第67話 雨を育む山
何から話そうか迷っていたら、セレヴィア女王が先に口を開いた。
「では……あなたたちは、なぜこの地に?」
まあ、まずはそこだよな。順序として。
「えっと、ですね。少し前に、洞窟の地底湖に用があって来たんですよ」
俺がそう言うと、女王は小さく首を傾げた。
「地底湖?」
「女王様、雨水が溜まって出来た湖です」
心当たりがなさそうな顔に、ウォルがさらっとナイスフォロー。
「はい。その地底湖にある導流晶っていう鉱石が必要で、それを取りに来たんです」
俺の説明に、女王は静かに頷く。
「でも、雨がひどくて洞窟に入れなかったのです」
アリスが続けてくれると、待ってましたと言わんばかりに、ウォルが口を尖らせた。
「で、勝手に雨を止めちゃったってことね?」
(……こう聞くと、まあ確かに勝手ではあるよな)
アリスが一歩前に出た。
「そして今回は、逆にこの山に降る雨が必要なのです。この山がどうして雨を降らせてるのか、その秘密が知りたくて!」
「この山の秘密……ですか」
セレヴィア女王が少し目を細めると、空気がピリッと引き締まる感じ。横でミルルが、ウォルのマントの裾をきゅっと握っていた。
「ええ。さきほど洞窟で、核を持つ魔物に遭遇しました。それが、雨を呼ぶ力を持ってるって聞いて…」
アリスがポーチから取り出したのは、あのアメフラシの核。それを見た瞬間、ミルルの目がきらりと輝く。
「それ!ミルルのみちしるべ!」
「……それは、アメフラシの核ね。この山に雨をもたらすために、私が創った精霊です」
セレヴィアがその核に視線を落とし、静かに言った。
「女王様が作った…!?」
アリスの顔に、驚きと……どこか納得したような光が差す。
「核がこの山全体に巡ることで、雨の循環が保たれていました。けれど今は……それとは別の理由で、循環が止まっています」
その言葉に、ウォルがチラッとこっちを見る。
「つまり、あなたたちのことね?」
「……はい。自分勝手で申し訳ありません」
俺が頭を下げると、セレヴィアはふっと息をついた。
「いいえ。でしたらその核を集めて帰っていただくのが、双方にとってよいことですね」
「集める……!」
玄太がぽそっと言ったあと、口元に手を当ててこっそり囁いた。
「てんぱい。女王様、ひょいってでっかい核くれないんすかねぇ」
「ちょっと!そんな簡単にポケットから出せるわけないでしょ!」
すかさずウォルのツッコミが飛ぶ。確かに玄太、モンスターボール感覚であっさり貰おうとするなよ?
「ええ、わたくしはそのきっかけになる力を精霊に与えて、雨で育てて大きくすることしか出来ません」
セレヴィアの声は静かで、どこか厳粛だった。笑ってはいないけど、不思議と責める響きはなかった。
「核は与えるものではなく、育まれるものです。水と、雨と、時の巡りと共に」
「じゃあ、どうやって集めたらいいんだ?」
俺が聞くと、セレヴィア女王はゆっくりと頷いた。
「う〜ん。それはぁ……アメフラシから回収するしかないですねぇ」
「マジか……」
「行こう行こう!ミルル、知ってるよ!アメフラシさんたち、いっぱいいるの!」
「えっと……その、せっかく育てたアメフラシなのに、狩っちゃってもいいんでしょうか…?」
「彼らは意思を持たない霊体。この山を元通りにしてくれるのなら、必要な分くらいなら目を瞑りましょう」
要するにアメフラシって、この山の洞窟に放牧された家畜みたいなものか!?
「これ、綺麗だからミルルもたまに拾いに行くの!」
「へぇ、落ちてたりもするのか!」
自然死や地形による事故で核が残るケースもあるらしい。まあ、掃除するついでに回収……みたいなもんか?
「よし、じゃあちょっとそこにお邪魔しようか!」
「てんぱい!こうなるもなんか楽しそうっすね!」
いやいや、あいつ火の玉吐いてくるの忘れてないかお前。
「はい。アメフラシは自己防衛能力があります。核の育成には、多少の力も必要なのです」
「えっと……こういう言い方は気が引けますが……簡単な倒し方は!?」
セレヴィアが静かに言う。
「アレを動かしているのは、身体内部の青い液晶体です。そこを狙えば、効率的に行動を封じられるでしょう」
「青い……液晶体?あ、アリスが矢で当てたところか!」
「姿の中心にある、青く光る球体のようなもの。それが核とは別に、彼らを動かすためのコアになります。まずはそこを狙って動きを止め、その後に核を安全に取り出すのが理想です」
「なるほど。火の玉吐かれる前に、サクッと狙い撃ちってわけか!」
「意思がないって事なら気がまだ楽っすね」
「でも、あの火は人間には普通に危険だから、油断しないでね」
ウォルの忠告に、俺はうなずく。そう、火を吐いてくるってことだけは忘れちゃダメだ。マジで。
ともあれ、やるしかない。核を手に入れるには、アメフラシとの戦闘は避けられない。
「天貴、いつでも行けるわよ!」
「おれもっす!」
アリスも玄太も気合充分。じゃあ、俺も…!
「よし!じゃあウォル、ミルル!案内頼む!」
「アメフラシ討伐隊、出動っすね!」
玄太と拳を突き合わせて、うんと頷く。
(水と、雨と、時の巡りと共に、か……)
……よし。その恵み、少しだけ、俺たちに分けてもらうとするか!




