第71話 ファーストキスは溺れた後で!?
ドドドドドドドッ……
もの凄い水流の音。
玄太は暗闇の中で、朦朧としながらも意識を取り戻した。
「おれ、溺れて……?」
胸がぎゅうっと締めつけられて、苦しくて、頭の中がぐるぐる回ってる。
……でも、まぶたの向こうに、光を感じた。
「………あれ?」
うっすら目を開けると、ぼやけた視界の向こうに見慣れた顔が浮かんでいた。
「……てんぱい?……来てくれたんすか」
玄太は急いで立ちあがろうとしたけど、手も足も言う事を聞かない。
「って、体が……うごかな……なんで?」
ジタバタと心の中で戸惑う玄太に、てんぱいの顔がじわじわと、近づいてくる。
「え……近っ……いや、近くていいんすけど…」
あこがれの、尊敬してやまない最愛のてんぱいの、顔が近づいて、近づいて……。
「え、てんぱい!?それって…」
そのまま、てんぱいの顔とおれの顔がくっついた。
(唇……!?)
「んぐ!?」
あ、あぁ~~ッ!?え、うそこれ、まさか……!
(あの何度も夢に見た、てんぱいとの………)
チュウ!!!!!!?
あったかくて、柔らかくて、優しくて……いや!?
……優しくない!!荒っぽくて、めっちゃ空気!空気が入ってくる!?
「ぉ、ぉ!?ちょ、てんぱい!?く、くるしぃぃぃ!!」
(これがキス!?ぐるじ……、いやちが……!?でも、てんぱいと……!もうわかんないっす!!)
でももう、どっちでもいい!てんぱいとチュウならなんでもいい~~~!!!
ズゾゾ…!
「……ぐっ!?」
(てんぱい!)
ズゾゾゾゾゾゾ!!!
「……え、ぢょ、玄太!!?」
(おれの精一杯で答えるっすよぉぉぉ!!!)
「おいぃぃぃぃい!!!」
ブチンッと音がして引き剥がされる。
「っぷはぁっ!!」
「っぷはぁっ!!おい、吸い付くなバカ!!」
二人の息継ぎが、まるで合図みたいに重なった。
「はぁ、はぁ……っ」
「ゴホッ、え…、ゴホッ……てんぱい、俺……?」
「おお!!意識戻った!はぁ…はぁ!良かったぁぁ!!」
目の前のてんぱいは、顔が濡れてぐしゃぐしゃで、見たことないくらい必死の形相で、俺を抱き上げていた。
「玄太!俺、お前が後ろにくっついてなくて慌ててさぁ……!」
肩で息をしてて、声も震えてて、目なんか潤んでて……。
(うそ、てんぱい……泣いてる?)
「て、てんぱい……おれ、おれ…!」
水をかき分け、岩にぶつかりながら、てんぱいはこんなとこまで来てくれたんだ。
(…………俺のために?)
「よし!余計なことは後でいい!今はここからすぐに出るぞ!」
「あ……てんぱい、でもさっきおれ、ファーストキスを……」
「あぁ!俺、人工呼吸なんて初めてやったぜ!」
「あ~…、人工……っすか」
それでも、玄太の顔は真っ赤だった。
「よし、玄太!立てそうか!?」
「う、うぃっす……」
(でも……チュウはチュウっすよね……!)
そう考えると、玄太は心なしか水中でもがいていた時よりも、呼吸が浅くなっている気がした。
***
「戻る道、探さねえと…!」
一息ついた後、俺たちはずぶ濡れのまま、岩に手をかけて移動しようとした。
玄太を立ちあがらせようと肩を持つと、俺の顔をじっと見つめてくる。
「……てんぱい。くちびる、真っ赤っすね」
「……ん、少しヒリヒリするな……」
「えへへ…」
目の前で、玄太が顔を赤くしながらにっこり笑ってた。
「お、お前がめちゃくちゃ吸い付くからだろ!?」
「え、そ、そうでしたっけ!?でへへ……」
俺はとっさに鼻の下をぬぐうフリをしつつ、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「てんぱい」
「……なんだ?」
「ありがと……っす」
「お、おう…」
俺は玄太から目線を逸らしてるけど、玄太が俺を見ているのが分かった。
「……」
……なんだよ、この妙な間。
「……えへへ」
「さっきまで死にかけてたくせに、なーに笑ってんだよ!」
「えへへ、だってぇ……!」
「…ったく!」
(いや……、変な雰囲気だすなよなっての!)
ドドドドドドドッ……
流れの音がやけに鮮明に聞こえる。水しぶきの跳ねる音まで耳につく。
「……もう……離れんじゃねえぞ!」
俺は咳払いひとつして、そっぽを向いた。
「……はい…っす」
俺たちは、辺りを見回してキョロキョロ。
「これ、どっちが帰り道っすかね…」
「な…。早くしなぇとここもやべえな」
と、思ったその時。
「ん?」
ぬるっと、手が絡まってきた。
「……おい、歩きにくいだろ?」
見下ろすと、玄太の手が俺の手をがっちりホールドしてくる。おいおい、まだ窮地は脱してないっての。
「もう、離れないようにっす!」
「お前なぁ……」
言いながらも、手を振り払う気にはなれなかった。まぁ、はぐれるよりマシか。
「……ふ〜ん。仲良しなんだぁ」
突然、ウォルの声が背後から聞こえた。
「……へ?」
俺と玄太が揃って振り返ると、水面からウォルが顔を出していた。
「あなた、いきなり行っちゃうから心配したわよ!」
「ウォ、ウォル……!?なんでここに?」
「あなた達が心配で来たのよ!……出口の位置が変わってるから、案内しないと無理でしょ!」
「そりゃぁ、ありがてぇ……!」
言いながら、思わずウォルの視線の先を追う。
「あ……」
俺たちまだ、がっつり手……繋いでるし。
「……な、なあ。そろそろ離さね?」
「え?……あっ!!あわわ!そっすね!」
「……ふっふ〜ん」
ジト目でウォルに見られて、玄太が顔を真っ赤にしながら慌てて手を放す。確かに、精霊に見られるってのも、気まずさMAXだな。
「まぁ、とりあえず急ぐわよ!このまま水が増えれば、本当に戻れなくなるわよ?」
ウォルが水の中から俺たちに手招きする。
「お、おう!!じゃあ行こうぜ!」
「よろしくお願いしまっす!!」
でも、水を蹴る足音は、さっきよりも少し軽かった。
ウォルについてなんとか泳いで行くと、やがて出口の光が見えた。
「っぷはあっ!!」
水面を割って飛び出すと、肺が空気を欲しがって爆吸いした。
「はぁぁぁあ!!アリス!待たせた!」
「わわわ!!天貴!玄太さん!!」
先にたどり着いていたアリスが、俺たちの顔を見るなりホッとしたように駆け寄ってきた。
「もう!めちゃくちゃ心配したわよ!!」
水のしぶきを気にする様子もなく、俺と玄太の腕をぎゅっと掴む。
「玄太さん、大丈夫だった?」
「はい!!てんぱいに助けてもらったっす」
「いやぁ…はは。でも、ウォルが来てくれなきゃヤバかったぜ…」
アリスはそのまま俺と玄太の腕をぶんぶん振ってから、ウォルにお礼を言った。
「……ウォル!色々お世話かけたわね!」
「いいわよ!この山に雨も戻った事だし!それに……私、友達は初めてだから……!」
ちょっと恥ずかしそうなウォル。
「えへへ!ウォルさんみたいなカッコいい友達ができて、俺も嬉しいっす!!」
玄太がウォルの前に出てそう言うと、俺とアリスも同時に頷きまくった。
「カッコいいって…?ふふん!あなた結構正直ね?」
ウォルは照れながら嬉しそうに玄太と握手した。
「でもよかったわよ、ほんと!……あなた達、やっぱり面白いし!」
そう言って、ウォルはちらっと玄太の方を見る。
「ねえ、玄太…でいいわよね?ちょっといい?」
「え、はい?ウォルさん、なんすか?」
ウォルは少しだけ、真顔になった。
「あなた……さっきのって恋?」
「ぶっ!」
玄太は突然の質問に盛大にむせた。
「な、ななな……な、なんでそう思ったんすか!?」
「さっきのもあるけど、なんかあなたの天貴を見る目が、信頼とも尊敬とも違う、何かに見えたから」
「えっ、えっ……あれは、非常時で!ほんとっすよ!?てんぱいとは、そりゃ大事な仲っていうか!あの、ほら、命の恩人だし!たまに怒鳴られるし!……でも、なんか一緒にいると楽しいし、かっこいいし、優しいし、なんか、なんか……!」
***
「ん?」
少し離れた場所から玄太とウォルを見る。
「玄太、なんかウォルと話してるけど、やけにしどろもどろだな?」
いや、内容は聞こえないけど。
***
「……そっか」
ウォルが、ぽつりとつぶやいた。
「いいなぁ。精霊に恋って感情はないから、そういうの、ちょっと羨ましい」
その表情はどこか、寂しげだった。
「……だから、大事にしなさいよね。それ」
「は、はい……っす!」
玄太がうなずくと、ウォルは満足そうに笑って立ち上がる。
「じゃ、私はここで!……またね、みんな!」
「お、おう。またな、ウォル」
「ウォル、また遊びに来るわ!」
「次は、晴らしちゃダメよ?」
ウォルはひとつ手を振ると、水の流れに身を乗せてスッと姿を消した。
残された俺たちは、なんとなく黙ったまま空を仰ぐ。
山は完全に晴れ知らずの山に戻っていた。




