第77話 神の怒りプロジェクト②
ラクターさんが扉を背に静かに扉を押し開ける。
「……!」
誰かいた。若い女の人だ。
メイド服らしき格好で、机に何かの布を畳んでいたところだった。
「あら……?」
──ってやばい!気づかれる!
と思ったその瞬間、コンバインさんが一瞬で距離を詰め、彼女の口を塞ぐ。
「……っ!ん……んっ!」
「静かに」
コンバインさんが短く言う。ラクターさんが、彼女の耳元に顔を近づける。
「我らは敵ではない。王に用がある。通せ」
目を見れば分かるのか、メイドさんの瞳が一瞬揺れて、それから小さくうなずいた。
コンバインさんがゆっくり手を離すと、彼女は小声で扉の奥を指差した。
「はぁ…はぁ…王族の方は、あちらの広間に…」
「……見張りは?」
「玄関に二人……それだけですわ」
「……わかった。身の安全は約束する。お前も一緒に来るんだ。」
ラクターさんとメイドさんが先頭を歩き、俺たちはそのすぐ後ろについていく。広間の扉の前に来ると、メイドさんが振り返り小さくうなずく。
「よし、開けろ」
ラクターさんの指示にメイドさんが扉に手をかけて、そっと開けた。
キィ……。
軋む音に、全員が一瞬だけ息を止めた。
で、中にいたのは、威厳に満ち溢れた気難しそうな王様……のはずだった。(天貴の勝手なイメージ)
「……あれ?」
思わず声に出た。ていうか、出ちゃった。
いたのは、見事にまるっこい。顔も体も性格も、全部まるっとしてそうな……王様だった。
まっしろいアフロ髪に、ぷくぷくのほっぺ。チェアにふわっと腰かけてる姿は、どう見てもやさしそうな普通のおっちゃんだ。
隣には、女の子が二人。
一人は灰色の髪で、どことなく神秘的な雰囲気の大人びた子。もう一人は黒髪の元気そうな女の。年齢的にも小学生くらいか……?
「わわわ!なんじゃなんじゃ!賊か!!」
まるっと王様ビビりながら席を立った。
「この子らだけは手を出さんでくれ!わしの命ならいくらでも差し出すのじゃ!!」
「陛下、待たれよ!」
ラクターさん、ひざまずきながら一気に名乗る。
「私はラクター・エルグラード。かつて王家に仕えし者。今一度、あなたにお仕えに参りました」
それ聞いた王様の目が、まんまるのまま見開かれる。
「……ラクター?」
「はっ!」
「あの、将軍ラクター?ほ、本当に……!?」
「ははっ!」
ラクターさんはひざまずいたまま、ビシィと答える。
「それは、あの、一人で小隊を率いて海賊を追い払った、賊狩りのラクター?」
「……はっ!なつかしゅうございます」
「で、で、あの、メイドたちにキャーキャー言われてたモテ男のラクター?」
「……はっ?お、おそらく……その、ラクターです……」
「じゃあじゃあ……毎朝筋トレの音が城中に響いてたっていう、うおおおのラクター……?」
「……はぁ……それも、たぶん……私です」
「うおおお!間違いない!!ラクターじゃ!」
王様、まんまるボディで机バンッ!て叩いた!うわ、なにこの人、ノリがすごい!
「本物じゃ!最強の将軍が帰ってきおったわい!!」
「ちょっと、パパ!落ち着いて!」
灰髪の少女が、額に手をあてながらピシャリと注意。
「そっ……そうです!客人の前でみっともないです!」
もう一人の黒髪少女が、完全に赤面しながら椅子から飛び上がった。
「アリス……あの子らは?」
俺がそっと尋ねると、アリスは小声で答えた。
「王女様たちよ。リゼリア様と妹のリシェル様」
……え、あの、灰色のクール系が姉で、ツインテっぽい元気系が妹ってことか。っぽいな。
「パパはほんと、すぐ取り乱すんだから……」
リゼリア様が、小さくため息。年齢はたぶん、アリスよりちょっと下くらい……だけど、落ち着きっぷりがすごい。
「と、とにかく、ラクター将軍!噂はお聞きしております。来てくださったんですねっ」
椅子から飛び上がったリシェル様が、今にも抱きつきそうな勢いでラクターさんに詰め寄る。
「はっ。玉座を取り戻すまで、再び王家の剣となる所存」
ラクターさんがビシィと頭を下げた。
「え……えぇ…………!」
その姿に、リシェルちゃんの目がウルウルしはじめたぞ。やばい、泣くぞこれ。
「えぐっ……よかったあああ……ぐす……!」
泣いた!こっちがもらい泣きしそうだよもう。
「パパも……リシェルも、まずは落ち着いて」
リゼリア王女がスッと立ち、俺たちを見た。
「ここまで来たということは、何かしら動きを起こすつもりなのですよね?」
お、おう。いきなり鋭いな。落ち着いてるどころか一番話が早いのこの子じゃね?
すると、ラクターさんがうなずいて言った。
「陛下。姫君方。この者たちは、アルカノア農場の者、わたくしの信頼する仲間たちです。そして──」
ラクターさんが……なぜか俺を見た。
「……この者が、神の器。この存在が帝国への牽制になります」
そう言って、俺の方に手をかざした。
「ちょ、ちょっと待って!?え、なに今の急な振り!?」
「てんぱい、言っちゃってくださいっす」
玄太、お前!いつものノリで俺を後押しすな!!
「神の器……あなたが?」
王女二人が、ぽかんとこっちを見る。王様も「ほへぇっ?」って顔になってる。
「てんぱい……コホン。この方が王国の救世主となるんす!」
「ほほお!その少年が!?」
でも、リゼリア王女は冷静だった。
「なるほど。読めたわ。神の器を利用して、帝国に見せつけるということね?」
「そういうことっす!」
今度は玄太が自信満々にうなずいた。おお、まるで俺の補佐官みたいだ……。
「これ、神の怒りプロジェクトって言うんすけど……」
「神の怒り……?そのネーミングで本当に大丈夫なの?」
リゼリア王女はそのセンスにちょっと不安げ。
「あ、気にしないでください!名前だけなんで!」
「えっ!?てんぱい!?」
とまあ、いろいろあったけど俺たちは無事、王族と合流。
「コホン。では王様!すべて説明します」
「おぉ!よろしく頼むぞ、ラクター将軍!」
こうして、神の怒りプロジェクトの火ぶたは切って落とされた。




