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紅茶に飴を教えてくれた人


麻紀子と待ち合わせたお店に向かうと、すでに麻紀子は席についていた。


今夜は麻紀子と二人だけで集まるのだと思っていたが、テーブル席には他にも二人の男の人が座っている。

一人はよく知っている顔だ。


「麻紀子、お待たせ。井上くんも久しぶりだね。今日は井上くんも休みだったんだ。相変わらず仲良いね。そのネックレス、麻紀子とお揃いじゃん」


麻紀子の隣に座っている男の人は、麻紀子の彼だった。学生時代に和希と四人で遊びに行った事もあるので、由花は井上くんとは気兼ねなく話せる関係だ。

井上くんも平日休みの仕事なので、今日は今まで二人でデートしていたのだろう。


『もう一人の人は誰だろう?』と思って視線を移すと、こちらも懐かしい顔だった。


「あれ?もしかして刈谷くん?わ〜なんか久しぶりだね。一年ぶりくらい?髪短くしたんだね。印象変わって、一瞬刈谷くんだって気が付かなかったよ」


「うん。親父に、「お前は目つきが悪いんだから、客商売やるならせめて、髪をスッキリさせて清潔そうにしとけ」って言われてさ〜。強制的に短くさせられたんだ。ひどいだろ?

今日は上原さんと約束してるって井上に聞いて、俺も参加させてもらったんだ。本当久しぶりだよね」


くしゃっとした笑顔を見せる彼―――刈谷くんも、バイト仲間だった人だ。


「井上くんとは約束してなかったけどね」と由花が井上くんを見ながら笑って話すと、「うわっ!上原さん、冷たい!」と返されて、みんなで笑った。

 


少しきつい印象を受ける、切れ長の目をした刈谷くんの家は、小さなレストランを開いている。

一度みんなで食べに行った事があるが、レンガ建のオシャレで雰囲気のいいお店だった。


刈谷くんは家を継ぐ事を考えた四回生の時に、両親に「卒業までは外で働いてこい」と言われたようで、井上くんから麻紀子経由の紹介で、厨房バイトとして由花のお店に入ってきた。

卒業時に、「やっぱりもう一年くらい外で頑張れ」と一年追加を言い渡されたようで、さらに一年厨房バイトでしごかれていた。

一年前まで一緒のお店で働いていたので、由花は刈谷くんの事もよく知っている。


彼は明るくてよく動く人なので、職場ではみんなに慕われていた。

くしゃっとした笑顔が可愛いと斉藤さんにも気に入られていて、「見ちゃったんだけどさ、今日の刈谷くんはね〜」と、斎藤さんからはよく、微笑ましい「刈谷くん観察情報」を聞かされたものだ。


バイトを辞めてから繋がりがなくなり、会う事はなかったが、こうして久しぶりに会うと話が弾んだ。







「刈谷くん伝授の、紅茶に飴を入れる飲み方、私今でも続けてるよ。今日も家を出る前に、ミントティーにして飲んできたんだ」


「え!本当?うわ、俺の知恵がちゃんと上原さんに活きてるんだ。感動だね」


くしゃっとした笑顔を見せて刈谷くんが笑う。



紅茶に飴。


この飲み方を教えてくれたのは刈谷くんだった。


教えてくれたというより、休憩時間が合った時に、紅茶の中にのど飴を入れている刈谷くんを見て、(面白い飲み方だな)と思って真似したのが始まりだ。


「家にさ、お客さんにサービスで渡す飴がたくさん置いてあってさ。なんとなく紅茶に入れてみたら、フレーバーティーになるじゃん!ってハマっちゃったんだよね。

あ、俺色んな飴持ってるからあげるよ。色々試してみて」と、その時色々な味の飴をもらった事も覚えている。




「あの時色んな飴くれたよね」と、飴の話から食べ物の話になって、気になるお店の話になった。

刈谷くんは店の外の味を見たいからと、休みの日は食べ歩きをしているらしい。


「あ、その店俺も気になってこの前行ってみたよ。でも女子ばっかりで、場違い感半端なくてさ、味がしなかったよ。女子会開く隣で、一人でパスタを食べる俺ってどうなの、ってさ」


「あのお店は確かに男の人一人だと入りにくいかも。ああいう見るからに可愛いお店は、彼女と行きなよ」と笑う。


「彼女いないし。彼女いないままバイト生活終わって、実家の店に入って、出会いなんてあるわけないじゃん。親父とおふくろの顔しか見てないし。店巡りは一人で行ってるんだよ」


由花と刈谷くんの話に、麻紀子が笑いながら口を挟む。


「刈谷くん、すごくかわいそう。由花、今度ご飯に付き合ってあげなよ。女子の中に一人残される、刈谷くんを助けてあげて?」


「え?いいよ。刈谷くん、今度休みが合う時に、パスタ屋さんに行ってみない?斎藤さんが教えて―」

「「えっ!!」」



麻紀子の言葉を受けて刈谷くんを誘うと、突然大きな声で刈谷くんと井上くんに反応されて、由花も「えっ?」と反応を返す。


「え、だって上原さん、プライベートでは、付き合っている男以外とご飯食べに行かない派なんだろ?」と、驚いたように井上くんに尋ねられて、由花も驚く。


「なにそのルール。違うよ。彼氏がいる時は、誤解されないように、女の人がいない食事会に行かなかっただけだよ。あんまり知らない人とも行かないけど。

―――あ。もしかして私が断るの前提の話だった?ごめん。今のうそだから」


(飲み会の席の冗談だったか)と慌てて由花は断った。

こうして誰かと飲みに行くのは久しぶりで、ノリを忘れてしまっていたようだ。


恥ずかしい。早く話題を変えなくては。


「それよりさ、この前行った美容室で、美容師さんが話してたんだけど―」

「待って、待って、待って。断られるかもって思ってたけど、上原さんが断るの前提じゃないから!」


ガタンと音を立てて刈谷くんが立ち上がる。


「待って、本当に待って。麻紀子ちゃんに頼んでたんだよ、上原さんとご飯に行けるように話を振ってほしいって。

井上は「三年も無理だったんだし、無理じゃね?」って他人事だと思ってすっげー冷たい事言ってくるんだけどさ、諦めきれなかったんだ。

行きたい!俺、上原さんとパスタ屋行きたい!うちの定休日は火曜だけど、他にも土日以外なら好きに休みは一日取れるし、合わせるよ」



怒涛の告白に圧倒されて、「え?三年?」とだけ聞き返してしまう。

三年という言葉が気になって、そこから先が入ってこなかった。



ハッと冷静になったのか、刈谷くんが静かに椅子に座り直した。真っ赤に染まった顔が「やってしまった」と語っている。


「………三年前に井上から、麻紀子ちゃん経由でバイト紹介してもらってさ。そこで上原さんに一目惚れしたんだ。でも上原さん、五十嵐くんと付き合ってただろ?すげー仲良さそうだったし。

諦めるしかないって思ってたけど、一緒に仕事してたらもっと好きになっちゃって、ずっと諦められなくて。

卒業したら上原さんと五十嵐くんは休みが合わなくなるし、「もしかしたらチャンスあるかも」って一年間バイト期間を伸ばして粘ってみたけど、上原さん、バイト帰りのお茶の誘いにも乗ってくれないしさ。無理だなってやっと諦めついたんだ。

………一年前のその時、諦めたはずなんだけどさ、上原さんが別れたって話聞いたら、やっぱりもう一度頑張ってみようと思って――――あああ………俺はなんでこんな事を話してるんだ………」



どんどん表情が暗くなって口を閉じてしまった刈谷くんを見ていたら、由花はおかしくなって笑ってしまった。


「刈谷くんって一見怖い顔してるけど、なんか見てると可愛いんだよね〜」と話していた斉藤さんの言葉を思い出す。


刈谷くんの言葉は、由花と和希が仲が良かった頃に別れを願っていた言葉だったけれど、悪い気はしなかった。


確かに刈谷くんはよく「喉かわいた〜。帰りにお茶飲まない?」「お腹すいた〜。帰りになんか食べない?」とよく誘ってくれた。


軽い感じに誘ってくれていたので、深い意味はないだろうと思っていたが、それでも和希が知ったら不安になるかもしれないと思って、一度も誘いに応じた事はなかった。


あの時は意味のある誘いは困るだけだったが、今はそんなにも長く思ってくれた事が素直に嬉しく思えた。


刈谷くんは、明るくてよく動く人で、職場ではみんなに慕われていた人だ。由花も二年間一緒に仕事をしてきたので、彼の良いところはたくさん知っている。



「えっと……ありがとう。あの……じゃあ今度ご飯に一緒に行かない?斉藤さんお勧めのお店だから、多分美味しいんじゃないかな?」


「え……?本当に?行くよ。絶対行く!上原さんの次の休みに行こう!」


暗く沈んでいる刈谷くんに声をかけると、すごく嬉しそうな顔に変わった。


刈谷くんの気持ちを聞いても、くしゃっとした笑顔が可愛いと思ってしまうのは、早くも彼に気持ちが向き出しているからだろうか。


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