第61話 てんぱいを神にしないプロジェクト
その夜、玄太はクータンを抱えて誰もいないキッチンに忍び込んだ。
(よし、誰もいないっすね…)
そして、玄太は隠してあったいつもと違う特別な甘乳パンを取り出して、ジャーンっとクータンに手渡した。
「これ、クリーム2倍の特別版っす!どうっすか?」
「ふむ…、特別版とな」
いつもよりボリューム感のある甘乳パンに期待に目を輝かせたクータンがパクリと一口。
「これは!いつもより淡きクリームにして量を増加……なかなかの趣向」
「っでしょぉ…?クータンのために特別っすよ」
そう言いながら玄太もパクリ。
「………でさ、クータン…」
やはり何か裏があると踏んだクータンは少し警戒気味。
「前に言ってた、てんぱいがその、辛味?とりがー?ってあれ、なんなんすか!?」
「……ふむ。カラミティ・トリガーじゃな」
「それっす!それって一体なんなんすか!?」
クータンは甘乳パンを食べる手を止めて玄太の目を見た。
「神の器……そなたらが申している通りじゃ」
「だから!その神の器ってなんなんすか!?」
「……ふむ」
「それって、英雄っすか?勇者っすか!?」
「否じゃ。神そのもの、というところかの」
「神様!?神の器って、ようするに神様になっちゃうんすか!?」
「……ふむ」
クータンはそれ以上は何も言わなかった。
仕方ないので、そこから玄太の一人問答が始まる。
「てんぱいが神様?いまでもカッコいいのに!?」
「そうなると、もっとカッコよくなっちまいますねぇ…」
「それはそれでありなのか…?いやいや…」
そんな様子を不思議そうに見るクータン。
「てんぱいみたいな素敵な人が神だったらこの世界ももっと良くなるのかな…?」
「差別とかなくなってさぁ!てんぱいって、そういうの特に嫌いなんすよ!」
自慢げにクータンに振り向く玄太。
「ほう……そうじゃな。しかし……」
「なんすか?」
「奴が神になると、天貴はみなのものになるのぉ……」
「……え?」
「神というのはその世界の代名詞。誰かひとりの物とはいかんじゃろう」
「…え?え?それって、まさか……」
(おれ、そばにいられなくなるかもしんないじゃん…!!!!!?)
「そそそそそんなん、冗談じゃないっすよ!」
「ふむ。……冗談ではないぞ?」
その時。玄太の心は即決した。
「やっぱ、ダメだ…」
やっぱりてんぱいは、おれのてんぱいなのだ。
「てんぱいを神様になんかさせられねえっす…、クータン!おれは止めるっすよ!」
甘乳パンをほおばりながら鼻息の荒い玄太を見ながら、どこか、クータンは遠い目をしていた。
「……なれば、止めてみるがよい」
「う……っ!」
その言い方に、玄太は言葉を詰まらせた。
クータンの目には、どこか後ろめたいような、期待のような、言い知れない感情がにじんでいた。
「そなたが、それほどまでに想うのなら。この先、そなた自身が答えを見つけるべきじゃ」
「……答え、っすか?」
「天貴が神になるか否か。それよりも大事な物があるんじゃろ?」
クータンは小さな前脚で、玄太の胸をぽんと軽く叩いた。
「ある!!!!!」
その言葉に、玄太はぎゅっと甘乳パンを握りしめるとクリームがパンからはみ出した。
「……なんか、よく分からないけど!でも……それでも、オレはてんぱいのそばにいたいっす!」
その声は、どこまでもまっすぐで、熱かった。
「ふむ。ならば、その想い、いつか天を貫く剣となるやもしれぬな」
「いやクータン!剣はちょっと……オレ、魔法タイプなんで!」
「はて。おぬしは何を言っておるのじゃ?」
深夜のキッチンに、二人だけの小さな笑い声が響く。
天貴が神になるということ。それは、もしかすると人でなくなるということ。
そして、もしそうなったとき、この手は届くのか。
(……てんぱいがどこに行こうと、オレは置いてかれねっすよ)
「でもクータン!!てんぱいがマジの神になるかもって話、みんなに秘密っすよ!」
「ふむ。今後の特別版の甘乳パン次第じゃ」
「それならまかせるっす!」
こうして、てんぱいを神にしないプロジェクトが発足!
キッチンの中、玄太だけの戦いが、密かに始まっていた。




