第78話 神の怒りプロジェクト③
【帝国本陣・謁見の間】
厚い石壁に囲まれた大広間。
帝国の上層部たち、将官、参謀、そして中央評議会の老人たちが並んでいた。
その中央に、ゲドが片膝をついている。
「というわけで、奴らは神の器とやらを担ぎ上げてきたようだ」
「神の器、か……」
ざわっと空気が動いた。参謀の一人が、懐から一枚の書簡を出す。
「えー、ここ数日で、南部各地にこのような噂が飛び交っております。神が農場に舞い降りた、空を操る少年が現れた、と」
「馬鹿げた話だ」と一人の将官が嘲笑気味に言った。
「しかし、民は信じる。特に地方の村では、天変地異は神のしるしという信仰が根強い」
「事実、我々の前線基地では、神罰が落ちるとの理由で脱走兵すら出始めています」
「……ふん。効果覿面というわけか」
ベールの影から声が響いた。高位評議官・ゼムリオス卿。帝国の参謀総長にして実質の国家運営の頭脳とされる男だ。
「ゲド将軍。貴殿の目で見て、神の器なるもの……存在に真はあると?」
ゲドは少しだけ考えて、答えた。
「真偽より影響が重要かと。奴は確かに空を操る。見せ方次第では、民に神と思わせるには十分な現象を」
「つまり、力の正体が何であれ、利用価値はあるということか」
「……お察しの通り」
ゼムリオスは静かにうなずいた。
「放置しておけば、偶像となる。それが庶民の心を掴み、やがて正統性を生む。帝国にとって、もっとも厄介なのは民意と信仰だ」
「すでに、司教からは『敵対を控えるべき』との意見も出ております」
別の老将が言った。
「ならば、答えは一つ」
ゼムリオスが、席を立ち、玉座の間をゆっくりと歩き出す。
「神の器は、破壊するな。捕らえよ。帝都へと連行し私の前で膝をつかせるのだ」
「生け捕り、ということですか?」
「我が膝下に置く。従わぬなら、無理矢理にでも……」
「……御意」
沈黙が流れる中、ゲドの唇がわずかに歪んだ。
「……わたしの手で捕まえましょう」
(ふっ、これで堂々とあの親子を潰せるというものだ)
「感謝せねばな、神の器に」
*******
【アグリスティア王宮・離れ】
玉座の奪還作戦の話が進む中で、ふとラクターさんが少しだけ声を低くした。
「……ひとつ、確かめておかねばならぬことがあります」
「うむ?なんじゃ、将軍」
「王妃様は……いずこに?」
「あぁ……」
まるっと王様が、一瞬、目を伏せる。なんか今、空気が一段階シリアスモードに変わった気がする。
「……そのことなんじゃが…」
「え?王妃様、どうしたんすか?」
玄太がきょとんとした顔で聞き返す。
「王妃は……ゲドの寝室にでもいるんじゃなかろうかの」
「は?」
「ゲドの傍じゃ」
「ゲ、ゲド!?って、あのクソ野郎ゲド!?え、お妃さまが!?」
思わず叫びそうになったけど、俺は寸前で声量を抑えた。さすがに今、取り乱すのはまずい。
「……なぜですか」
ラクターさんの声は、いつになく低かった。剣より鋭い冷たい声だった。
「あの日、我が王宮が落ちたとき……妻は、我らを残して敵の手に走った。ゲドと通じていたのじゃ」
静かな口調だったけど、王様の手は、震えてた。
「……信じたかった。だが、玉座の守りを、彼女が内部から破ったのじゃ。……まさか、まさかとは思っておったのにのう」
「陛下……」
ラクターさんがひとつだけ、深く息を吐く。
「すまんのう、ラクター。わしは……わしは家族さえ、守れなんだ」
その姿は、まるっとしてるくせに、なぜかいちばん王様らしく見えた。
寂しそうにうつむく二人の王女に俺は、言葉が出なかった。アリスですら、黙って目を伏せていた。
でも。
「……なら、取り返すっすよ!」
そう言ったのは玄太だった。
「家族を捨てた人のことは、もう知らないっす。でも……奪われたものは、取り返す!ただそんだけっすよ!」
こいつ……たまにマジでかっこいいこと言うな?
「……うむ。確かに」
ラクターさんが、少しだけ笑った。
「玉座だけではない。奪われた名誉も、信頼も、民の未来も。全部取り戻そう」
「そして最後に、お妃様にはちゃんと……正面からご挨拶ですね」
アリスが、小さくつぶやいた。
「うむ。王妃として……あやつが何を捨て、何を選んだのか。もう一度確かめようかの」
まるっと王様は王女二人の肩を抱きながら、玉座の方を見た気がした。
「して、決行はいつなのじゃ?ココロの準備がの……」
「……いや、すぐです!この足で玉座を奪還します!」
「ふむふむ、今……な?なんじゃとー!?」
*******
「ふむ……ゲドが帝都に向かった今が、好機というわけじゃな」
王様が、どっしりと椅子に座ったまま言う。
「して、将軍よ。本当に奪還など可能なのか?」
「はい。城の構造も警備の動きも、今なら読みやすい。それに……」
「まだ何かあるのか!?」
「ここ、離れから近い東棟。未だ我が王家に忠義を誓った者たちが囚われている可能性が高い」
「ま、まさか……セスや、ラドニア卿たちか?」
「は……!拷問の痕などはあるやもしれませんが、彼らなら再起できましょう」
へぇ……王様ってやっぱ、配下の名前ちゃんと覚えてんだな。なんかこう、ふわっとしてるから……いや、失礼。
「となれば、戦力の核もそろうわけですね。今が動く時、と」
冷静に言うリゼリア王女。やっぱこの人、見た目より中身が年上説あるな。
「隊長、急いだほうがよいかと!」
コンバインさんが拳を握ってグッと立ち上がる。
その一言に、空気がピリッと引き締まった。
「うむ、そうだな」
ラクターさんの声が、いつも以上に研ぎ澄まされてた。まるっと王様も、ふだんのぽよぽよな顔から真顔になってる。……おい、ちゃんとやれば王様らしい顔もできんじゃん。
「ただし、まずは東棟へ俺とコンバインで向かう。忠義の者たちを起こすのが先だ」
静かにうなずくコンバインさん。その目はもう、完全に仕事人だった。
「え、二人だけで行くんすか!?」
俺は思わず声を上げた。
「東棟……なら、その方がいいわ」
リゼリア王女がすっと前に出て、冷静に言い切った。
「東棟は兵舎との動線が近い場所。構造を熟知している者が最速で行動しなければ、逆に危険よ」
「なるほど。たしかにお父様とコンバインさんなら最速で動けるわね」
アリスもすぐに続いた。
ああ、なるほど。人数の問題じゃないんだ。行くべきメンバーが限られてる、ってやつだな。
「大丈夫よ!」
リシェル王女がポジティブ全開で言って、なぜか俺の手をぎゅっと握ってきた。
「だって、ここに神様がついてるんですもんねっ!」
「……いやいや!?俺、神ってわけじゃねえって!!」
「てんぱい、今だけ神になりきるんすよ!」
後ろで玄太が、妙に爽やかに笑ってた。お前、わざと俺を焚きつけてないか?
「行くぞ、コンバイン」
「了解です、隊長!」
とか騒いでる間にも ラクターさんとコンバインさんは、すでに扉を出ていた。
「お父様、コンバインさん!気を付けて!」
「ああ、アリス。ここは任せたぞ!」
そして俺たちは、王族と共にその場に残された。期待と不安のせいで妙な静けさが漂ってる。
「じ、じゃあ、あの二人が側近を連れて戻ったら……」
俺がつぶやく。
「そのまま玉座の奪還、というわけですね」
リゼリア王女がすぐに補足してくれる。うーん、この子、見た目より絶対年上。
「で、その次はてんぱいの出番ってことっすね」
「なあ玄太……やっぱさ、そろそろ『神の器です』って顔の作り方とか、練習しといたほうがいいかな?」
「何言ってんすか!てんぱいはそのままで神々しいんで問題ないっす」
「そ、それって、お前にだけだろ……?」
すると、ふいに王様がぽつりと呟いた。
「……まさかこのような展開になるとはのぉ」
王女たちが振り返る。俺も玄太も、なんとなく姿勢を正した。
「パパ。これは神の思し召しに他なりません。気をしっかり持ちましょう!」
「すまんのぉ。農の民のお主らに、再び希望を託さねばならんとは……」
いや、ほんとに、まるっとしてるけど、この人ちゃんと王様なんだよな。
「……取られたものを取り返すだけっすよ!王様!」
玄太が小さく笑って、拳を握った。
「あ……」
「どうした?アリス」
「……い、今ね。笑ってる天貴が見えた……」
「お、アリスの未来の俺は笑ってんのか!なら大丈夫だよな?」
「……う、うん。多分……」
「……?」
いや、多分ってなんだよ。未来視ってもっとこう、ピンポイントでビシッと断言できるもんじゃなかった?これはアレか?断言しちゃうと油断するタイプって俺の性格を読まれての、あえての曖昧表現とか?
「ま、確かに油断大敵だよな」
「そう、ね……」
……うん、きっとそうだな。そう思うことにしよう。うん。
とりあえず、未来の俺が笑ってるっていうのは、たぶん悪いことじゃない……よな?




