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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第7章:アルカノア農場戦記
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第99話 主従ごっこ、始めました

 港町。


 潮風と魚と汗の匂いが入り混じった、ごちゃついた路地。その真ん中で、俺たちは“作戦”を開始した。


「……さあ歩け、下僕!」


 ツナギの襟をリオックがグイッと掴む。


「はいはい、ご主人様ぁ……」


 俺は、くたびれたダストラの労働者を演じて、猫背でダラダラ歩く。リオックはその後ろをピッタリマークしてきて……口元は不気味な笑み。なんか目がギラッて光ってんだけど?


「遅いぞ無能。その足で私の遣いが務まるか!」


「す、すみませんご主人様ぁぁ……!」


「謝っても遅い!今夜はお仕置きだァァ(ふぉぉぉぉぉ……っ!なんという奉仕プレイ!!)


 おい声裏返ってんぞ!?なんか演技の枠、踏み抜いてないか!?


「この役立たず!朝もろくに私のエーテルを満足に整えられなかったくせにッ!」


「…ちょっ!?なんか、それはさすがにドン引きだぞ!?」


「黙れッ!喋るなッ!その口は主人の靴を舐めるためだけに使え!!(器様を民衆の前で“これは私のものだ”と知らしめたい……っ!!)」


「いやお前、ちょっと落ち着け!?周り見ろ!?ガン見されてるぞ!?」


 案の定、リオックの暴走に通行人の視線がバチバチ集まってきた。


「おお、なんか……えっろい主従きたぞ……」


「召使いのほう、顔整ってんなぁ」


「おい、見ろよ!召使いのケツ……ありゃ男か?いや関係ねえな……」


「あのダストラ、あの騎士の持ち物なのか……クソ羨ましい……」


 うわぁ……なんか港の治安が溶けてきた。ってかこの世界の主従文化ってそっち方面なのか!?いや違うだろ常識的に考えて!?


「お前やりすぎだって!!さっきからなんだよそのセリフ!」


「口答えするなぁぁ!?(で、では……尻を叩いてよろしいのでしょうか!?)」


「だあああああああ!やめろ!そういう趣味の公開プレイにしか見えねえから!!」


 リオック、もはや演技じゃねぇ。どこが“罵倒プレイで潜入捜査”だよ!


(これじゃ、ただのエロショーだろ!!)


(す、すいません!つい……!)


 その時、海の男っぽい兄ちゃんがニヤニヤ近づいてきて……。


「なあなあ、騎士さんよ!こいつ、いくらで貸してんだ?」


「え、いや、違っ…って、誰が誰を貸してんだぁ!コラァ!!」


 なんで俺が、出航明けの野獣の欲望を

受け止める羽目に……!?


「なぁ、ちょっと触るだけでも……」


「この野郎、器様に触るなぁぁ!この尻も、匂いも、ぜんぶ俺専用ぉぉぉぉ!!」


 騎士、ブチギレ。


 剣を抜いて蹴散らしてるけど、誰もケガしてない!?コイツ、かなりのやり手なんじゃ?


「器様の毛先一つでも触れようものなら、海に沈めるぞぉぉぉ!!」


「なんだよ!どうせ毎晩毎晩楽しんでんだろ!」


「そうだそうだ!一晩くらい譲れよ!!」


 地獄絵図。騎士 vs 船乗り、謎のセクハラ抗争勃発中。


(……はあ。なんでこうなるんだよ)


 すると――


「……ずいぶん乱暴なご主人だ。あれじゃ身も心も削れますよ」


 すぐ隣で、ふいに聞こえた低い声。


 振り返ると、黒コートの男が立っていた。顔半分をフードで隠してて、目だけがやたら静か。しかもイケメン。……なんだけど、なぜか警戒心がゾワッと湧く。


「え?あ、まあ、ちょっといろいろ……」


 つい愛想笑いを浮かべた俺に、男は懐から小さな封筒を差し出してきた。


「あなた、ダストラですよね?……なら、きっと興味があると思います」


 その一言で、背筋がピンッと張る。鼓動が跳ねた。


「なんだよ、それ……?」


「ここじゃ話しにくい。少し歩きませんか?あなたのような“持たざる者”にこそ、価値のある話です」


(こいつ……ただのナンパとかじゃない。ビンゴか!?)


 俺は封筒を握りしめ、喉を鳴らした。


「……ちょっとだけ、なら」


 そう言って、男の後ろを歩き出す。


(せめて、どこまでの話か確かめるだけ……ヤバそうならすぐ戻ればいい……!)


 ちらっと振り返りかけて……やめた。


(リオックのやつは……うん、絶賛暴走中)


 今のリオックはハイすぎて、もはや正気も芝居も吹き飛んでるハズ。あの状態で余計なこと口走られたら、作戦もへったくれもねぇ。


(……ここで“主従ごっこ”ってバレたら、全部パーだ)


 だったら今は俺が動くしかねぇだろ。


 そう腹を括って、俺は見知らぬ男のあとを追った。


 ******


 剣をぶん回し、港を暴れ回っていたリオックが、不意にピタリと動きを止めた。


「……ッハァ、ッハァ……器様に欲情する者どもは、もれなく海の藻屑にしてくれる……!」


 最後の一太刀で木箱を真っ二つに裂いたあと、その場に立ち尽くし、静かに目を伏せる。


 港は、潮風と焦げた魚の匂い、そして微かに残る血気で満ちていた。辺りには、倒れた男たちと、裂かれた服の残骸、そして静まり返った空気だけが残る。


 リオックは、一拍おいて、ふっと目を開けた。


「……動いたか」


 その目は、さっきまでの狂乱の騎士ではない。全てを見通すような、冷静で研ぎ澄まされた瞳。まるで、今の騒ぎすら計算の一部だったかのように。


「器様……その身を囮にしてでも、導こうとしておられるのですね……その覚悟、尊く、そして……愛おしい」


 静かにマントを翻す。そこに動揺は一片もない。むしろ、悦びすら滲ませていた。


「いかなる闇の中であろうと、私は見失いませぬ」


 そして彼は、ゆっくりと歩き出す。


「我が神の導のままに……」


 まるで、これから始まる追跡劇に、ほんの少しの興奮すら感じているかのように。


 ――リオックはただ一人、マントで身を包み、港を後にした。


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