第69話 帰り道に御用心 前半
ヤツの巨体が吠えた。
いや、正確にはブルルンって震えた。途端にヤツの体の中の黄色いシュワシュワが一点に集中する。
「あ!これ、来るっ!」
ドフッ!!!っとヤツの口元から、黄色い火の玉が放たれた。
「でけえ!!玄太、アリス!分かれろ!」
BIG火の玉を真正面に飛ばされた俺はブルーストライクを構えた。
「吸わせる!!」
ギュルルルル!
「いえーい!ブルーストライク吸収ぅ!」
ガッツポーズをする玄太をチラ見しながら俺もニヤッとする。手に持ったブルーストライクは、黄色い火の玉を吸って緑色に発光した。
「喰ってやったぜ……!」
その時、俺は直感的に閃いた。
(ん!?これってひょっとして!!)
そのままブルーストライクを奴に向かって振り抜いてみた。すると、受け止めた火の玉がそのままヤツに向かって飛んでいく。
ズガァァァァ……ン
「……や、やった!」
これ、発見だ!吸い取った力をそのまま飛ばせるぞ!!
「ナイスカウンター!天貴!」
「てんぱい〜!!カッコいいぃぃぃっす!」
アリスと玄太の声が響く。
奴はまさかのカウンターで少し戸惑い気味?に見えた。その隙に、アリスはすでに地面を低く這うように移動し、岩の裏へ回り込んで崖の上へと跳躍していた。
「動きは鈍い……!狙うのは液晶体よ!」
アリスの矢がヒュッと飛んで、透けて見える液晶体に突き刺さった!
「やったっ!」
液晶体をやられたアメフラシは怯むどころか、さらに膨らみながら突進してきた。地響きとともに、ブヨヨンと肉の波のような質量が迫る。
「もう…!一体どれが本体の液晶体なのよ!」
アリスが苛立ち混じりに声を上げる。
その声に、俺も改めて巨大アメフラシの液晶体を確認すると……。
「……って、おいおい!何個あるんだよ!」
全身に心臓みたいに脈打つ青い発光体が無数に散らばってる。
「いち、に、さん……てんぱい!動いてて分かんねっす!!」
数えてるヒマもないほど体中に散らばったそれは、時折ぶよぶよと移動してる奴まである。
「少なくとも、十や二十じゃきかない……!」
そんな話をしてる間にもヤツの突進は待ってくれない。
ドュリュリュリュ……!
「回避!!て、てんぱいっ! これ、全部潰さないとダメっすよね!?」
玄太が飛び退きながら叫ぶ。俺も間一髪で横に飛び退き、スコップを地面に突き立てた。
「よし……片っ端から潰すか!」
緑に発光したブルーストライクを、ぶよぶよの奥にある液晶体狙って突き刺した。
ブシュ!!
「よし!次行くわ!」
アリスの二本目の矢が空を裂いた。
ドシュ!!
矢が突き刺さり、ぶよぶよの中で液晶体が弾ける。
******
矢が走る。スコップが閃く。水の精霊達が不安そうに見守る中、俺たちは無心でヤツの急所を潰していく。
ぶよぶよの体がのたうち、液晶体が脈打つたびに、それを狙って潰す。潰す。潰すの繰り返し。
「こっち!」
「取った!」
「下も来てるっす!」
もう誰も、数なんて数えてない。斬る、撃つ、突き刺す、撃ち抜く。ただそれだけを、全力で、連携で、繰り返した。
ドシュ!バシュ!ズガァン!
洞窟が揺れるたびに、青い光がひとつ、またひとつと消えていく。
そして……。
「……はぁ…はぁ…っ、止まった……?」
巨体がデロンとうなだれた。
「もうコイツ、液晶体ひとつじゃこの巨体を制御できないみたいだな」
光が滲むように散らばって、数えきれないほどの青い粒が地面を覆った。
「……ふぅぅぅ!」
玄太が泥の中から顔を上げた。
「はぁ〜……もう手が痺れちゃって……!」
アリスも手を振りながら立ち尽くしていた。
「あ…、あとひとつだけ、残ってるっすね」
玄太の視線の先、ぶよぶよの肉の奥には、最後のひとつの淡く光る液晶体。
「女王様ぁ…」
ミルルが不安そうにセレヴィア女王とウォルを見上げる。女王はミルルとウォルにそっと微笑んで、そっと歩き出した。
俺がスコップを構えようとした、そのとき。
「……お待ちなさい。ここは、私が」
ゆっくりと女王が前へと歩き出し、その巨大の前に立った。
そして、そっと手を伸ばす。
「もう抵抗はしないでしょう。この身体、水に返しましょう……」
そう言った女王の手がアメフラシに触れた。
光が淡く揺らぎ、巨大アメフラシは少しずつ溶けるように水へと変わっていった。
******
「まずは……ご苦労様でした。まさかあのような事態になっていたとは…」
女王は静かにお辞儀をし、ウォルの肩に手を回す。
「でも…」
俺たちを振り返って目を細めた。
「あれは、この山の雨が途絶えたのが原因かもしれません」
「……えっ?」
「……あっ……」
天井を見た。床も見た。心当たりがありすぎて、めちゃくちゃ目が泳ぐ。
「晴れさせた理由は理解しています。一時的に……と考えたのでしょう?」
「はい……」
俺は、返事以外はなにも言えなかった。
「でもその結果、水の循環が止まりました」
「そっか。水を求めたアメフラシが、手近な水の塊……同族を取り込むようになったんだわ!」
ウォルが説明を続けた。……だから、あんな化け物が出てきたのか。
「すいません。まさか、そこまで影響するとは……」
玄太のため!そんな勝手な都合で雨を止めた俺は、素直に謝るしかなかった。
「あなたたちの選択が悪意ではないことは、わかっています。そして責任をもって対処してくれた」
女王は、ふっと表情を和らげた。
******
「将軍!怪しげな洞窟を発見しました!」
山腹の斜面で、部下が手を挙げた。ゲドは無言で近づき、その中を覗く。
「こんな所に洞窟があったのか。まさか、アイツらの目的は、ここか!?」
すぐ背後に控えていた補佐官が、魔素測定器の数値を覗き込む。
「この下からなにか異常な魔素値が!」
「なに…?掘り出せ!」
数名の者が入口一帯を掘り返すと、赤く光る透明の石が埋まっていた。
「……将軍!これは!?」
「は…、はは。まさか、晴れ呼びの石とまたご対面とはな」
かつて農場を攻めた時に埋めた晴れ呼びの石。それが今、またもやゲドの手の中にあった。
「将軍!洞窟内に追っ手を向けますか!?」
「……いや」
え?という顔でキョトンとする部下。
「ククク。ここはもうすぐ雨に沈む。よし、城に戻るぞ…!」
「…ははぁ!!全員撤収!!」
晴れ呼びの石を手に、ゲド一行は晴れ知らずの山を後にした。
******
「……さぁて、そろそろ戻ろうか」
天貴が、ぐいっと腰に手を当てて立ち上がった。
戦いの緊張がようやくほぐれ、女王の間では静かに流れる音が響いていた。
「ふぅ〜、地上の空気が恋しいっすねぇ……!」
玄太も顔を上げ、天井を見上げながら伸びをした。
「ふぅ……結構重いわね」
ポーチぎっしりの核を手にアリスが言うと、玄太がぱっと近寄ってポーチに手をかけた。
「アリスさん、おれが持つっすよ!」
「あら、優しいのね。玄太さんは紳士だわぁ〜」
アリスが俺を見ながら目を細めると、玄太は少し照れたように笑った。
「おいおい、俺だってそんくらいの気遣いはするって」
俺がすかさずツッコむと、玄太がにへらっと笑って肩をすくめる
ポタリ。
「ん?」
水滴が頬を打った。
「……え?」
もう一滴。続けて、三滴目。気づけば、足元の水たまりがぐんぐん広がっていく。
「ちょ、待って!?これって」
「てんぱい!下!水位、上がってる……!」
玄太の言葉に俺とアリスは周囲を見回した。
ザァァァァァ……
集落のあちこちから、水が流れ込む音。
「これ、雨降ってる!?」
俺の声に、アリスと玄太が顔を見合わせる。
「晴れ呼びの石は!?どうなったの!?」
「わ、わかんないけど……これ、やばいくないっすか!?」
俺たちは慌てて出入り口の方へ駆けだした。しかし!その途中、背後から声が響いた。
「あら皆さま!……早速、雨を戻してくださったのですね」
振り返ると、女王セレヴィアが水の広がる床を歩いてきていた。
「……え?」
俺たち三人、全員が固まる。
(戻してくれた?いや、俺たち……なにもしてないぞ?)
「こんなにも早く雨を戻していただけて、きっとアメフラシ達も喜んでいるでしょう」
その言葉に、俺たちは背筋が凍る。
「ちょっと、これどういうこと!」
「まさか……晴れ呼びの石が抜かれた!?」
優しい笑みを浮かべる女王に、俺たちは何も言えなかった。




