたのは、光を弾く銀髪をなびかせた若い娘だ。だがその姿は、人々の想像する聖女とはかけ離れていた。胸元を大胆に開き、肉感的な体の曲線を強調する艶めかしいドレスを纏っている。歩くたびに甘い香水の匂いが漂う。


 王は思わず喉を鳴らした。


「お主が聖女様か?」


「はい。せいじょです。サブリナ・ボルキでございます」


「ならばわが国を救って欲しい。今国庫の蓄えは厳しく、このままでは破綻してしまう。どうか、この通りだ。聖女様の加護でこの国をお救いくだされ」


 王のなりふり構わぬ懇願に対し、サブリナは冷めた瞳で微笑んだ。


「いいですよ。ただし、国家再建の折にはそれ相当の報酬をいただきます」


「……わかっておる」


「ならば、国家運営の全権を私に与えてください。虎の玉璽を私に預けるのです」


「なんじゃと!」


 王の顔が驚愕に歪む。虎の彫刻を施した玉璽を持つ者が最高権力者となるのは、建国以来の習わしだ。王は戸惑い、手元の玉璽を握りしめた。


「……それはちょっと難しいのう」


「でしたらお引き受けできません」


 サブリナは迷いなく頭を下げると、すぐさま踵を返した。


「待て、慌てるでない。よし分かった。そなたの言う通りにしよう」


 呼び止められたサブリナは、玉璽を受け取った。


「王様、玉座からお降りください。そこは私が座る場所です」


「なんじゃとふざけたことを!」


 反発する王に、サブリナは虎の玉璽を突きつける。


「この玉璽が見えぬか愚か者め。さっさと席を譲りなさい!」


 その威圧感に押されたか、王はあわてて玉座を滑り落ち、床に額を擦りつけた。


「お許しください聖女様」


 周囲の側近たちが息を呑むなか、サブリナは悠然と玉座へ腰を下ろした。しなやかな脚を組むと、ドレスの隙間から覗くふくらはぎに、男たちの視線が釘付けになった。


「財務大臣、こちらに来なさい」


 サブリナに指名された大臣は、震える足取りで歩み寄り、彼女の前で片膝をついた。


「今からこの国の財務状況を詳しく聞かせてもらいます」


 すぐさま部下から資料が運び込まれる。目を通すサブリナの表情が険しくなった。彼女は手元の資料で、自身の膝頭を苛立たしげに叩いた。


「何だこれは? この国には観光資源も特産品もない。痩せた土地に労働力は各国への出稼ぎ。しかもその国々に借金をしているではないか、まさしく亡国の道まっしぐらだ」


「その通りじゃ、大陸最古の王国の歴史とプライドだけの張り子の虎国家じゃ」


 下座から、王が力なく自嘲を漏らす。サブリナは不敵に口角を上げた。


「では、私がこの国を大陸一の観光国家に作り変えてみせましょう」


「そんなこと、本当にできるのか?」


「私にまかせなさい」

 サブリナはニンマリ笑った。



 サブリナの改革は苛烈だった。彼女が真っ先に行ったのは、王宮からの王族追放である。


「私たちはどうなるのよ」

 困惑する王妃をよそに、サブリナは事務的に言い放った。


「王族は離宮に移ってもらいます。この王宮をリフォームする手筈が整いました」


 国中の職人が集められ、王宮は工事の騒音に包まれた。それと並行し、彼女は貴族の令嬢や婦人を一堂に集めて講義を行った。


「この王宮を大陸一の高級貴族サロン『天国の果実』として生まれ変わらせます。そこで働きたいと思う人は挙手をお願いします」



 しんと静まり返った会場で、一人の若い女が恐る恐る手を挙げた。


「もしかして、これって高級娼館なのではないですか?」


「いいえ、ここは高級貴族サロンです。令嬢婦人たちには接待の仕事をしてもらうのです」


「……もしや性接待では」


「あくまで自由恋愛です!」


 断言するサブリナの声は力強い。さらに彼女は誘うように声を潜めた。


「大きな声では言えませんが、お金は稼げますよ」


 その一言に、会場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


「い、いくらぐらい稼げます」


「ふふふ、ないしょ。聞きたい人には耳打ちをします」


 サブリナが傍らの婦人に囁くと、その顔はみるみる驚愕に染まった。そして隣の婦人に耳打ち。さらに隣に……


 みんなの顔がパッと明るくなった。ざわざわとかしましい。


「私やります!」

 一人が手を挙げた。


「私もやりたいです!」


「私も!」


「先着順です」


 その言葉で貴族子女や婦人たちがどっと押し寄せた。



 やがて、最高級のホステスになるための猛レッスンが開始された。


 サブリナは令嬢たちに化粧、会話術、男心の操り方を徹底的に叩き込んだ。 やがて彼女たちは、王侯貴族を虜にする最高級の淑女へと変貌していった。



 当初は戸惑っていた令嬢たちも、いつしか「結婚のために媚びるだけの人生より楽しい」と、その才能を覚醒させていった。


「貴族令嬢って政略結婚の道具だもの。お爺さんや太った商人に買われるぐらいなら、自ら道を切り拓きたいわ」

 

「各国の王族貴族から素敵な殿方を見つけて身請けしてもらうのもありね」




 王宮の改装が完了すると、そこは別世界に変わっていた。絢爛豪華なシャンデリアと赤い絨毯が艶やかな空間を演出し、甘い香水の漂うサロンには、露出の多いドレス姿の女たちが妖艶な笑みを浮かべて待ち構えていた。


「旦那様、おかえりなさいませ」

 令嬢たちの笑顔がきらめいた。



 その評判は瞬く間に大陸中を駆け巡る。


「聞いたか! アルテミオス王国の王宮が、本物の貴族の娘たちだけの高級娼館になったらしいぞ!」


「しかもあの国の王女の従妹までいるという……!」


 外貨が雪崩を打つように流入し始めた。一夜の予約に金貨100枚、予約は半年待ち。客層を王侯貴族に限定したことで、そこはいつしか、各国の有力者が顔を合わせる最高級の社交場として機能し始めた。



一年後。


「く、黒字だと……国庫に金貨がザクザク貯まってるだと」

 王は目の前の帳簿に唖然とした。


「だから言ったじゃない。私に任せればうまくいくのよ」

 サブリナは胸を張る。


「あなたこそ、本物の聖女だ」


「はっ? 私はただの“性女”ですよ」


「えっ!?」


 どうやら王たちは、聖女と性女を間違えて誘拐してしまったようだった。


「性女? せい、性のほうか。聖女ではなかったのか……」

 王の顔色が変わった。


「わしは娼婦に国家運営を任せていたのか」


「鈍いわね。今さら気づいたの?」


「今すぐルーベンを呼べ!」



 親衛隊長ルーベンがやって来た。王の表情を見て、ただ事ではないと理解した。


「貴様、わしが聖女様を誘拐しろと言ったのに“性女”を連れて来たな。これはどういうことだ!」


 ルーベンは王とサブリナを見た。


「隣国に聖女様は、いません。存在しないのです」


「何だと、しかし聖女様の加護で国が発展したとの噂が広まって……」


「それは聖女様の存在を示すことで、他国を牽制するためのフェイクでございました。王命が達成できないことで途方に暮れた私を慰めてくれたのがサブリナでした」

 

 サブリナの頬がほんのり赤くなった。


 王は二人の顔を交互に見て目が点になった。


「そういうことなのよ。じゃ、ここらで報酬をもらうわね」

 サブリナが言った。


「報酬? そうじゃった。そなたへの報酬は『天国の果実』の売上のロイヤリティであったな」


「──それとルーベン・フェスタ親衛隊長との結婚の仲人をお願いします」


「なんと! ……これは素晴らしいことじゃないか、ぜひ仲人をやらせてくれ」 


 サブリナとルーベンはお互いの顔を見合わせた。


「君は自嘲ぎみに性女なんて言ってるけど、僕とアルテミオス王国にとっては本物の聖女様そのものだ。愛してる」


「知ってる。だからこんなめんどくさいことを引き受けたのよ。ダーリンのために」

 そう言ってサブリナは、ルーベンとキスをかわした。



読んでいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。



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