選ばれし者たちの朝
明治四年一月、東京・太政官の奥深く。障子越しに淡い冬の光が差し込む中、岩倉具視が静かに口を開いた。
「日本の未来を託す使節団を、欧米へ送り出す時が来た。新しき時代を担う才覚を、各所より推挙せよ」
重々しい声に、場の空気が一瞬で張りつめる。列席する官僚たちが息を呑み、静かな緊張が部屋を満たす。
――数日後、慶應義塾にも使節団随行員選抜の知らせが届く。
「桐生新太郎、有馬つばき、綾部影照、真田義経……君たちだ」
福沢諭吉が、いつもの穏やかな口調に、どこか厳しさを滲ませて告げる。
「語学力、志、そして未知を恐れぬ気概――今こそ、それが求められている」
新太郎は思わず手を握りしめた。越後訛りが抜けきらぬ自分が、なぜ……。脳裏に父の言葉がよみがえる。「時代に流されず、己の信念を貫け」
つばきは静かに頷く。女性でありながら選ばれたことに、胸の奥で熱いものが灯る。
影照は目を輝かせ、義経は口元を引き締める。
「異国の地で何を学び、何を持ち帰るべきか――その答えを見つけよ」
福沢の言葉に、四人はそれぞれの決意を胸に刻む。
やがて、彼らは佐賀藩の精煉方へと向かう。工房には蒸気機関の唸り、歯車のきしみ、油の匂いが満ちていた。
影照は機械の一つ一つに目を輝かせ、新太郎は異国の技術書を手に取り、つばきは工房の片隅で女性職人たちと自立について語り合う。義経は警護の要諦を、職人たちの所作から学び取ろうと静かに耳を傾けている。
「新たな時代の扉は、己の手で開くものだ」
福沢の声が、彼らの背中を押す。
その夜、三田演説館の灯が静かに揺れる中、新太郎は一人、机に向かう。
「……僕は、本当に選ばれるべき人間なのだろうか」
その問いに応えるように、遠くで福沢の講義が始まる鐘の音が響く。
「独立自尊――それこそが、真の学問の炎だ」
新太郎はそっと立ち上がり、扉の向こうの光へと歩み出す。
――こうして、彼らの「学問の炎」は静かに、しかし確かに燃え始めた。