姫野くんの想い人
テニスコートが見えるところまで来ると
姫ちゃんは小走りになりどんどん先に行ってしまったが
いい感じの木の下に着くとピタッと止まり
クルッと振り返った
「先生!こっちこっち!ここだよ!」
満開の向日葵のような笑顔で
両の手を大きく振り上げ
貴腐人を呼ぶ
くぁぁぁぁぁぁ〜
な、なんなんだこの生き物は
可愛いがすぎる
可愛いの大渋滞だぁぁ~
心の中のデレデレが表情に出ないように堪えながら歩き
貴腐人が姫ちゃんのところまで追いつくと
「ほら!ここ!すごく良くコートが見えるでしょ?ね?特等席!」
そう言って姫ちゃんは貴腐人に木の下に座るように促す
仕草の一つ一つがあざとく可愛く眩しく
もう…目尻がおかしくなりそうだ
はぁぁぁぁ
デレが漏れる…
貴腐人は奥歯をギュッと噛み締め
デレが漏れないように再度顔をつくる
「あぁ、本当にここはテニスコートが良く見えるね」
「でしょ?」
隣にちょこんと座ったハーフパンツ姿の姫ちゃんの膝小僧がピンク色で…
うわぁ
いかん!けしからん!
思わずパッと姫ちゃんから視線をそらし
テニスコートを凝視する
選手たちは練習試合前のウオーミングアップを兼ねた
乱打をしているようだ
「ねぇ、センセ?僕ね…今日遠征に来てる他校のテニス部の人の中に気になる人がいるんだぁ」
「え?そうなの?」
「すっごく強いし、かっこいいんだよ!」
「そ、それは…好きということ?恋愛的な意味で…??」
「うーん…まだ…恋?までじゃないかもだけど…話したことも無いし…ただ…こうやって見れるチャンスがあるならそのチャンスは絶対に逃したくないなって思うんです」
「へぇ…それって推し的な?」
姫ちゃんが気になるなんて
どの子の事だろうか?
姫ちゃんの話を聞きながら
テニスコートを見回す
あれ
玲央だ…
やっぱり来てたんだ
まぁ、玲央は置いといて
かっこいい子…どの子の事かな?
あの背の高い子かなぁ
それともあっちのいい感じに日焼けしたイケメンかなぁ
あ、あれかなぁ
あの爽やかな笑顔の…
「推し…ではないかな…やっぱり好き…なんだろうな…話とかしてみたいなぁ」
姫ちゃんは少し頬を赤らめる
「そっか〜
で、それってどの人?」
「えぇ!えっ…えっと…あの…あの…」
姫ちゃんはわたわたと焦りながら
テニスコートを見回す
「あれ?さっきまで居たのに居なくなってる…」
「あら…そうなの?残念」
姫ちゃんはホッとしたように
でもちょっと残念そうにはにかんで
「先生、ランチ食べちゃお!」
「そうね…その人もまたそのうちコートに戻って来るだろうしね」
「……先生…絶対にどの人か言わせる気でしょ」
「え?だって気になるじゃない?(男子に)モテモテ姫野くんの意中の人だなんて!他人の恋バナって楽しいしワクワクしちゃう」
「もう!」
姫ちゃんはぷくっと頬を膨らませ
プイッとそっぽを向く
耳まで真っ赤だ
ちょっとからかい過ぎたかな
「さあ、食べようね」
そう言ってサンドイッチに手を伸ばそうとした時
「あれ?母ちゃん?」
聞き慣れた声に振り向くと玲央が立っていた
「玲央!」
「母ちゃん、美味そうな物食ってんじゃん!」
「良いでしょ!この子の手作りなんだよ」
と姫ちゃんの方を見ると
姫ちゃんはさっきより更に顔を真っ赤にして瞳を潤ませていた
ん?
そして姫ちゃんはサンドイッチの入った容器をぷるぷると震える手で玲央の方へと差し出し
「よ、良かったらお一つどうぞ…」
と蚊の鳴くような声で言った
「え?良いの?サンキュ!」
玲央は躊躇なくサンドイッチに手を伸ばし
パクリと口へと運んだ
「美味っ!」
玲央はペロリとサンドイッチを食べ終わると
姫ちゃんを覗き込んで
「ありがとな!美味かった!」
と言ってニッコリ笑った
それを見て姫ちゃんは
嬉しそうにそして恥ずかしそうに微笑み返して
コクンと頷いた
んん?
「さぁて!練習試合頑張っちゃおっかなぁ」
玲央はブンブンと腕を回しチラリとこちらを見る
「玲央ガンバ」
「おぅ!見てろよー全戦全勝だ!」
玲央はそう言ってコートの方へと走り去って行った
「あの…赤星の冴木くんて…先生の息子さんだったんですね…」
「え?あぁ…うんそうだよ」
「僕…先生に息子さんいるのは知ってたけど…
前に偶然先生が息子さんと歩ってるの見かけたときに一緒にいたのは先生にそっくりの人で…息子さんってその人だけだと勝手に思ってたから…赤星の冴木くんは関係無いと…」
姫ちゃんは走り去って行く玲央の後ろ姿を見つめながら話し始める
「そうなんだ…多分一緒にいたのは長男の理久だね…
玲央はうちの三男坊なのよ…理久は私似で玲央は父親似なんだよね」
「三男…そうだったんですか…冴木くん…先生の…」
「玲央のこと知ってたの?」
「え?まぁ…あの…その…」
姫ちゃんはもじもじしている…
まさか…
「も…もしかして…さっき言ってた気になる人って…」
「………冴木くんのことです」
そう告白する姫ちゃん
その瞳は完全に恋する乙女のものだ
まじか
「あ~そうなんだ…玲央ね…玲央のコトだったのね」
「好きでいたらダメですか?」
「え?ダメって事は無いけど…玲央ってかっこいい?」
「え?超超超超超超かっこいいですけど?」
姫ちゃんの目が本気だ…
そうか
うちではブラザーたちに甘えまくりで
ほぼダラダラグダグダ過ごしている末っ子は
お外では『かっこいい判定』されるのか…
「そう…かっこいいのね?」
「はい。かっこいいです」
「そっか〜そうなのか〜」
「あ!でも…どうしよう…先生が冴木くんのお母さんだなんて…僕…僕…どうしたら…」
と再びもじもじし始める姫ちゃん
「いゃ…別に今まで通りで良いのでは?」
「あの、これからは先生の事お母さんって呼んで良いですか?」
「ダメに決まってるでしょ」
「ですよね」
「うーん…そっか〜姫野くんが玲央をねぇ」
「あの、それで冴木くんは…玲央くんは…恋人いるんですか?」
「ん?…前は彼女いたみたいだけど
今はいないし…多分作る気も無さそうな感じ?友達と遊んでる方が楽しい!みたいな」
でも…実は玲央って元夫に似て惚れっぽいところあるんだよね…可愛い子に激弱だしチョロいし
「ふぅん…じゃ
まずはお友達になってもらえるようにしなくちゃか…それから…」
ブツブツと呟きながら一点を見つめる姫ちゃん
どうやら玲央の攻略方法を考えはじめたようだ
「あの?姫野くん?」
声をかけると姫ちゃんはハッと我に返り元気よく言った
「僕、頑張ります!!」
えぇ~!?
頑張っちゃうのかぁ
「…そっかぁ」
貴腐人の脳内はイロイロと複雑な思いが
くるくると螺旋を描くように駆け巡り
かじりついた美味しいはずのサンドイッチの味が
わからなくなってしまったのでした…




