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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
第4章:神の器の奮闘記
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第58話 結局、甘乳パンかよ!

「え……?山一個分?」


 俺は反射的にアリスに振り返った。


《……………やま……》


《…………いっこぶん……》


《…………だと?……》


 ぶっ飛んだ要求内容に精霊たちは当然の戸惑いタイム。


「またまたぁ!アリスさんも冗談がすぎるって!ほら、早く訂正したほうが……」


「だめ!訂正しないっ!」


「う〜ん」


 俺たちが軽く硬直状態になってたら、さっきまでアリスが隠れていた草むらから玄太が何かもを持ってやってきた。


「さぁさぁ!精霊さんたち!お待たせっす〜!」


「ん?ランチボックス?」


 ランチボックスを開け、なにかをごそごそと取り出す玄太。


「これ交渉なんで!もちろんギブアンドテイクっすよ!」


 玄太は甘乳パンを三本取り出すと、精霊たちに差し出した。


「むぅ……それは我の甘乳パンぞ!」


「クータンはいつも食ってるんすから!今回は精霊さん達に譲るっすよ!」


「むぅ……山岳にて食すのを楽しみにしておったというに」


 突然始まった食いしん坊と怪しい仔牛のやり取りに、俄然興味が沸いた精霊達。


《ほう……?供物まで持参していたとは、はよぅ言うが良い》


 青い精霊が指でクイッとすると、元太の手から甘乳パンがフワッと浮いて三精霊のもとに分配された。


「……あっ!」


 まさかの甘乳パンに食いついた!?でも精霊さんなのに、こういうの食えるのか?


「仕方ないのぉ。では、心して食うが良い」


 クータンもどうやら観念したようだ。


 そして、ためらうことなく精霊達はパクッと一口。


「あ、普通に食べるんだ……」


 多分めちゃくちゃレアな精霊たちの食事の様子に感心して見ていると……。


《……ふ……ふははは!》


《……ほほ》


《…………ふ…ふ…》


 マジかよ。なんかテンション上がってるぞ。


《この供物、至高の逸品ですこと!》


「それ!うちの農場の名物っす!搾りたてのミルクとバターじゃなきゃ、その味は出せないんす!どうっすか!!」


 玄太が本気で営業マンしている。


《長年精霊として生き、初めての体験!そして最高の感覚!!》


《……極楽……美味……我、溶けそう……》


 どこか達観したように、サイクロンもそっと呟く。


「お堅そうなサイクロンさんまで!?」


「ふむ、おぬしら。見る目があるのぉ」


《……仔牛よ、これは如何なるものか?》


「ふむ……」


 その後、クータンの甘乳談義がダラダラと続いた。俺たちが何度も聞いた「我の命を繋いだと」とか、「母の味」だとか、その手の話。


《ほう……これが偉大なる母というものなのか……》


「ふむ。さすれば、甘乳パン食す者、みな家族じゃ」


 精霊たちはその話にも本気で食いついて、真剣に聞き入っている。


 その様子に、戸惑いながらアリスが近寄る。


「あの〜。ところで、ウッドの方は〜?」


 和やかムードの中、交渉再開だ。


《……ふふ。家族であるならば、仕方ないわね》


 おいおい。マジ家族になっちゃったよ。


《この際ある程度、間伐した方が風通しも良くなると言うもの》


 心配をよそに、まさかの好反応でスタート!


《わははは!以後も、もちろん供物は忘れんようにな!》


《……甘乳小麦焼の安定供給………交渉成立………》


 さっきまでのピリピリした空気はどこへやら。三体の風の精霊たちは、まるで晴れた春の風みたいに穏やかだ。


「当面の甘乳パンの定期供物ね!お安い御用よ!」


「おいおい精霊さん!?山一個分のアルカウッドって、何千本ってレベルだぞ?」


 この山に一番縁のない俺が一番心配してるって、なんだよ。


「大丈夫よ、天貴!切った分はすべて植林して育てるから!借りるだけよ!」


 アリスが胸を張って即答する。


「ってか、農場の防護柵とか作るんだよな? そんなに必要なのか?」


「うん!地中までガッツリ埋めるから……なん千本かは必要かなって!」


「そ、そんなもんなのか……?」


 どう考えても借りるって量じゃないんだが。そもそも地中まで埋めるってなんだ?


《ふはは!よいよい。目的が清らかであれば、山もそれを拒みはせぬ》


《守りたいものがある者、決して嫌いではないぞ》


 いや、カッコいいこと言ってっけど、お前ら絶対甘乳パンで落ちただろ?


《……もっと供物欲しい……農場、見守る……》


 ……うん。だよな。


 なんか、甘乳パンで話が丸く収まりすぎて逆に怖ぇ……!


(こんな事なら最初からパンを出しておけば?)

 

 なんて思ったり思わなかったり。


 でもよく考えたら、ここはさすが食いしん坊玄太の機転。あそこで甘乳パン出してくるあたり、交渉術としては最高のタイミングだわ。


「へへ!良かったっすね!アリスさん!」


「ええ!ナイスよ玄太さん!最高の結果よ!」


 こうして。


 俺たちはなんとか、風の三精霊から山一個分のアルカウッドの使用許可をもらったのである。


 甘乳パンが大量の神木に。


(これ、なんちゅう格差貿易だよ)


「じゃあ、また伐採部隊が来たときはよろしく!」


 なんてノリで、アリスが向こうの山を指差した。もはやすでに、隣のおじさんに伝言って感じ。


《……では、我らは山に吹く風に戻ろう……》


《……神を宿す若者よ……己に呑まれるよう……》


「へいへい……」


 そんな助言を残して、三体の精霊たちはそれぞれ風に乗って消えていった。


「んじゃ、そろそろ下りようぜ」


「そっすね!」


 玄太はクータンを背負い、俺は空になったランチボックスを持って早々に下山開始。


「にしてもあいつら、残りのパンもしっかり持ってったな」


「ほんそれっす!まさかの精霊さんがスイーツ好きだったとは」


「あれを拒む命など、いずこにもおらぬ」


「いや、それは言い過ぎ……」


(……と思ったけど、精霊まで虜にするあたり、あながちバカにできねえ)


 そんな得意げなクータン。


「精霊の加護があれば、帰り道は安全じゃの」とかドヤ顔で言ってたくせに、好戦的なウサギに三回も遭遇してプチバトル。


「ちょっと風さんとバトったせいで山の動物たちが騒がしいっすね」


 なるほど、そのせいか。でも。


「クータン!どこに加護があるんだよ!?」


「否。精霊の加護が無ければ、出逢うのは凶暴なクマじゃった」


(っち……)


 クータンってこういう屁理屈、どこで覚えたんだよ。


「ところでアリス。これからどうやって伐採すんだ?」


「ふふ〜ん。覚えてる? グロウ君がうちに来る前にいたっていう木材伐採の人達!」


「あー、植物成長のアストラでバイトしてた山林業者な?」


「それ!そこの木こりさん達をすでに手配済みよ!」


 山ひとつ分の木を切るって話に、もう準備済みってどういう行動力だよ。


「アリスさん、さすが占い師っすね!」


「ん、予言者だろ?」


「違うわ!未来少女よ!」


「それ、絶妙にダサいっすね」


 得意げな顔のアリスに、玄太がチクリ。


「ちょっ!?ダサくないし!ねえクータン?」


 そんなやりとりに笑ってると、クータンがふとカゴの中から振り返る。


「否。姉上と我は、神託の姉弟じゃ」


「……おい。黙ってろ」


 まーたクータン。危ない表現でアリスの秘密にカスってきやがる。


「ねえ!ところで、みんな!」


「ん?」


 先頭を行くアリスが突然くるっと振り返る。


「今日はありがとね! おかげで大成功だったわ!」


 アリスがぱあっと笑顔を咲かせる。


「だから、今夜はごちそうにしましょっ!」


 そう言って、さっき仕留めたうさぎを持ち上げる。


「マジすか!?じゃ、 俺もてんぱいのために肉団子作ろっかな!」


「はは!もう夕飯とは気が早ぇな……!でも、久々に玄太飯腹いっぱい食いてえな」


 俺もポンポンと腹を叩きながら頷いた。


「えー、何それ!私も食べるー!」


「大丈夫!いっぱい作るっすよ!」


 そんな感じで笑いながらの帰り道。戦って、叫んで、命がけで木を借りて!?とにかく、今日はいろいろあったな。


「それより、我はランチタイムで甘乳パンを食べ損ねた」


 ちゃっかり腹を鳴らすクータン。


「ふふ、そうね!早く帰りましょう!」


「あ、そっか!昼飯食ってないっす!どうりで腹が減るわけだ!」


 玄太が昼飯忘れるとは……。


「でもてんぱい、今日はなんか空気がうまいっすね!」


「……おぅ……」


 言葉を返したつもりだったのに、自分の声が少し遅れて聞こえた気がした。


 ——あれ?


 胸の奥が妙にざわついて、頭がぐらりと揺れる。視界がにじみ、世界がスローモーションになった。


(……モット広ゲロ……ボクの器ヲ……)


「……っ!?」


 ぐっと地面を踏みしめる。何とか踏みとどまったものの、額には嫌な汗がじわりと滲んでいた。


「ててて、てんぱい!?大丈夫っすか!?」


 駆け寄る玄太の声が、少し遠くに感じる。


「……あ、ああ。ちょっと……立ちくらみ、みたいなもんだ」


 頭を振って雑音を振り払うように顔を上げる。


(でも……今の声、誰だ?)


 ふと、空を見上げると、そこには淡くちぎれた雲が、ゆっくりと流れていた。あまりにも静かな空。穏やかすぎて、不気味なほどだった。


「……なんか、空が静かすぎるな」


 ぽつりとつぶやいた自分の声が、やけに耳に残った。


 *****


 農場に戻った俺たちは、早々に牛舎に向かい、モーちゃんメーちゃんにアルカ山作戦の成功報告。


「ぶもぉぉぉ!!」


 俺のからだに付いたアルカ深部の草くずに、敏感に反応するボス牛、ミノ太。その勢いのまま、俺の顔や身体を舐め回す。


「うおぃ!ミノ太!やめろぉぉ!ヨダレ!」


「ミノ太!天貴に付いてるその草は、アルカ山最深部のご馳走草だモ!」


「こらぁぁ!!おれのてんぱいの顔を気安く舐めるんじゃない!」


 そして、玄太とミノ太の食いしん坊同志のバトル勃発。今日はとことんバトルデーかよ。


「こ、こら!ミノ太!おれの顔まで舐めるな!」


「あははは!玄太にも美味い草いっぱい付いてるべ!」


 逃げるように牛舎から脱出!ヨダレまみれになった俺たちはそのまま風呂に直行!ツナギをいそいそと脱いで、クータン抱えてドボーンっと勢いよく二人で飛び込む。


 少し沈黙して、お湯の感覚に浸る。


「はぁ……気持ちいい」


「……っすねぇ」


「極楽じゃの…」


 広〜い湯船に、俺たちだけの貸切!汗だくの後の風呂が何よりのごちそう!!


「……なぁ、ところで玄太。今日、山でさぁ…」


「…はいぃ、なんすかぁ…?」


 落ち着いたら、ふと思い出した、疑問。


「今日、風の野郎とバトってた時なんだけど……」


「はいぃ……てんぱいのボロ勝ちっしたねぇ……」


「あ、あぁ。でさ。ヒートアイランド真っ只中で、よく俺のところに来れたよな?熱いなんてもんじゃなかったろ」


「あ〜、あれ?……そっすねぇ。なんか、普通に行けちゃいました」


 マジかよ。


 そういや玄太、ここに来た日も、炎の中突っ込んでスイカ畑にいた俺のとこ来たらしいし。


「まさか、玄太って炎属性のアストラとかなんかあるのかも!?」


 この冗談。少し俺の希望が混じってたりする。


「まっさかぁ!おれはてんぱい属性っすよぉ」


「なんだよ、その属性は!?」


 よく考えたら、そんな冗談ひとつで何度もヤバいことやってのける玄太ってマジですげえ。


 異世界も追って来ちゃうしさ。


「……その属性、あながち間違ってもおらんかものぉ」


 クータンが意味ありげに呟いたその言葉。


 能力を持たないはずの玄太に、まさかな?


「やっぱこの世界にいるんだし、多少なんかしらのアストラがあっても、おかしくないよなぁ?」


「いえ……おれ、てんぱいさえいればそんなもんいらねっす」


 大切な人がダストラじゃない方がいいって思う事自体、やっぱり俺も無能力者の事バカにしてんのかな?


「でも、ないよりはあった方がさぁ……」


 例えエゴだとしても、そうだと良いなって心から思ってる俺がいた。

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