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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第5章:神の器の奮闘記 ~スカイリンク封印編~ 
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第70話 帰り道に御用心 後半

「こんなにも早く雨を戻していただけて、きっとアメフラシ達も喜んでいるでしょう」


 女王の笑みが、広がりつつある水面に映って揺れた。


「……あの、女王様。俺たちまだ、雨……戻してないです」


「え?」


 俺の返答に、アリスと玄太もこくこく頷く。


「では……これは?」


 女王が少し目を伏せると、ウォルが後ろから小走りでやってきた。


「女王様、急報です!山に雨が戻りました!でも雨水がものすごい勢いで……!」


「くっ……やっぱり、誰かが掘り起こしたんだ」


 俺の言葉に、セレヴィア女王がハッとする。


「あなた達、今すぐ出なさい!ここに閉じ込められる前に!」


「うん、行こう!」


「セレヴィア女王!ありがとう!」


 俺たちはすぐに身支度を整えると、ウォルが手を挙げた。


「案内は、私がします!みなさん、ついてきてください!」


「じゃあな、ミルル!また!」


「え、あ……さよなら…」


 寂しそうなミルルに振り返る余裕もなく、俺たちは逃げるように水の集落を後にした。


 *****


 洞窟の聖堂へ戻ると通路の足元にはもう水が溜まり始めていた。


「うおお……これ、マジで急がないとマズいやつだ……!」


「でも、これが本来の姿って事なんすね」


 玄太が苦笑いしながら駆ける。だが、その笑みはすぐに凍りついた。


「ちょ、ちょっと待ってこれ。思ったよりヤバ…」


 行きは普通に歩いてきた目の前の通路が、まるごと水で満たされていた。地形ごと沈み、水底へと変貌している。


 ドドドドドッと奥から水が流れ込む音が響いている。


「…どんどん増えてる!勢い、強すぎない!?」


「今まで抑えられてた分、反動で勢いが強いんです!早く外に出ないと、あなたたち戻れなくなる!」


 ウォルが叫ぶ言葉にゾッと背筋が凍る。


「山で溺れるなんて冗談じゃねえぞ!」


「……もう、泳ぐしかないわね!」


 俺たちは決断し、持ち物を締め直す。


「私、先に行くわ!外に出られそうなルートを探ってみる!」


 ウォルが勢いよく水流に飛び込んだ。


「天貴!玄太さん!私たちも行くわよ!」


「ああ!行くっきゃねえな」


「あ、ちょ!て、てんぱい!」


 玄太は戸惑いながらソワソワして出遅れてる。


「おい!玄太、早く来い!」


 俺の声に、玄太もようやく決意したように、水に飛び込む。


「うわっ……!?」


 バシャッと音を立てて、水が跳ね上がる。玄太の姿は、一瞬で水の中に沈んだ。


「え?え?うそ……っ!?」


 強烈な水流が、玄太の体をまるで糸の切れた凧のように引きずっていく。


「て、てんぱ……もがっ……!」


 助けを呼ぶ声は水の音にかき消されて俺には届かなかった…。


 ドドドドドドドッ……


 洞窟内に流れ込む水の音が響き渡る。


「天貴!こっちよ!流れが弱まってる!」


 アリスの声に、俺は必死に返事する。アリス達を追うのに精いっぱいだった。


「っぷ!ああっ、わかった!」


 アリスの背を追って、水をかく。視界の端に見えるのは、泡と水流、そして前に進むアリスの姿だけ。


 ……そう、俺は気づいてなかった。


 その後ろで、玄太が急流に流されていることに。


 ******


 ようやく、水の流れがわずかに弱まり、俺とアリスは狭い岩間をすり抜けて外へと飛び出した。


「はぁっ……!はぁっ……!助かった……!」


 崖の中腹にあいた天然の排出口のような岩場。その先には、濁った空が広がっていた。雨が……戻っている。


「……っぶはぁっ、はあ……っ!」


 アリスも水を吐きながら、岩に手をついてへたり込む。


「大変でしたね…!」


「と、とりあえず……ここなら一息つける……」


 俺も隣に腰を下ろして、ようやく気を抜いた。びしょ濡れの服と髪、ズキズキする腕。


 けど──生きてる。


「……よし。みんな無事か?」


 そう言って、俺はすぐ横を見た。

 

「……大変だったな、玄太!」


 辺りを見回す。崖の斜面、狭い水路、俺たちが抜けてきた隙間。


「あれ、玄太…!?」


 ウォル、アリス……どこを見ても玄太がいない。


「アリス!俺、戻る!」


「え……?さっきまで一緒に……って、天貴!?」


 俺はアリスの返事を待たずに、水流の逆方向へと駆け戻った。


「玄太……!玄太ああっ!!」


 足元はぐずぐずで、すぐに滑る。手を突いて岩をつかみ、水しぶきを浴びながら、ひとり水路を遡っていく。


「なんで……なんで隣にいないんだよ…!」


 洞窟にどんどん流れる水流を見ても玄太の姿なんて、どこにもない。


「ちくしょうッ……!」


 喉がひりつく。頭が真っ白になる。

 気づかなかった。声、届いてなかった。俺が……俺があいつを見てなかった!


 その時。


「天貴!危険だわ!!」


 アリスの声が、後ろから追いかけてくる。


「アリスは馬車に戻ってろ!俺探しに行く!」


「でも……!」


「でもじゃない!!」


 俺は唇を噛み、拳を握りしめた。


「玄太……溺れんなよ!絶対、助けるからな!!!」


 って言った次の瞬間には、もう俺は水ん中だった。


 やっと水から這い出たのに、また戻るなんて。 あの水流の速さ、冷たさ、苦しさ……死ぬかもって本気で思った。

 

 でも……止まれっかよ!


「お前がいなくなる方が怖えぇんだよ…」


 岩を掴んで、滑って、また掴んで。

 俺はただ、玄太って名前だけを頼りに、水流へ逆らい続けた。


 ******


 その頃、玄太は崩れかけた岩にしがみつき、必死に耐えていた。

 濁流が肩を叩き、何度も顔を打つ。足元はとっくに沈み、手も足も痺れて感覚がない。


「たすけっ、てんぱぁー!!!」


 叫ぶ声さえ、水音に掻き消される。視界はぼやけ、何が上で下かも分からない。

 でも、必ずてんぱいの側に行く。絶対に戻ると信じていた。だから今は耐えるしかない。


「ぐっ……くそっ……流されるもんかぁぁぁ……!」


 腕に力を込めた瞬間、指がズルッと滑った。

 岩肌がぬるりと動いたように感じた。いや岩が崩れ始めてる!?


「やばっ、ちょっ……!?く、くそ……っ!」


 支えていた岩が崩れ、体がフワリと浮く。

 腰が水に取られた瞬間、何かが引っ張られる感触。


「……あっ、ポーチ!?」


 ゴボッと音を立てて、腰のポーチが水に浮き上がっていた。

 アメフラシの核が入ったポーチ。みんなが命懸けで集めたてんぱいと農場の希望。


「だめだ、流れるなっ……!待て、それだけは……っ!!」


 玄太は衝動的に、支えていた岩から手を離した。


 浮き上がるポーチに、手を伸ばす。身体は水に呑まれ、視界がぶれた。

 冷たい水が一気に口に流れ込み、咳もできない。


「ごぼっ……!……あでがなぎゃ、でんばいがぁぁ……!」


 ようやく指先がポーチに触れた、その時だった。

 突如として横から、荒れ狂うような激流が襲いかかってきた。


「うわああああっ!!?」


 体が持っていかれる。水が口にも鼻にも入り込んで、息ができない。

 何が上下かも、何が手か足かも、もうわからない。


 けど──


 それでも、玄太のその手は、ポーチの紐をしっかり握っていた。


「っぐ……はなずもんがぁぁぁぁ!」


 これが流されたら、てんぱいがまたスカイリンクを使ってしまう。

 それだけは……絶対にさせない!!


「でんばいを……神にじないプロジェグドォォォォ……!!」


 そう叫んだつもりだった。けど、声は泡になって水に消えていった。

 握った手を離さないように、意識だけを頼りに…。


「ぐぼっ!?ぼがぼがが」


 玄太はそのまま、水底のさらに奥へと呑まれていった。

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