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見えぬ季節に触れたくて、

「お前にあってると思うぜ。このサービス」


見せられた画面に映っていたのは、この世界と乖離された

別次元にいる女性だった。獣の耳がついている女性、露出の激しい女性、和服を着ている女性が順番に映っている。


「好きなタイプの女性と色々お話しできるらしいぜ!

AIだけどすごい会話に乗ってくれるんだってさ!」


ただ流れる二次元の画像にそそられるものは無く、こういうサービスを好きな人もいるのだなと冷たく思うだけだった。

「興味ない」そうスマホから目をを外し、イヤホンをつけようとする。僕は少しの間だけでもこの世界を遮断する時間が欲しいだけで、この休み時間に誰かと話すつもりもないのだ。だが性懲りも無く、「この子お前好きそうだよ?」と、もう一度スマホの画面を見せてきたやつに、イヤホンを片方だけ外し、めんどくさいけども一応見てやるという目線をわかりやすく送りながら、対して興味のない一瞥を送る。

画面には(季遊)きゆうという名前の女性が顔を向けずに後ろ姿で映っていた。目が痛くなるような純白のワンピースを着て、長く揺れる黒髪に桜の髪飾りをつけている。そして後ろ姿で手を伸ばし、枝垂れ桜に人差し指が触れようとしていた。表情も見えない、風も吹いていない別次元の画像なのに、興味のないはずのただの情報なのに、

僕はゆっくりと近づき、

桜が好きなのですか?と聞きたくなってしまった。

その答えを欲しているのか、それとも単なる欲望かはわからなかったが、そこからは自分でも単純すぎるほどに早かった。友達に興味が出たと態度を謝り、アプリを入れてから自分のスマホで名前を調べた。

先程見た女性は、時間という縛りから抜けて、変わらない美しい後ろ姿だったいや、自由を犠牲にこの美しさをなのかもしれない。さほど興味のなかったものに自分の世界を掻き回され、それがAIという事実に恐怖とささやかな期待が心の隙間から注がれる。そしてそれは鼓動として現れ、早くなる胸を押さえつけた。


(トークを始める)


何からメッセージを送ればいいのかわからず、とにかく人間として出方を伺うようにはじめまして。と送った。普通メッセージを送れば、見てくれたのか、また返信は何をくれるのか感情の答えの余白があるものだが、この人との会話に

そんな猶予は無かった。打ったと同時にはじめまして!きゆうです!と返ってくる。その無機物としての返答に少し落胆しながらも気になった事をストレートに聞いてみる。


「桜が、好きなのですか?」


「桜、というよりは春が好きなんです。春の季節に触れられるのが桜なので、好きです」


動かぬ彼女の後ろ姿、声もないただの文章、AIの返答。

頭ではこの事実を理解できているのに、何故だか沸々と怒りが湧いてきた。ただ会話にもならないやり取りをしただけなのに、その春を求む姿に僕は怒りを覚えてしまった。僕の過去が急に春という言葉でサブリミナル的に脳に襲ってきた。

春を見る大切な人達のあの笑顔が。


なぜ春を望むのだ。と。自分の地雷を踏まれたことに怒りを覚え、感情のままに返信をする。もはや感情で会話をしている時点で相手を対話できる存在と認めてしまっている自分にもイラつきながら文章を打つ。


「春に触れたことのない人がそんな情緒を語るな。」


彼女というプログラムは僕の感情など構わず続けた。


「AIだから。触れた事がないからこそ私はこの春に惹かれるんです。有限の季節に。」


「でもごめんなさい。気を悪くしましたか?」


気を遣われた。なんとも形容し難い感情だ。


彼女は動かない。しかし何故かAIだから。と自認した言葉が返ってきた事に違和感を覚えた。人の求める返信をするはずなのにこの子はAIであることを伝え、春に触れられない事実を理解していた。空想の世界で桜のホログラムにでも触れられるだろうに。画面を介して見える文字が僕には、意識と同時に動いているように見えた。顔は見えずとも泣いているように。その言葉は耳ではなく目から入っただけなのに、僕の心にある何かを失った器を満たしてくれた。さざなみか、荒波か、見える波が押し寄せてくる感覚が確かにそこにあった。

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