第99話 主従ごっこ、始めました
港町。
潮風と魚と汗の匂いが入り混じった、ごちゃついた路地。その真ん中で、俺たちは“作戦”を開始した。
「……さあ歩け、下僕!」
ツナギの襟をリオックがグイッと掴む。
「はいはい、ご主人様ぁ……」
俺は、くたびれたダストラの労働者を演じて、猫背でダラダラ歩く。リオックはその後ろをピッタリマークしてきて……口元は不気味な笑み。なんか目がギラッて光ってんだけど?
「遅いぞ無能。その足で私の遣いが務まるか!」
「す、すみませんご主人様ぁぁ……!」
「謝っても遅い!今夜はお仕置きだァァ(ふぉぉぉぉぉ……っ!なんという奉仕プレイ!!)
おい声裏返ってんぞ!?なんか演技の枠、踏み抜いてないか!?
「この役立たず!朝もろくに私のエーテルを満足に整えられなかったくせにッ!」
「…ちょっ!?なんか、それはさすがにドン引きだぞ!?」
「黙れッ!喋るなッ!その口は主人の靴を舐めるためだけに使え!!(器様を民衆の前で“これは私のものだ”と知らしめたい……っ!!)」
「いやお前、ちょっと落ち着け!?周り見ろ!?ガン見されてるぞ!?」
案の定、リオックの暴走に通行人の視線がバチバチ集まってきた。
「おお、なんか……えっろい主従きたぞ……」
「召使いのほう、顔整ってんなぁ」
「おい、見ろよ!召使いのケツ……ありゃ男か?いや関係ねえな……」
「あのダストラ、あの騎士の持ち物なのか……クソ羨ましい……」
うわぁ……なんか港の治安が溶けてきた。ってかこの世界の主従文化ってそっち方面なのか!?いや違うだろ常識的に考えて!?
「お前やりすぎだって!!さっきからなんだよそのセリフ!」
「口答えするなぁぁ!?(で、では……尻を叩いてよろしいのでしょうか!?)」
「だあああああああ!やめろ!そういう趣味の公開プレイにしか見えねえから!!」
リオック、もはや演技じゃねぇ。どこが“罵倒プレイで潜入捜査”だよ!
(これじゃ、ただのエロショーだろ!!)
(す、すいません!つい……!)
その時、海の男っぽい兄ちゃんがニヤニヤ近づいてきて……。
「なあなあ、騎士さんよ!こいつ、いくらで貸してんだ?」
「え、いや、違っ…って、誰が誰を貸してんだぁ!コラァ!!」
なんで俺が、出航明けの野獣の欲望を
受け止める羽目に……!?
「なぁ、ちょっと触るだけでも……」
「この野郎、器様に触るなぁぁ!この尻も、匂いも、ぜんぶ俺専用ぉぉぉぉ!!」
騎士、ブチギレ。
剣を抜いて蹴散らしてるけど、誰もケガしてない!?コイツ、かなりのやり手なんじゃ?
「器様の毛先一つでも触れようものなら、海に沈めるぞぉぉぉ!!」
「なんだよ!どうせ毎晩毎晩楽しんでんだろ!」
「そうだそうだ!一晩くらい譲れよ!!」
地獄絵図。騎士 vs 船乗り、謎のセクハラ抗争勃発中。
(……はあ。なんでこうなるんだよ)
すると――
「……ずいぶん乱暴なご主人だ。あれじゃ身も心も削れますよ」
すぐ隣で、ふいに聞こえた低い声。
振り返ると、黒コートの男が立っていた。顔半分をフードで隠してて、目だけがやたら静か。しかもイケメン。……なんだけど、なぜか警戒心がゾワッと湧く。
「え?あ、まあ、ちょっといろいろ……」
つい愛想笑いを浮かべた俺に、男は懐から小さな封筒を差し出してきた。
「あなた、ダストラですよね?……なら、きっと興味があると思います」
その一言で、背筋がピンッと張る。鼓動が跳ねた。
「なんだよ、それ……?」
「ここじゃ話しにくい。少し歩きませんか?あなたのような“持たざる者”にこそ、価値のある話です」
(こいつ……ただのナンパとかじゃない。ビンゴか!?)
俺は封筒を握りしめ、喉を鳴らした。
「……ちょっとだけ、なら」
そう言って、男の後ろを歩き出す。
(せめて、どこまでの話か確かめるだけ……ヤバそうならすぐ戻ればいい……!)
ちらっと振り返りかけて……やめた。
(リオックのやつは……うん、絶賛暴走中)
今のリオックはハイすぎて、もはや正気も芝居も吹き飛んでるハズ。あの状態で余計なこと口走られたら、作戦もへったくれもねぇ。
(……ここで“主従ごっこ”ってバレたら、全部パーだ)
だったら今は俺が動くしかねぇだろ。
そう腹を括って、俺は見知らぬ男のあとを追った。
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剣をぶん回し、港を暴れ回っていたリオックが、不意にピタリと動きを止めた。
「……ッハァ、ッハァ……器様に欲情する者どもは、もれなく海の藻屑にしてくれる……!」
最後の一太刀で木箱を真っ二つに裂いたあと、その場に立ち尽くし、静かに目を伏せる。
港は、潮風と焦げた魚の匂い、そして微かに残る血気で満ちていた。辺りには、倒れた男たちと、裂かれた服の残骸、そして静まり返った空気だけが残る。
リオックは、一拍おいて、ふっと目を開けた。
「……動いたか」
その目は、さっきまでの狂乱の騎士ではない。全てを見通すような、冷静で研ぎ澄まされた瞳。まるで、今の騒ぎすら計算の一部だったかのように。
「器様……その身を囮にしてでも、導こうとしておられるのですね……その覚悟、尊く、そして……愛おしい」
静かにマントを翻す。そこに動揺は一片もない。むしろ、悦びすら滲ませていた。
「いかなる闇の中であろうと、私は見失いませぬ」
そして彼は、ゆっくりと歩き出す。
「我が神の導のままに……」
まるで、これから始まる追跡劇に、ほんの少しの興奮すら感じているかのように。
――リオックはただ一人、マントで身を包み、港を後にした。




