第5話 出会いは一瞬、記憶は永遠
人の波に押されて、少年はひとり取り残された。
夜店の明かりが揺れ、遠くで花火の音が鳴る。胸の奥がざわつき、泣きそうになったそのとき——
「どうしたの?」
振り返ると、浴衣姿の女性がしゃがみこんでいた。
淡い灯りの中で、彼女の瞳はまるで水面のように静かに光っている。
「お母さんとはぐれたの?」
少年が小さく頷くと、彼女は微笑んだ。
「じゃあ……見つかるまで、一緒に花火を見よっか」
その声は不思議なほど落ち着いていて、胸のざわめきがすうっと消えていく。
彼女はリナと名乗った。
アッシュブロンズの髪を片側でまとめ、夜風にそっと揺らしている。
やがて空が赤く光った。
大輪の花火が音を立てて咲き、夜の闇を焦がす。
少年は思わず声を上げた。
「すごい……!」
リナはそんな彼を見つめながら、小さく囁く。
„Weißt du, merk dir das. Das Licht, das man am Ende des Sommers sieht, vergeht so schnell.“
——ねえ、覚えておいて。夏の終わりに見た光は、すぐに消えるものなの。
その言葉が、夜風よりも深く胸に染みた。
少年は何も言えず、ただ花火の音と彼女の横顔を焼きつけた。
次の瞬間、あたりが一段と明るくなり、彼の瞳の奥で光が跳ねる。
気づけば、人ごみの向こうで母親の声が聞こえた。
「おかあさん!」
振り向いたとき、リナの姿はもうなかった。
そこには、まだ温もりの残る浴衣の裾が、夜風に揺れていた。
——あの夜見た光が、本当に夏の終わりのものだったのか。
彼はもう覚えていない。
ただひとつだけ、胸の奥で熱をもっている。
少年の手のひらには、まだかすかな温もりが残っていた。
空では、最後の花火が音もなく散っていった。




