第91話 誰がウケだってぇ!?
朝風呂入って、朝飯食ってさっぱりした俺たちとは対照的に、空は見事にどんより曇天。
「朝からずっと降ってんな……」
どのくらいの雨かって言うと、畑に出たら一瞬で靴が泥に沈んで二歩で後悔するレベル。
日本でいうところ、THE梅雨。
「今日も作業は中止ですわねぇ」
シーダさんが、干してあった鍬を手に取りながらつぶやいた。土のぬかるみ具合を見れば、たしかに無理だ。
「こればっかりは仕方ないわ…」
「パンツも全然乾かないっす」
アリスと玄太も、ちょっと肩を落としてる。特に玄太は“パンツが湿ってること”に対して絶望してる。
「それなら器様が、ちょいちょいっと天に祈れば、かような雨など……!」
リオックがしれっと言ってきた。
……まぁ天気を操れるはずの男が目の前にいりゃ、当然そう思うよな。
(でも、俺が俺じゃなくなる一歩手前かもしれない、なんて言えないし)
そんな俺の様子を、玄太がちらっと見て声を上げた。
「今日はサイロとかの整理でもしないっすか!?」
いつもどおりを装いながら、俺の代わりに空気を動かしてくれてる。
「それ!いいわね。ずっと放置してたし!」
「なら俺は、倉庫と小屋の修理をしてこよう」
「はい、コンバインさん。よろしくお願いいたします」
ついこの間、雨呼びの石であんなに苦労したのに!今度は晴れ待ちかよ。いい加減にしてくれ!!
……なんて拗ねてる自分が、いちばん情けない。
「ふむ。天は運に任せるものじゃ。ぬしのせいでは無いじゃろ」
「クータン……」
いつの間にか近づいてきてたクータンが、俺の足元から覗き込んでくる。その黒い瞳に、何かを見透かされた気がした。
「……そういう問題じゃねぇよ」
神じゃない。伝説の勇者でもない。けどそれでも、誰かの「役に立てる俺」でいたかった。
「でも、これが本来の俺ってことか…」
そうだ、今できることをやるしかない。
「じゃあ、てんぱい!二人でサイロの整理いくっすよ!」
「お、おう、そうだな!」
********
濡れた地面を避けながら裏道を抜けて、サイロの影に回る。この辺はあんまり人通りがないから、農場の中でもちょっと静かな場所だ。
で。そんな静かな場所に、なんか気まずい空気がただよってた。
(……やんっ…だめっ)
不安な声に足音を止めた玄太。
「……あれ、誰かいないっすか?」
サイロの角から二人してそっと覗くと…?
……いた。
農夫のおっちゃんリカルド。渋い顔の無口系男。相手は、布作業班のルナって子だ。ちょっと小柄で、照れた笑いが可愛いタイプ。
で、その二人。
「ん、もう……お昼になっちゃうからぁ…っ」
「んじゃ、…味見しとくかぁ?」
おい待て。味見て何だ味見て。
しかも、ルナは必死に声抑えてるけど、もう耳まで真っ赤でぷるぷるしてる。
「あっ……服、しわになっちゃうってば!」
「いいじゃねぇか。どうせすぐ脱がす」
おいこらおいこらおいこらおいこら!!!!
(……てんぱい、これ18禁のすげえやつっす……!!)
(……ああ、マジなやつだ…!)
揃って物陰でしゃがみこむ好奇心の盛りの俺と玄太。二人の顔の距離がめちゃくちゃ近い。
(……ゴクッ)
いや、それどころじゃない。あれマジで始まるやつじゃん。
「っ……リカルドさん……おっき……」
「まだまだ……こんなもんじゃねえぞ……?」
おいっ……!?ナニしてんだ!今、完全にアウトなワード出なかった!?!?!?
(てんぱい!あの子、おっちゃんのエーテル触ってます)
(うっわぁ…って、わざわざ実況するじゃねぇ!)
どんどん大胆になる二人に俺たちの興奮もヒートアップ。
(……て、てんぱい。おれのエーテルもおっきくなりそっす)
(っばか……!い、いや、仕方ねえか。健康男児なんだから……)
……わかる。わかるけど!
確かに今のは反則だろ!?「まだまだこんなもんじゃねえぞ」て!!
おっちゃんの方は声エロいし、ルナはぷるぷるしてるし、こっちの理性まで震えてんだけど!?
てかなんでこんな湿度の高いサイロ裏で、湿度高すぎるイチャイチャ見せつけられてんだよ!!
いや、コソコソ覗いてる俺達が一番おかしい。
(ててててんぱい……!!めっちゃブチュっとしてますよ!)
(ほ、ほんとだな。なんかもう捕食って感じだな……)
いや。でもほんと、生々しい。チュッ……ブチュッ……って、どんだけ吸うんだよ。
「もっと舌出せ…」
「あっ……リひゃルろさん……らめぇっ……」
(っぶふぉ!らめぇって言った!!)
(てんぱい静かにぃぃぃ!!笑ったらバレるぅぅぅ!!)
くそっ……だめだ、今のは耐えられん……。
俺、絶対ルナと目合ったら思い出してこっちが恥ずかしくなるやつ。っていうかもうアウトだこれ。
(はぁ……てんぱい、おれこんなん見てたら変なスイッチ入りそうっす……!)
(おい……ちょ、玄太、近いって!!)
なんかさっきから、俺と玄太の太ももが、ぴったりくっついてる。いや、くっついてるってレベルじゃない。重なってる。どっちの脚か分かんねぇくらいに。
で、そのせいで、玄太のエーテルが……俺の膝にじわじわ当たってるんだが。
(……てんぱい、なんか……おれまで気持ちよくなってきたっす……)
(おい、なんか俺の膝に固いもん当たってんぞ…)
気がつけば、俺の膝を玄太が両足で挟んでる状態になってて。いやいや、それ完全にわざと当ててるだろ!?
(いや、そんなんされたら俺まで変な気分になって……)
いやいや、冷静になれ、俺。これは事故だ。体勢のせいだ。そうに決まってる。
と、その時!
突然、グラッとバランスを崩した玄太。
(わっ……すんません!てんぱ……)
(あうっ!お前何してっ……!?)
突然のしかかってきた玄太の全体重が俺の体にダイブ。反射的に俺は、足をガバッと開いて完全に受け入れ体制。
(てんぱい…なんかこれ……あふっ)
(バ、バカ!この変態!!腰を押しつけんじゃねえ!!)
思いっきり下腹部と下腹部が密着して、なんていうか、その、とにかくやべえ!!
(あ!!てんぱいのエーテルもなんか硬……)
「やめろ!そ、それ以上言うな!!!」
つい普通に声に出してしまった、そのとき。
「ん……今、声しなかった!?」
やばい。今の声、完璧に聞かれた!
「だ、誰か……いるの!?」
バサッ!
草をかき分けた彼らの視線の先には……俺の上に玄太が乗っかったまま、顔を真っ赤にして固まってる俺たちの姿。
「なんだ、お前たち?」
……バレた。
俺たちがさっきからずっと、隠れて覗いてたってことが。
(……あぁ……終わった……)
もう言い訳不能。言い逃れ不可避。覗き魔確定。
でも、俺の予想に反してリカルドの声が、思ったより優しい。
「……お、おう。そういうことか?」
…怒鳴られない?なんで?
「ふっ、お前らもお楽しみ中だったんだな?」
「……えっ?」
何が何だか混乱して言葉が出ない。
そのとき、玄太が俺の耳元にヒソヒソとささやいた。
(てんぱい、ここは話を合わせるっすよ!)
(な、なに!?)
(このままおれらも「シテました」ってことにすれば、覗いてたのはバレずに済むんすよ!)
マジか……いや、なるほど。
「すまねえっす!てんぱいが我慢できないって…」
「そうそう。ところ構わずってやつ?はは……」
いや、こっちがおねだりした設定!?てか、俺まで何言ってんだ!?
「ほんと、かわいいんすから。てんぱい♡」
しれっと肩を抱いてくる玄太。お前、なんでそんな堂々と演技できるんだよ!
でも……ルナとリカルドの目が、「ああ、なるほどな」みたいな納得顔になってるのが、嬉しいやら悲しいやら。
「わはは!悪かったな。邪魔しちまってよ」
「ふふ。お似合いのカップルね」
(いやいやいやいやいや!!カップルって!違う!で、でも!!!)
……今さら否定したら、よりによって“覗いてました”が確定してしまう。
(……くそ……どの道、地獄だ……!)
「そうなんすよ!もう毎日おねだりっすよ」
玄太てめえ!いや、仕方ない。いや?いやいや。
「じゃあな。ゆっくり楽しめ?」
「は、はぁ……」
なんで俺、丁寧にペコッと頭下げてんだよ!?
すると、ルナが去り際にまっすぐ俺を見つめて、にっこり笑う。
「……ふふ。あなたがウケなのね? クールそうに見えて意外だわ」
「……は?」
「あ、いや〜、てんぱいってこう見えてビンカンなんすよね~」
なに?コレどういう展開?
「最初は恥ずかしがってんすけど、途中からずっとノリノリで〜」
「お、おい!? 玄太?」
「で、ふと見たら……唇噛んで、目そらしてるけど、下半身は正直で〜…」
「そ、それはちがっ……!」
玄太のやつ、調子に乗ってあるコトないコト言いやがる!!
「……そ、そうか。可愛いカレシ君だな」
「じ、じゃあ行くわね」
若干ひきつった笑顔で、ルナとリカルドが退場。
(……えっ。なに?今の……?)
「ふぅ〜!危なかったっすね」
「は?……ん?」
ワンテンポ遅れて、脳内で一斉に警報が鳴った。
「おい!だ、誰がウケだってぇぇぇ!?」
こうして今再び、俺の男としての尊厳は地面にめり込んだ。