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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第6章:神の器の奮闘記 ~王国復興編~
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第76話 神の怒りプロジェクト①

 夜の街角。少し荒れた店内。それでも多くの人が集まった酒場に噂組のフリットがいた。


 といっても、大声で演説するわけじゃない。彼がやるのは「酒の肴になりそうな、神の器の噂」をばらまくこと。


 傍らでは、マーシュおばあちゃんが手を合わせて祈るような演技をしていた。


「……雨続きの山が晴れたらしいのぉ!それも神の警告なんじゃろうねぇ……」


 人々は最初こそ、怪訝そうに横目で見るだけだった。だが、一人、また一人と足を止める。


「ねえ、あんた、神の器って知ってる?」

「このあいだ、晴れ知らずの山の雨が止んだって話……!」

「それって、神が怒ってるの?」


 誰も本気では信じていない。だが、誰も完全には否定しきれない。


 酒の席では特にそれが面白くて……、それが噂というものだ。


「神の器がおられる農場に、兵を差し向けた者たちの末路。見たことがあるかい?」


 別の場所では、老商人に化けたノーグが低く呟いた。その言葉を、たまたま通りかかった若い兵士が聞いていた。


「……アルカノア農場に、神の器が……?」


 それはたった一つの、疑惑だった。


 けれどその翌日には、王都近郊の街で「帝国に立ち向かう者に神の加護がある」という噂に変わり、


 さらに三日後には、帝国の地方官の一人が、「神の器が帝都に怒りを向けている」という報告書を上層に提出する事態にまで発展していた。


【帝国本部・参謀室】


「……農場に、神?」


 冷えきった石の間で、帝国軍の一人が鼻で笑う。


「笑い事ではありません」参謀の一人が紙を机に叩きつけた。


「現地での報告は一致しています。局地的な異常天候、部隊の士気崩壊、住民の不穏な言動。なにより、神の器という単語だけが不自然な統一を持って広まっている」


「……敵の情報戦、か?」


「その可能性もあります。ですが、かの農場に天候を操る男がいるのは事実です」


 重々しい沈黙が、部屋を満たす。


「……ゲド将軍には伝えたのか?」


「いえ、ただいま伝令を送ります。帝国の方へ出向かせます!」


「よし、そうしてくれ」


 神か、ただの農夫か。


 このとき、帝国上層部はまだ知らなかった。


 その噂が、実際に空を操り、雪を降らせ、王を救いに現れる本物の神話の始まりであることを。


 *******


「噂が良い感じに広がってきているわね」


「うむ、そろそろ決行だ」


 夜明け前の農場は、妙に静かだった。


 みんなが寝てるわけじゃない。むしろ逆だ。防護柵の完成作業、情報作戦、裏でゴソゴソ動いてる音はあちこちから聞こえる。


 そんな中、俺たち奇襲班はいよいよ裏門の前に集合していた。


「てんぱい、おれ緊張してきたっす」


 玄太が思いっきり背伸びして、ばしばし両頬を叩いている。お前、顔が真っ白だぞ。


「おい、俺のそばから離れるなよ?」


「いや心配なのはてんぱいの方っすよ!?スカイリンク撃った後、バタンとか!」


 ぐっ。それは俺の意思ではどうにもならんからな。


「……ま、任せとけ。雪降らせたくらいで倒れねえよ」


「もし倒れてもおれがお姫様抱っこで連れて帰りますからね!」


「いや。……おんぶでいいだろ」


 俺たちが騒いでる間にも、アリスは弓の張りを確認して、ラクターさんは短く祈るように目を閉じてる。コンバインさんは隊長の横でビシッ。


 ノーグさんが最後に、俺たちに近づいてきた。


「農場側は万事抜かりなく進める。そちらは頼みますよ」


「やってやりますよ。てんぱいの伝説の始まりっすから!」


 玄太がドヤ顔で親指を立てた。こいつ、テンション上がると妙に頼もしいのが不思議。


 ノーグさんは口元だけで笑って、小さくうなずいた。


「ならば私は農場ここで、王宮の空に舞い落ちる神の御業みわざを見させてもらうよ」


 ……なんかその言い方、マジで神話の一節みたいだな。


 でも。


 それくらい大袈裟じゃないと、あの帝国なんか揺るがせない。


「よし……行くぞ、みんな」


 ラクターさんが出発の号令をかけると、全員が黙ってうなずいた。


 いざ、奇襲作戦『神の怒りプロジェクト』、始動だ!


 ******


 久々に来た王都は以前とまるで別物だった。帝国に堕とされてから、ゲドが実質統治してるはず。


「うわぁ、荒れに荒れてんな…」


 そんな王都を尻目に、俺たちは裏路地を通って城の東の外壁を目指していた。目的地は、コンバインさんが言ってた昔の訓練用の壁。つまり、今となっちゃ秘密の裏口だ。


「……ここだ」


 低くそうつぶやいたのは、コンバインさんだった。


 俺たちは城壁の裏手、森に覆われた一角にいた。目の前の石垣は高く、表面は苔だらけ。


「うわ、ほんとにツタびっしりだぜ……」


 見上げた先には、城壁の上まで伸びる太いツタが何本も絡みついていた。


「ここは昔、城兵の訓練に使われていた壁だ」


 ラクターさんが腕を組んで遠い目をしながら言った。


「え、ここ……登るんすか?」


 玄太の顔が引きつる。俺はまだしも玄太は体格的にきつそうだ。


 でも、今さら怖気づいてる場合じゃない。ここを超えなきゃ、城にも、王族にも、仲間にも、たどり着けない。


「……よし、いこう」


 ラクターさんの号令と共に、全員が無言で動き出す。


「玄太、俺が下からケツを押すから!ゆっくり上がれ」


「て、てんぱいぃぃ。すまねえっす!」


 ラクターさんが先行して音の気配を探り、アリスと玄太が続いて、次は俺。コンバインさんは周囲の動きに警戒しながら最後尾。


 この配置、安心感がすごい。


「まさか、こんな場所からは入れるなんて……」


 アリスが蔦を上りながらしみじみ。


「訓練場というのは、敵も味方も見落とすものだ」


 ラクターさんの声がやけに頼もしい。


 そして無事、蔦を伝って壁の内側、宮の庭園に足を踏み入れた。かつて庭園だった場所って感じか。雑草は伸び放題、噴水も干からびて、壁の装飾はボロボロになっていた。


「……変わっちまったな」


 ラクターさんが寂しそうに呟く。


「隊長……で、でも、施設自体は同じですから!」


 どこか慰めるようなコンバインさんの声。


「そうだな……!よし。あの離れに向かうぞ」


 指差されたのは、宮の東にある小高い建物。外壁の裏にぴったり寄せられて建っていて、確かに幽閉とか隔離にはうってつけって感じだ。


「警備、見えるな」


 コンバインさんが短剣に反射させて覗きこみながら囁いた。


「……入り口に二人」


 コンバインさんが短剣の刃に月明かりを反射させながら、確認する。俺は玄太の腕を引っぱって、身を低くする。


「てんぱい、なんかスパイ映画みたいっすね」


「……な!オーシャンズ・ファイブだな」


 なんてのんきなことを言ってるように見えるかもしれないけどさ。この状況で素人が平常心でいるにはこのくらいのリラックスは必要なんだよ。


「アリスは右、コンバインはダッシュで左をやれ!」


「隊長、了解!」


「OK!いつでもいいわ!」


 ラクターさんが小声で指示を飛ばし、アリスが矢をつがえる。光のない闇の中でも、その動作はブレがなかった。


「……行くぞ」


 コンバインさんが静かに動いくと同時に音もなく矢が飛び、入り口に立つ二つの陰は、声も上げずその場に崩れ落ちていた。


(……え、怖)


 いやすげぇなこの人たち。なんで農場にいるの?本職でしょ、これ。


「見張り解除完了。侵入ルート、確保」


 アリスが俺たちに合図する。


 玄太が小声で「すげえ……」って呟いたの、たぶん俺と完全にシンクロしてた。


「よし。入るぞ」


「りょ、了解」


 俺たちはそっと、離れの扉を押し開けた。


 中は……薄暗くて静か。でも、蝋燭が消えてるのに、床がやけに綺麗だった。


「掃除されてるな」


 ……誰かが中にいる。少なくとも、廃墟って雰囲気じゃない。


「て、てんぱぁい……」


 玄太が小さく俺の袖を引く。いや、俺も同じこと思ってるって。


「声を出すな。見張りがいるかもしれん」


 ラクターさんの声も低めで、いつになく鋭い。


 それを合図に、俺たちは静かに、そーっと、進んだ。


「ぅわ……」


「ん?天貴、どうしたの?」


 突然驚いた俺を心配するアリス。でも理由は言えない。


「いや…。すまん、なんでもない」


 壁に掛けられた古い絵とか、騎士っぽい甲冑とかが視界の端に入るけど、いちいちビビるからやめてほしい、なんて。


「てんぱい、あの鎧とか、一瞬兵士と間違うっすよね」


「なぁ。紛らわしいな」


(やっぱ玄太には分かるよな?)


 そんな感じで進んでいくと、廊下の奥にかすかに明かりが漏れている部屋があった。


 ラクターさんが手で合図を出す。アリスが弓を構え、コンバインさんが前進。まるでスイッチのように、それぞれが無言で動くのが、逆に心強い。


「お、王様とか王子様とかいるんすかね……」


「……っし!」


(うん、でも分かる。その気持ち)


 ラクターさんが扉を背に静かに扉を押し開けると、そこには……!?

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