紅茶に飴
「そっか。それじゃしょうがないよね。分かった。お仕事頑張ってね」
由花はそう答えて電話を切った。
和希からの電話は、「仕事が遅くなりそうだから、今日は由花んとこ寄れそうにないんだ」と、由花のマンションに寄る約束を断る連絡だった。
(やっぱりね。そう言うと思ってたよ)
どうせ今日も仕事を理由に来ないだろうと思っていた。
何度も繰り返されている事だ。
いまさらガッカリする事ではない。
基本平日休みの仕事をしている由花と会うたびに、「今度の由花の休みの日は、仕事帰りに会いにいくよ」と和希は約束するが、それは別れ際の挨拶の言葉のようなものになっている。
あまり守られる事のない、軽い約束の言葉だ。
この前会った時も同じ言葉をかけられたから、(そう言いながら、次に私が土日休みを取れるまで、会いに来ないんでしょう?)と内心思っていた。
だから約束していた今日も、和希の分の夕食の買い物はしていない。
(無駄な買い物をしなくてよかった)と思ってしまうのは、和希に期待をしなくなったからだろうか。
由花と和希は、学生の時にバイト先で出会い、大学三回生の春に和希に告白されてから、もう四年もの付き合いになる。
お互いに一人暮らしをしていることもあって、学生の時はいつでも一緒にいた。
あの頃は、由花は和希のことは何でも知っていると思っていたし、和希も由花のことは何でも知っていたと思う。
だけど社会人になって二年も経つと、少しずつ二人の関係は変わってきた。
由花はバイト先のレストランに就職をしたので、基本平日休みだが、和希は土日休みの会社員だ。
会えない時間が二人の距離を広めていた。
由花の仕事は、週末から日曜にかけてが特に忙しく、帰りも遅くなるので、仕事の後に和希に会いに行く時間がない。
だから由花の休みの平日に、和希が仕事の後に寄ってくれる約束になっている。
「週末に時間がない事は、俺もバイトしてたし分かってるからさ。俺が由花の休みの日に必ず会いに行くって約束するよ」と、和希から言い出した約束だった。
最初のうちは、会えない時間を寂しく思ってくれたのか、由花が休みの日は本当に必ず会いに来てくれた和希だったが、ここ一年ほどの間は、仕事を理由に次第に断られる事が多くなっている。
仕事を早く切り上げてまで、由花に会う時間を作りたいとは思わないのだろう。
もちろん仕事は大事だ。
和希が新しい仕事を任されて忙しくしているならば、由花だって応援したい。
だけど、一週間に二回会えた日が週に一回になり、二週間に一回になり、三週間に一回になり、と会える日は減っていっている。
いま和希に会えるのは、月に一度の由花の土日休みの時だけだ。
ごくごくたまに、ふと約束を思い出したように、平日遅くに寄ってくれる時があるくらいだった。
「この時期はわりと暇になる時期らしい」と話していたはずの時期でさえも、なかなか会いに来ないとなると、そろそろこの関係を考え直さなければいけない時が来たのかもと思ってしまう。
「結婚しよう」って言ってくれないかな。
「一緒に住もう」って言ってくれないかな。
ずっと待っている言葉は、いつまでも聞ける事はない。
いっそ和希の言葉を待たないで、由花から話してみようかと思った事は一度や二度ではないが―――きっと和希はそんな由花の言葉は待っていない。
付き合いが長いからこそ、和希の答えが分かってしまって、言い出すことなんて出来なかった。
「考えても仕方がない!紅茶でも飲もっと!」
落ちていく気持ちを断ち切るように声に出して、由花は立ち上がる。
こういう時は甘い紅茶がいい。
由花はマグカップに紅茶のティーバッグを入れて、飴玉を二ついれ、そこに熱いお湯を注いだ。
今の気分はイチゴ飴だ。
フワリと紅茶の香りと共に、甘いイチゴの香りが立つ。
スプーンでカラカラと音を立てながら、イチゴ飴はカップの中で小さくなっていき、ただの紅茶を甘いイチゴティーに変えてくれた。