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4年ごしの恋人は


「由花結婚したのか……」


送られてきた写真に、和希は呆然と呟いた。




昔のバイト仲間から「お前ら別れてたんだな。上原が結婚したって聞いたから、相手はお前かと思ったら刈谷だったから、写真見てびっくりしたよ」と連絡がきて、驚いたのは和希の方だった。


「これ式の写真だってよ。やっぱ上原って可愛いよな」と送られてきた写真の中で、ウェディングドレスを着た由花が幸せそうに微笑んでいた。


――和希が知る由花より、ずっとキレイでずっと幸せそうだった。


由花の隣に立つ白いタキシードを着た男は、和希もよく知っている男だ。


写真の中で嬉しそうに笑う男は、由花と付き合って一年が経った頃に、同じバイト先に入ってきた刈谷だった。





和希はずっと刈谷が嫌いだった。


刈谷は店に入った時から由花に気があるそぶりを見せていたし、何度由花に軽くあしらわれても、心折られる事なく由花を眩しそうに見つめる刈谷を疎ましく思っていた。


他のバイトの女子からわりと人気があったのに、女子からの告白も断って、いつまでも由花への執着を見せる刈谷が本当に嫌いだった。好きになれるわけがない。



だけどそう簡単に由花は誰かを好きにならない事を知っていたし、学生の間はずっと由花の側にいたから、不安はそれほどなかった。


由花は人当たりがいいように見えるけど、とても用心深く、プライベートでは簡単に人を近づけさせない。

和希だって(今なら告白を受け入れてもらえるかも)と思えるまで、二年もかかった。


由花は他の奴に気を持たせるような事はしないし、由花にあからさまな好意を見せながらも、全く相手にされていなかった刈谷を、和希はどこか下に見ていた。


「学生の間他の店で働いて来い」と親から言われたにも関わらず、卒業した後も一年ほどはしぶとく店に残っていたが、最後まで片思いで終わった刈谷に優越感を持っていた。


それと同時に、他の男からあれだけのアプローチを受けながらも軽く流す由花は、何があっても和希から離れるはずがないという自信にもつながった。


こうして送られてきた写真を見ても、ウェディングドレスを着た由花の隣にいるのが、和希ではない事が不思議に思えるくらいだ。





卒業して一年ほどが経ち、やっと刈谷が由花の周りから姿を消した後、和希は以前ほど由花に構えなくなった。


「もうこれで不安材料はない」と安心していたのかもしれない。

ちょうど仕事が面白くなってきたし、由花の休みの日に早く仕事を片付けて会社を出る事もなくなった。


いつでも同じペースで仕事をするようになると、会社の女の子から誘われるようにもなった。

彼女と別れてフリーになったと思われたようだ。


他の女の子から好意を向けられる事が新鮮で、和希も「長く付き合った彼女と別れたんだな」という同僚の言葉を、わざわざ否定しなかった。


ずっと由花一筋できたんだし、少しくらいよそ見をしても許されるんじゃないかと思えた。少しくらい遊んだとしても、時間が合わない由花にバレる事はない。


浮気に関しては全く融通が利かないが、結婚するなら由花だと思っていたから、本当に軽い気持ちの浮気だったのだ。


あまり会いに行かなかったのは事実だけど、気持ちが冷めていたわけではない。「離れていてもお互い気持ちが変わる事はない」と安心して、平日に無理してまで会いにいく事はないと思っていただけだ。



少しだけ。

しばらくだけ。

あと二年後くらいにプロポーズをするまでの間だけ。


―――そう思っていた。


和希にとっての本命は、いつだって真面目で優しい由花だった。


気持ちの上で浮気をした事は一度もなかったし、たった一回、部屋にいる女の存在がバレたくらいで破局するような関係ではなかったはずだ。


和希と由花は四年も付き合っていた。

由花は確かに浮気は絶対に許さないタイプだが、それでもそんな事で揺らぐ関係ではないはずだった。


あの時由花を追いかけなかったのも、部屋に呼んだ子は会社の子だったから、会社での評判を気にして体裁を保っただけだ。すぐに手を切るつもりだった。


由花には後でしっかりと謝って、これから誠意を見せて挽回していこうと思っていた。

あれが最後になるなんて、本当に思ってもみなかったのだ。


―――あの時追いかけていたら何かが変わっていただろうか。





結局由花との関係は終わった。


由花が、言い寄ってくる奴の誘いを全く相手にしないように、和希も全く相手にしてくれなかった。


あれほどの着信が入っていれば、どれだけ和希が話をしたいと願っているか、由花ならば分かっていただろうに、謝らせてもくれないまま、着信を拒否された。


由花の事はなんでも分かっているつもりだ。

着信拒否をしたくなるほどに、由花は本当に和希に愛想を尽かしたのだのだろう。


それでも当分は由花は一人だと思っていた。

だからそのうちに由花の気持ちが落ち着いたら、(もしかしたら―)と期待もしていた。


四年の月日が、こんなに呆気なく終わってしまうなんて信じられなかった。

今度こそ誠意を見せるつもりだった。


それなのに別れて一年も経っていないのに、あっさりと他の男と結婚するなんて、由花の方が刈谷と浮気していたのではと勘繰ってしまう。



―――いや。

やっぱりそれはないだろう。


由花はそういう事は絶対に許さない女だ。

だから俺に愛想を尽かしたのだ。


(だけど)と和希は思う。

よりによって刈谷だけは選んでほしくなかった。



「ねえ、刈谷くんがさ、紅茶に飴を入れて飲んでるの、見ちゃったんだ。ちょっと怖そうな顔してるのに、紅茶に飴を入れるなんて可愛くない?

「それいいね」って言ったら、色んな飴をくれたの。私も刈谷くんの真似してみたんだけど、すごく美味しいよ。和希も入れてみる?」


刈谷からもらった飴を紅茶に入れて、由花が笑った時から、和希は刈谷の事は嫌いだった。


全く意識されてないくせに、紅茶を飲むたびに由花にその存在を思い出させる男。

紅茶に飴を入れるのが当たり前になっても、誰かに「紅茶に飴?」とつっこまれるたびに、「あのね、バイト先の男の子がね、」といつまでも由花に語られる男。





(きっとこれからも俺は紅茶と飴を見るたびに、由花と刈谷を思い出すんだろうな)


和希はやり切れない思いで、和希と付き合っている時よりもきれいになった由花の写真を眺めた。


幸せそうに笑う由花は、もう和希の手の届かない人になっていた。


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― 新着の感想 ―
紅茶に飴を入れるのは、私も好きです。
油断大敵....ですなあ(^_^;)
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